内気な僕は悪役令息に恋をする

asagi

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79.ひとときの休息

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 来年度の学園には不安があるものの、日々はつつがなく進む。

 ノアの傍にサミュエルがいることは、いつしか当たり前の光景として受け入れられるようになった。注目が集まるのは変わらないけれど、もう慣れたものだ。

 つい数ヶ月前の自分のことを思うと、時々不思議な思いになる。
 内気で社交下手だった自分が、憧れの人と当然のように話しているとは、と。

 まだ他の令息や令嬢と親しく話せるほどではないけれど、確実に成長していると思う。少なくとも、ほとんど話したことがない相手でも、挨拶以外の言葉を交わせるようになった。

 でも、ノアと話した相手は、なぜか決まって話の後にたくさんの人に囲まれているようだ。
 首を傾げたノアに、サミュエルが「喜びを分かち合っているんだよ。互いに牽制してバランスがとれているから、そっとしておくといい。問題になりそうなときは僕が対処するから」と言った。


「……僕、結構好かれていたらしいからかな? 全然実感はないけど、みんな優しくしてくれるから、このままでいいのかも……」

 思い出した出来事について、ポツリと呟く。

 ノアは久しぶりに訪れた学園の裏庭で、ホッとひと息ついていた。
 多少他の人たちと交流できるようになったといっても、元々の性格は変わらない。ノアはやはり静かで落ち着いた空間が好きだった。
 サミュエルと過ごす時間は楽しいけれど、ドキドキしすぎて困ってしまうこともある。

 最近は、休みの日のほとんどをサミュエルと過ごし、学園から帰宅後は領地の管理について仕事をしている。だから、こうしてゆっくりする時間は貴重だった。

 持ってきた本を開こうとした手が止まる。カサカサという葉擦れの音が聞こえたのだ。
 視線を向けた先には猫。ノアの顔馴染みであり、癒しの存在だ。

 猫は少し警戒した様子でノアを見ていたが、ゆっくりと歩み寄って来た。
 ノアが差し出した手に鼻で触れ、しばらくしてからトンと膝の上に跳び乗ってくる。

「久しぶり。元気だったかな?」

 頭を撫でる。飼い主に丁寧に世話をされているのか、相変わらず柔らかで触り心地のいい毛並みだった。

 ホッと心が緩んでいく。
 慣れないことが多かった数ヶ月の間に、知らないうちに溜まっていた疲労感が溶けていく気がした。

「君は本当にいい子だね」

 真剣に家で猫を飼おうかと考える。
 両親は猫嫌いではない。特別好きとは聞いたことがないけれど、二人はノアに甘いから、提案したら次の日には動物を扱う商人を呼んでいそうだ。

「――サミュエル様は猫好きだから、結婚した後もきちんと可愛がれるはず」

 動物を飼うならば、最後までお世話をするのが飼い主の務め。貴族である以上、実際の世話は使用人が担うとはいえ、飼い主としての責任を放棄してはならない。
 だから、共に住むことになる結婚相手によって、環境が変わる可能性があることをきちんと考えておくべきだと、ノアは以前から考えていた。

 婚約相手もいなかったときは動物を飼うことを先延ばしにしていたけれど、そろそろ決めてもいいだろうか。サミュエルならば問題なさそうだから。

「しばらくは猫を囲んで二人で過ごすのも楽しそう……」

 思考が未来へと羽ばたく。
 ノアとサミュエルの婚姻は、学園卒業後すぐにと決まった。まだ結婚後の想像はあまりできていないけれど、その場に猫がいたら、二人で可愛がれて楽しい気がする。

「サミュエル様と結婚して、いつか後継ぎを生んで、育てて――」

 将来確実に起こるだろう出来事を羅列して、その光景を想像してみようとするものの、上手くいかない。猫を囲んで微笑むのは想像できるのに。

「結婚と子育て、か……」

 呟いた後、子育ての前に必要なあれこれに関して、以前アシェルと読んだ教本の内容を思い出してしまった。ぶんぶんと勢いよく頭を振って、忘却する。
 少し頭がくらりとした。

「――分かってる。避けて通れないって分かってるんだけど。……想像できない……というよりも、恥ずかしい……」

 一人だけの空間だからと、心の声が漏れた。
 熱くなる顔を手で覆って俯く。猫が心配そうにしていたけれど、ノアは自分のことで精一杯で、撫でてあげられない。

 サミュエルとの結婚生活がどういう感じになるのか、想像できない。幸せであることには変わりないのだろうけれど。

「――そういえば、婚約発表のパーティーのことを考えておいてと言われたなぁ……」

 結婚から連想して、今朝父から伝えられたことを思い出し、冷静さを取り戻した。
 ライアンが臣籍降下して、領地に貴族として赴いた後には、正式にノアたちの婚約を公表することになる。その準備をそろそろしなくてはならないのだ。

 婚約発表のパーティーは貴族としての義務に近い。その場で互いの親族や親しい関係者が顔を合わせることにより、関係性を密にするのだ。
 パーティーなどは得意ではないけれど、避けて通れない。

「サミュエル様に相談しよう……」

 招待客や会場の設定など、やるべきことは多そうだ。
 パーティーの開催は、学園が来年度になってからと考えている。マーティン殿下のことなど、不安なことはあるけれど、そればかりにかまけていられない。

「忙しい一年になりそうだなぁ……」

 呟きつつ、猫を撫でる。
 今はひとときの休息を楽しもう。

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