内気な僕は悪役令息に恋をする

asagi

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75.思いがけない情報

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 どこかすれ違ったような空気を感じつつも、アシェルが戸惑いがちに口を開いたことで、ノアたちの意識も話の内容に向けられる。

「第二弾の話をするにあたって、思い出してもらいたいんですけど。第一弾ではサミュエル様が悪役令息で、最終的に国を追われるか、処刑されるかの結末に至るんです」
「ああ、そう言っていたね」

 軽く話を受け流すサミュエルとは対照的に、ノアはどうにも不快な思いが胸に押し寄せてきて、思わず眉を顰めた。空想の話の中でのこととはいえ、サミュエルがそんなひどい目にあうとは聞きたくない。

「それで、サミュエル様を慕う隣国の第三王子が、その結末に怒りを抱くことで、第二弾のストーリーが始まるんですよ」
「……あぁ、個人的な意思での国盗りって、私の不遇への怒りからということかい?」

 サミュエルがアシェルの話に理解を示しつつも、呆れたように呟く。それこそ空想の中でしかありえない展開だからだろう。
 いくら慕っていたとしても、それで一国を乗っ取ろうと第三王子が考えるとは、ノアも思えなかった。

「そういうことです」

 アシェルが苦笑しながら頷く。
 続けて、第二弾のゲームストーリーを話し始めた。

 ゲームの主人公はディーガー伯爵家の三男。
 恋愛の対象となる者は、アシェルが知っているだけで三人いるそうだ。隣国の第三王子と、主人公の血の繋がらない兄、そしてこの国の王太子となるルーカス。
 誰を恋愛の対象に選ぶかで結末が変わるのは、第一弾の時と同じ。アシェルは「ハーレムエンドはないと思います」と話した。

 第三王子のルートを選ぶと、国の乗っ取りが成功する。それに加えて、心が惹かれ合うという展開になるらしい。
 血の繋がらない兄のルートを選ぶと、国の乗っ取りは一時棚上げになるけれど、第三王子は諦めずに狙い続ける。
 ルーカスのルートを選ぶと、国の乗っ取りは失敗して、主人公はルーカスと結婚する。

「……どのルートも、それが現実になるならば、いいとは言えないと思いますね」

 ノアはアシェルの話を聞き終えて、頬に手を添えて首を傾げた。非常に悩ましい話だ。

 国の乗っ取りが成功してしまうのがまずいのは当然。
 ルーカスのルートは、一見いいように思えても、伯爵家の三男が王太子と結婚するのは、現状では許容できない。
 ライアンの騒動の影響で、王族の信頼性が揺らいでいるのだ。再び王太子の婚約に変更が生じたら、国が混乱に陥る可能性がある。

 血の繋がらない兄のルートが、三人の中ではましに思えるけれど、第三王子が諦めないというのが気にかかる。

「ディーガー伯爵家の養子まで攻略の対象なのか……。最初に名前が出てきた時から、もしかしてと思ったけど。――アシェル殿はその兄についての事情は知っているのかい?」

 サミュエルの言葉はやけに意味深に感じられた。
 ノアはアシェルに視線を向ける。アシェルは戸惑った表情で、サミュエルの顔を窺っていた。

「……ちょーっと、まずいことを思い出してしまったかもしれません」
「構わないよ、言ってごらん。君の話を聞いて、口封じすべきか判断するから」
「こっわ!」

 にこりと怖いくらいの笑みを浮かべたサミュエルに、アシェルが大袈裟に思えるほど身震いして自分の身体を抱きしめる。言葉通り怯えているようだ。
 ノアはアシェルを脅かすサミュエルの手を軽く叩いた。

「アシェルさんを怖がらせないでください」
「……ノアはアシェルの味方ばかりする」
「そんなことはないと思いますよ。……拗ねないでください、サミュエル様」

 サミュエルにじとりと見つめられて、ノアは思わず笑みがこぼれた。
 アシェルを本気で脅すつもりなんてなく、ただ揶揄っただけだろうに、ノアに咎められて拗ねるサミュエルが可愛らしく思えた。

「僕をだしにして、いちゃつかないでくださいよ……」

 呆れたようなアシェルの声に、ハッと気を取り直す。ノアのサミュエルへの想いが見透かされたような気がして、恥ずかしくなった。

「アシェル殿、話の続きを」
「……ノア様への優しさの、十分の一だけでも、僕にくれませんかね?」
「君は本当に図々しいよね」
「サミュエル様が、ノア様以外への優しさが足りなさすぎるのでは?」

 睨み合う二人を見て、ノアは少し楽しくなってきた。話の内容は決して歓迎できるものではないのに、この二人が揃えば全く問題なくなる気がする。

「――はぁ……。主人公のお兄さんの話でしたね。マジで僕のこと消そうとしないでくださいよ?」
「ノアが嫌がるからしないよ」

 いつになく念入りに確認を取るアシェルに、サミュエルがあっさりと頷く。サミュエルは既に、アシェルが何を言おうとしているか分かっているようだ。

「攻略対象となる主人公のお兄さんは、ディーガー伯爵家に養子に入った人です。名前はハミルトン。彼の血筋は基本的には隠されているのですが――」

 話し出したアシェルが、再びサミュエルの顔を窺う。途切れた言葉の続きを、ノアは息を飲んで待った。


「……ゲームの後半で明かされるのは……彼がこの国の王の隠し子という事実です」

 ――王の、隠し子……?

「……え」

 呆然とするノアの横で、サミュエルが「やはりゲーム内の情報は、きちんと現実に即している部分もあるんだね」と、アシェルの言葉を暗に肯定していた。
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