内気な僕は悪役令息に恋をする

asagi

文字の大きさ
上 下
76 / 277

76.意外な攻略対象

しおりを挟む

「――何故隠す必要があるのですか……?」

 真っ先に浮かんだ疑問はそれだった。
 現王妃に不貞疑惑があり、第一王子の血筋に疑義が生じていることは知っていた。でも、王の場合は、そもそも基本的に不貞という概念がない。

 王は王家の血を繋げる務めがある。それゆえに、王は王妃以外にも妻を持つ一夫多妻制だ。
 婚姻を結ばないまま子を作ってしまったなら、多少外聞は悪いけれど、そのまま妾にすればいいはず。その場合、子が隠されるということはありえない。

「さぁ……ゲームではそこまで解説されていなかったので。国を乗っ取ろうとするストーリーで、王の隠し子がキーマンっていうのは、鉄板のストーリーですし。……でも、改めて現実で考えると、嫌な気分になりますね」

 アシェルが僅かに顔を顰める。ノアはサミュエルを横目で窺った。答えは知りたいけれど、恐らく厳重に隠されている事柄なので尋ねにくい。

 サミュエルは暫く腕を組んで考え込んでいたものの、ノアの視線に気づいて肩をすくめた。

「……今後、どの情報が役に立つか分からないから、教えるのは構わないけど、他言無用で頼むよ」
「はい、もちろんです」
「王の隠し子を知ってるっていうだけで、まずい状況ですからねー。今更秘密が増えたところで、どんとこいってやつですよ」

 真剣に頷いたノアとは対照的に、アシェルの言葉は少し軽く感じた。
 サミュエルは僅かに眉を顰めたものの、アシェルのことは信頼しているのか、咎めずに話を続ける。

「陛下がまだ王妃殿下と婚約中だった時に、侍女に手を出してしまったんだよ。第一王子は王妃との間の子でなくてはならない。王妃と婚姻を結んでいて、既に王子がいれば、その侍女を妾にすることもできたんだけど。結局、うちが秘密裏に子どもを引き取って、ディーガー伯爵家の養子にさせたんだ」
「……その侍女の方はどうされたのですか?」

 理解できなくはない話だ。でも、王が手を出した女性のその後について語られないことに、少し嫌な予感を抱いてしまう。

「侍女として雇い入れる予定だったけど、産後の肥立ちが悪くて亡くなってしまったらしい」
「それは……お気の毒に」

 痛ましいと思いつつ、サミュエルの言葉を反芻していて、ふとあることに気づいた。
 王が王妃と婚姻前にできた子ということは、少なくともノアたちより年上ということだ。それに名前がハミルトンとは……どこかで聞いた覚えがある。

「――ハミルトン、殿……? もしかして、図書室の司書さんでは?」

 学園が舞台でストーリーが展開されるならば、主人公の兄も学園にいる可能性が高い。でも、ノアの記憶を遡っても、学園には現在ディーガー伯爵家の者は学生として存在していない。
 唯一思い浮かぶのは、ノアが比較的話すことができる司書の存在だった。学園では基本的に教師陣は爵位を名乗らないから、司書がディーガー伯爵家の者でも不思議はない。

「そうだね。……アシェル殿は知っていたようだけど」
「それは知ってるに決まってますよ。ゲーム第二弾の中で、主人公がハミルトンに会いに行くのは、基本的に図書室でしたから」

 サミュエルとアシェルがあっさり頷くので、ノアも素直に納得した。

 それにしても、あの司書に、王の隠し子という裏事情があったとは、こうして聞かされるまで全く気付かなかった。ノアが多少話せるくらい、ハミルトンは穏やかで理知的な雰囲気で、暗い印象はなかったから。もちろん、王の隠し子だからといって、それを思い悩んでいるとは限らないけれど。

「……それにしても、ライアン殿下よりだいぶ年上ですね」
「陛下が学園に在学中にできた子だからね」

 苦笑しながら頷くサミュエルに、ノアも苦い思いを隠せず口を引き結んだ。

 王妃の不貞疑惑を知った際に、王はどうしてそれを知らないふりをしているのかと思ったけれど、もしかしたら王自身にも負い目があったからなのかもしれないと理解してしまった。

 なんというか、王ならば、もう少し人として真っ当に生きてほしいと思うのは、ノアの我儘だろうか。王家は貴族家よりも正しさが求められる立場だと思う。

「――さて、カールトン国の第三王子に関係する話はこれくらいかい? アシェル殿がもう情報を持っていないようなら、今後のことを考えたいと思うんだけど」

 サミュエルが明るい声で、少し沈んだ空気を切り替えさせた。ノアも王家に対する思考を打ち切り、姿勢を正す。
 ノアにとって、ハミルトンの情報は所詮他人事である。留学してくる第三王子に対してどう行動すべきかが、今一番考えなければならないことだった。
しおりを挟む
感想 141

あなたにおすすめの小説

別れようと彼氏に言ったら泣いて懇願された挙げ句めっちゃ尽くされた

翡翠飾
BL
「い、いやだ、いや……。捨てないでっ、お願いぃ……。な、何でも!何でもするっ!金なら出すしっ、えっと、あ、ぱ、パシリになるから!」 そう言って涙を流しながら足元にすがり付くαである彼氏、霜月慧弥。ノリで告白されノリで了承したこの付き合いに、βである榊原伊織は頃合いかと別れを切り出したが、慧弥は何故か未練があるらしい。 チャライケメンα(尽くし体質)×物静かβ(尽くされ体質)の話。

性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました

まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。 性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。 (ムーンライトノベルにも掲載しています)

美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜

飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。 でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。 しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。 秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。 美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。 秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。

幽閉王子は最強皇子に包まれる

皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。 表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。

悪役令息の七日間

リラックス@ピロー
BL
唐突に前世を思い出した俺、ユリシーズ=アディンソンは自分がスマホ配信アプリ"王宮の花〜神子は7色のバラに抱かれる〜"に登場する悪役だと気付く。しかし思い出すのが遅過ぎて、断罪イベントまで7日間しか残っていない。 気づいた時にはもう遅い、それでも足掻く悪役令息の話。【お知らせ:2024年1月18日書籍発売!】

転生貧乏貴族は王子様のお気に入り!実はフリだったってわかったのでもう放してください!

音無野ウサギ
BL
ある日僕は前世を思い出した。下級貴族とはいえ王子様のお気に入りとして毎日楽しく過ごしてたのに。前世の記憶が僕のことを駄目だしする。わがまま駄目貴族だなんて気づきたくなかった。王子様が優しくしてくれてたのも実は裏があったなんて気づきたくなかった。品行方正になるぞって思ったのに! え?王子様なんでそんなに優しくしてくるんですか?ちょっとパーソナルスペース!! 調子に乗ってた貧乏貴族の主人公が慎ましくても確実な幸せを手に入れようとジタバタするお話です。

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

悪役令息の伴侶(予定)に転生しました

  *  
BL
攻略対象しか見えてない悪役令息の伴侶(予定)なんか、こっちからお断りだ! って思ったのに……! 前世の記憶がよみがえり、自らを反省しました。BLゲームの世界で推しに逢うために頑張りはじめた、名前も顔も身長もないモブの快進撃が始まる──! といいな!(笑)

処理中です...