内気な僕は悪役令息に恋をする

asagi

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85.サミュエルの想い

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 今日は朝から騒がしい。
 落ち着かない雰囲気に目が覚めて、ノアはぼんやりと天井を見上げた。そして思い出す。

「……今日は、サミュエル様がいらっしゃる日だ」

 ぽつりと呟き、湧き上がる喜びに笑みがこぼれた。
 王都を発って一週間。容易く手紙も交わせなくて、寂しさと切なさを感じる時間だった。以前ならこの程度の期間、サミュエルと会えないことなんて当たり前だったのに、随分とわがままになったものだ。

 身を起こし、グッと背伸びをする。
 サミュエルを迎えるために、これまで色々と準備をしてきた。果たして喜んでもらえるか、少し不安はあるけれど、何よりも会えることが嬉しい。

「最終確認をしないと」

 ベッドから下り、身支度をする。いつもならロウに促されてしているけれど、今日は思いの外早く起きてしまったのか、ロウの姿が見えない。使用人たちが落ち着かない様子で動き回っているようだから、その指揮を執っているのかもしれない。

 カーテンを開けると、庭にキラキラとした明るい日差しが降り注いでいるのが見えた。サミュエル様を迎えるのに相応しい、最高の天気だ。

「さて、僕の愛する領地を楽しんでいただくために、がんばろう――」

 再び笑みをこぼし、ノアも準備の輪に加わるために動き始めた。


 ◇◇◇


 昼を過ぎた頃、ランドロフ侯爵邸に向けて一台の馬車が進んでいた。

「サミュエル様、こちらの書類もご確認ください」
「……君、まだ仕事を寄越すつもりかい」
「出発を遅らせなかっただけ、十分配慮していると思いますが?」

 サミュエルは冷静な表情を崩さない侍従ザクを睨み、ため息をついた。
 ノアには軽く言ったものの、ランドロフ侯爵領へ向かう時間を捻出するのは、結構大変だった。

 サミュエルは王太子ルーカスの唯一の側近だ。立太子したばかりのルーカスには、様々な慣れない仕事が舞い込んでいる。ルーカスは優秀だからそつなくこなしているとはいえ、それにも限度があり、サミュエルの補佐が欠かせない状況だ。

 そんな中で休暇を求めたのは、眉を顰められかねない行為だったけれど、サミュエルはあまり気にしていない。ルーカスは苦笑しながらも受け入れてくれたし、サミュエルにとって何よりも優先すべきなのは婚約者のノアだからだ。

(ようやく、この手に掴めたんだ。寂しさも悲しみも、ノアに感じさせたくない。ノアが私だけを見て、私の愛だけを感じて生きてくれたらいいのに――)

 サミュエルは自分の少し危うい願望を胸に封じ込め、馬車の車窓から外を眺めた。侍従が書類を読むようせっついてくるけれど無視する。どうせさほど急ぎではないのだ。明日の朝までに仕上げればいい。

「……綺麗なところだ」
「そうですか? ごく普通の農地だと思いますけど。サミュエル様のノア様愛による補正が強すぎなのでは?」

 いつも通り遠慮がない物言いのザク。
 基本的に他人に関心を抱かないサミュエルの相手をする上で、遠慮していては一切物事が進まないことを理解しているのだ。

「まあ、ノアの領地だから、仕方ないね」
「……ほんと、惚れこんでいますよね。ノア様は確かにお美しくて可愛らしいですけど、どこにそこまで惹かれたのですか?」

 サミュエルは意外な問いを放つザクをまじまじと見つめた。

 これまでザクは、サミュエルがいかにノアを優先して溺愛しようと、全く関知しないと言いたげな態度を取っていた。仕事主義のザクにとっては、自分の主人が誰を愛そうと、仕事に関わらなければどうでもいいのだ。

 他人への感情が薄いサミュエルとは、実は似た者同士である。だからこそ、上手くいっているとも言える。

 それなのに、ここにきてザクがノアへの興味を示すとは、どういう心変わりだろうか。ノアへ、というよりも、サミュエルの感情への興味なのかもしれないけれど。

「……君に言うわけがないよね」
「さようですか。もし私がノア様に横恋慕する可能性を危惧されているなら心外ですが……そうではないのですよね?」
「君の仕事ぶりは信用しているよ。そんな不利益のあることはしないだろう」
「それなら問題ないです。私の質問はお忘れください」

 ノアへの想いはノア以外に告げるつもりはない。たとえ誰よりも長く傍にいる侍従だろうと。
 そう明確に示したサミュエルに、ザクがあっさりと自分の言葉を撤回する。

「忘れたよ。……ああ、そうだ。この書類、計算が間違っているよ。夜までに直しておいて」
「……一瞬で判断できるなら、サミュエル様が直してくださるのが早いのでは?」
「私はノアの領地を愛でるので忙しい」
「……そんな、馬鹿な……」

 呆れた表情を浮かべるザクに、サミュエルは見流した書類をつき返し、再び外に視線を向ける。

 ここがノアの愛する領地だと思うと、サミュエルの心にも愛情が湧き上がってくる気がする。つくづく、サミュエルの世界はノアを中心に回っている。

(ノアを愛するきっかけなんて――)

 ザクの問いで脳裏に浮かんだ光景。幻想的なまでに美しく愛おしいノアの幼い頃の姿を思い出して、思わずうっとりと微笑んだ。サミュエルの初恋であり、唯一の愛である。

 気味悪げな視線をザクから向けられていることには気づいていたけれど、サミュエルは全く気にせず、ノアへの愛に浸った。

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