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88.繋がりを示す街

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 サミュエルがランドロフ侯爵邸に到着した翌日。
 朝食を終えたノアたちは、早々に街に出掛けることにした。

 目的地まで馬車で揺られながら、ノアは向かいに座るサミュエルをこっそりと眺める。


(朝食を一緒に食べて出掛けるなんて、初めてだな……)

 サミュエルは仕事や旅の疲れを一切見せず、朝から完璧な姿だ。

 朝食の席で最初に顔を合わせたが、自然に腰を抱き寄せられて、頬にキスされ、「おはよう、今日も可愛いよ。……朝からこんな挨拶をするって、結婚後のシミュレーションをしているみたいで楽しいね?」と囁かれた。

 揶揄っていたわけではなく、本心から喜んでいたのだろう。

 ノア自身『結婚したらこんな生活が日常になるのかな……?』と密かにときめいていたから、内心を悟られた気がして、顔が熱くなってしまった。

 それを使用人たちが見ていないように装いつつも、興味津々だったことに、ノアは気づいている。
 将来の当主とその配偶者のことに無関心な使用人はいないだろう。

 執事には『仲睦まじいのはいいことです。ランドロフ侯爵家の将来が安泰であることは、私たちも喜ばしく思っています。ですが、使用人の中にはまだ初な年頃の者もいるので、ほどほどでお願いします』と、にっこりと笑顔で釘を刺された。

 正直それはサミュエルに言ってほしい。でも、執事の立場ではそれが無理なことは分かっている。
 ロウはサミュエルにだいぶ強気で接するようになっているようだけれど、これは特殊な例だ。

(……屋敷にいる間は、サミュエル様に少し行動を控えてもらおうかな。でも、それで窮屈さを感じさせてしまったら申し訳ないし……。僕も、距離ができてしまったら寂しいかも……)

 執事の言葉に従うとなると、サミュエルだけでなく、自分の望みにも背くわけで――。

 そこまで考えて、ノアはハッと息を飲んで口を手で押さえた。
 ノア自身が、サミュエルから愛を感じることを気恥ずかしく思いながらも、心底喜んでいることを改めて自覚したからだ。

 じわじわと顔が熱くなる。
 こんな自分がサミュエルを拒めるわけがない。どれだけ人目があろうと、いつだってノアはサミュエルの愛を感じていたいのだから。

「――楽しそうだね?」

 不意に掛けられた声に、ノアは視線を上げた。いつの間にか、サミュエルが愛おしそうに目を細めてノアを見つめている。

 悶々と考え込んでいた姿をずっと眺めていたのだろうか。ノアの思考までサミュエルは読んでいそうだ。

「た、楽しくは、ないんですけど……」

 熱が引かない頬を押さえて、ノアは眉尻を下げた。
 考えていたことを説明する気はない。それこそ恥ずかしいではないか。ノアはサミュエルほど堂々と愛を告げる勇気がない。

「ふぅん? 可愛い顔をしていたから、私のことを考えてくれているのかと思ったんだけど」
「……可愛い顔かどうかは分かりませんが、サミュエル様のことを考えていたのは、事実、ですね……」

 いったい自分はどんな顔でサミュエルのことを想っていたのか。揶揄うように微笑むサミュエルから、ノアは顔を隠してしまいたい気分だ。分かりやすい自分に、少し呆れる。

「コホンッ……あまりノア様をいじめないでください」
「君、過保護って言われない?」
「猛獣に狩られそうなか弱い動物を見たら、誰しもが守りたくなるものでしょう」
「猛獣って……私はそこまでがっついてはいないと思うんだけど」

 ロウから咎められて、サミュエルが少し不満そうな表情になる。
 ノアはそれを見ながら、『サミュエル様は猛獣の中だと、チーターっぽいな』となんとなく思った。優美でありながら素早く行動するところなど、印象が重なる気がする。実際に見たことはないから、想像だけれど。

「サミュエル様、自分を客観的に見られなくなるのは、恋の末期だそうですよ」
「ザク、君は恋をどうこう言える人間かい?」
「恋情に関する心理学の本はたくさん読んでいます」

 ちょっとザクに親近感が湧いた。これまでほとんど話したことがないけれど、気が合うかもしれない。
 ノアも恋愛に関する本はたくさん読んでいる。……それはサミュエルへの対応に全く役立っていないけれど。

「――あ、そろそろ目的の場所です」

 ノアは窓から見えた景色を見て、会話を遮る。
 サミュエルはザクに文句を言おうとしていた様子だったけれど、あっさりとノアを優先した。

「へぇ……あそこが?」
「はい。――新たな商業地の予定の場所です」

 前日にノアがサミュエルに相談したのは、領都の街の壁の外に、新たに商業用の街を建設することだった。

 グレイ公爵領から続く道沿いにあり、整地すれば十分広い街ができる。
 乗り合い馬車を用意すれば、壁の内外で暮らす領民が買い物で訪れるのは容易いし、なおかつ双方の領地の商人が利用しやすい立地だ。

 問題は、一つの街を造るとなると、お金が相応に必要になることだけれど――。

「なるほど。商人の理解も得られやすいだろうし、良いと思うよ。うちとの共同計画ということで良いんだよね?」
「はい。商人とランドロフ侯爵家、グレイ公爵家での開発を考えています。関税率での優遇があれば、商人は動いてくれるでしょう」
「そうだね。特に婚約と一緒に街の開発を発表したら、それだけで双方の領民が歓迎してくれるだろうし」

 貴族同士の婚約とは、影響力が大きいのだ。正式に発表すれば、他の領からも商人が訪れることになるだろう。
 それで生まれる莫大な利益を考えると、街の開発はランドロフ侯爵家とグレイ公爵家にとっても良い商機であるのは間違いなかった。

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