内気な僕は悪役令息に恋をする

asagi

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83.離れたくないから

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 紅茶を飲んで、少し落ち着いて、帰領予定について話を戻す。

「――領に戻るなら、今週中にでもと思っているのですが」
「そう……。一ヶ月くらいは領にいる予定なのかな?」
「……いつもは、そうですね」

 答えながらサミュエルの表情を窺う。
 少し眉を寄せているので、あまり喜ばしいことではないのだろう。ノア自身も、それほど長期に渡ってサミュエルと会えないのは寂しいので、判断を迷っている。

「今週から一ヶ月か……」

 サミュエルが何かを考えるように呟く。

「――うん、ちょっと予定を詰めたらいけそうかな」
「どういうことですか?」

 にこりと笑ったサミュエルを、ノアはきょとんと見つめた。
 ティーカップに添えていた指先をとられ、軽いキスが送られる。そのまま上目遣いで見られて、ノアはドキドキする心臓を必死に落ち着かせようとした。

「私を、ランドロフ侯爵領に招待してくれないかい?」
「え、来てくださるんですか……!」

 予想外の提案に、ノアは喜びが溢れた。
 サミュエルと長期間離れなくていいというだけではなくて、自分が愛する領をサミュエルに紹介できるのが嬉しい。

 微笑むノアを、サミュエルが愛しげに見つめた。

「喜んでもらえるなら私も嬉しいよ。元々、ノアと結婚をする前に、一度は領にお邪魔させてもらおうと思っていたんだ。ノアが侯爵位を継いでから、領での権限はノアが持つとはいえ、配偶者として領のことを実際に知らないというのは良くないからね。それに、社交場でランドロフ侯爵領をアピールするなら、実際に見ておくべきだ」

「そうですね。きちんと考えてくださってありがたいです」

 結婚後の社交は、サミュエルが主体として行うことが既に決まっている。それを踏まえての提案は、考えてみれば当然のことだった。

「まあ、一番の理由が、ノアと長期で離れたくない、というのは変わらないけどね」

 サミュエルが片目を軽く瞑って、顔に笑みを浮かべる。

「……ふふ、僕もサミュエル様と離れて過ごすのは寂しいと思っていましたので、提案いただけて嬉しいです」

 ノアはサミュエルの茶目っ気のある仕草に微笑む。最近の悩みごとが解決して、少し肩の力が抜けた。

 そうと決まれば、今日中にでもサミュエルを招くことを伝える手紙を領に送らなければ。

 領にいる部下たちは、みな頼りになる者たちだけれど、あまりに準備期間が少ないと十全に迎える用意ができないと言って怒られてしまいそうだ。

 なにせ、サミュエルは国一番の貴族であるグレイ公爵家の子息。そして、将来のノアの配偶者だ。

 領を愛する部下たちは、できる限り領の素晴らしいところを紹介したいと思っているだろうし、自分たちと同じくらい領を好きになってもらいたいと考えているだろう。

「――サミュエル様のご予定は、本当に大丈夫なのですか?」

 ふと、先ほどの『予定を詰めたら』という言葉を思い出した。

 サミュエルはルーカスの補佐で忙しいはずだ。領に来るためにと無理をして、体調を崩してしまったらと思うと心配になる。

「大丈夫だよ。心配ありがとう。元々、この休みでノアのところの領に行きたいと思って予定を考えていたんだ。さすがに今週中の出発は無理だけど、来週半ばくらいには仕事を片付けられるはずだよ」
「あ、でしたら、僕も来週出発に――」

 予定を先延ばしにしようとしたら、難しい表情のロウの姿が視界に入った。小さく首を振り、団欒に割り込むことをサミュエルに謝罪しつつ、ノアに近づいてくる。
 ノアは、そっと耳元で囁かれる言葉に耳を澄ませた。

「ノア様。領地にサミュエル様をお迎えするのは初めてのことです。ノア様自身がお迎えの用意を指揮れた方がいいかと。サミュエル様の対応に慣れているこの屋敷の者は、現在ここから離れられません」
「あ、そうだね」

 うっかりしていた。
 領地に他の貴族を招くことは度々あるけれど、グレイ公爵家という格式の高い方を招いたことはない。基本的に、縁戚関係でもなければ、上位家が下位家に訪れることはあまりないからだ。

 領地にいる使用人たちも優秀だけれど、高位貴族への対応は慣れていない。責任を全て使用人に負わせるのは良くないし、サミュエルに失礼がないよう、ノア自身が指揮すべきだろう。

「――申し訳ありません。予定通り、僕は今週中に領地へ向かいたいと思います」
「うん。分かったよ。会えないと言っても一週間くらい……一週間か、結構長いな……」

 快く頷いてくれたと思ったのに、サミュエルはすぐに不満そうな顔になる。

「――詳しい日程は、後で連絡するよ」
「はい、分かりました。サミュエル様が出発される当日に、というのはさすがにおやめくださいね?」
「分かっているよ」

 そんなことになったら、使用人たちみんなとパニック状態になりそうだ。他家の貴族を迎える準備とは、一朝一夕でできるものではないので。

 この感じだと、来週半ばに訪問というの予定は前倒しにされそうな気がする。そこまで仕事の予定を詰められるのかは分からないけれど。

 サミュエルに振り回されるルーカスの姿が思い浮かぶようで、ノアはなんとなく申し訳ない気持ちになった。

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