内気な僕は悪役令息に恋をする

asagi

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82.アフタヌーンティー

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 ランドロフ侯爵邸の自慢の庭にあるガゼボ。使用人の心尽くしのアフタヌーンティーを楽しみながら、ノアはサミュエルにアシェルからの手紙について話していた。

「――へぇ、グラセル大公がねぇ……」

 サミュエルが笑いを堪えた様子で呟く。グラセルとは、ライアンが臣籍降下に伴って得た家名だ。

 ライアンとの複雑な関係を考えると、サミュエルが家名で呼ぶのも仕方ない。とはいえ、幼馴染のようなものだから、ライアンがサミュエルに張り合おうとしていると聞いて、面白がるくらいには近しい感覚があるようだけれど。

(本当に、複雑な関係なんだよなぁ……)

 ノアがアシェルとの友人関係を円滑に続けるためにも、ライアンとサミュエルには仲良くしてもらいたい。でも、本人たちだけでなく、周囲の環境もそれを容易に許すことはないのだろう。

 元王太子と公爵令息。現在は大公領を治める者と王太子補佐につく者。政治的にあまり近くてはいけないし、元婚約者という関係であることがより状況を複雑にしている。

「アシェルさんは遊びに来てと言っていましたけど、難しいですよね……?」

 理解しているものの簡単に諦められず、サミュエルならばなんとかできるのではと少し期待を籠めてノアは尋ねた。
 サミュエルがフッと笑い、軽く肩をすくめる。

「どうして? 多少好奇の目を向けられるかもしれないけど、気にしなければいいだけだろう。そうだね……王太子殿下からの命で、いつか大公領に視察をしに行くこともあるかもしれないよ? その時にノアを連れて行くこともあるだろう。私が片時も離したくないと言えば、みな受け入れるだろうしね」

 やはり、サミュエルはあっさりとノアの悩みを解消してくれた。

 確かに王太子からの命であれば全く問題ない。好奇の目といっても、ノア自身あまり社交に精を出すつもりはないから、それを感じる機会は多くないだろう。それならば受け流すのも容易い気がする。

 おそらくその命は、王太子ルーカスから自主的に出されるのではなく、サミュエルが様々な取引の末にねだることになるはずだ。

 その苦労を微塵も感じさせず、笑顔で請け負う姿は頼もしい。それと同時に、愛情を感じて嬉しくなった。サミュエルはいつだってノアの望みを叶えようとしてくれる。

 でも、『片時も離したくない』という言葉にはムズムズしたものを感じてしまった。

 サミュエルは結婚後を想定しているのだろう。その頃にそんな発言をして、聞く人みんなが呆れないだろうか。配偶者への過剰な溺愛と思われて、サミュエルの評価が落ちなければいいけれど。

「……嬉しいですけど、なんだか気恥ずかしいです」

 最近読んだ雑誌に『バカップル』という言葉が載せられていた。ノアは内容を読みながら苦笑してしまったけれど、傍目からすると、ノアとサミュエルはそう称される可能性があるのではないか。そう思うと、なんとも複雑な気持ちになる。

「事実以外のなにものでもないんだけどね。……それに関連して思い出したんだけど、ノアは残りの長期休暇をどう過ごすの? 領地に戻ることは考えている?」
「あ、はい。それをご相談しようと思っていました」

 サミュエルから言い出してくれて少しホッとしつつ、『それに関連して』という言葉に首を傾げる。

 それ、とは――『片時も離したくない』という言葉ではないかと思い当たると、一気に頬が熱くなった。

 ノアはサミュエルと会えなくなることが寂しくて、帰領を先延ばしにしていた。サミュエルがそれをどう感じているかは知らなかったけれど、今はっきりと、ノアから離れることを寂しがっているのだと分かり、嬉しくなる。

 一方通行の想いより、想い合っている方が喜ばしいのは当然だ。恋しい婚約者なのだから。

 サミュエルの指先がノアの頬を擽る。茶目っ気のある笑みを浮かべて、サミュエルが愛おしげにノアを見つめた。

「私がノアと会えなくなることを寂しがらないとでも思っていたのかな? 心外だね。こんなに日々愛を伝えているのに」
「分かってはいましたけど、でも、ちょっと不安も」

 指先をそっと掴み、頬をすり寄せる。サミュエルを上目遣いに見つめて呟くと、なんだか甘えるような口調になってしまった。

「……それはいけないね」

 サミュエルの目が深い愛情を宿してノアを貫いた。近づく距離に自然と目を閉じる。
 何度しても慣れない。ましてや、こんな庭でだなんて――。

「コホン……紅茶のおかわりはいかがですか?」
「……ロウ」
「なるほど。アシェル殿と同じくらい厳しい。紅茶のおかわりはお願いしたいね。……ノアにはアイスティーがいいかもしれない」

 婚約者が二人きりで過ごすなんて当然あり得ない。だから、ガゼボにはロウも控えていたのだけれど、ノアはすっかりその存在を忘れていた。幼い頃から傍にいるから、気にしない習慣ができていたのだ。
 幼い頃から知る人に、キスを目撃されそうになるとは、顔から火が出そうなほど恥ずかしかった。

 平然とロウに返事をするサミュエルに、思わず恨めしげな目を向けてしまう。真っ赤な顔を揶揄うように頬を撫でられて、余計に拗ねることになったけれど。
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