75 / 277
75.思いがけない情報
しおりを挟むどこかすれ違ったような空気を感じつつも、アシェルが戸惑いがちに口を開いたことで、ノアたちの意識も話の内容に向けられる。
「第二弾の話をするにあたって、思い出してもらいたいんですけど。第一弾ではサミュエル様が悪役令息で、最終的に国を追われるか、処刑されるかの結末に至るんです」
「ああ、そう言っていたね」
軽く話を受け流すサミュエルとは対照的に、ノアはどうにも不快な思いが胸に押し寄せてきて、思わず眉を顰めた。空想の話の中でのこととはいえ、サミュエルがそんなひどい目にあうとは聞きたくない。
「それで、サミュエル様を慕う隣国の第三王子が、その結末に怒りを抱くことで、第二弾のストーリーが始まるんですよ」
「……あぁ、個人的な意思での国盗りって、私の不遇への怒りからということかい?」
サミュエルがアシェルの話に理解を示しつつも、呆れたように呟く。それこそ空想の中でしかありえない展開だからだろう。
いくら慕っていたとしても、それで一国を乗っ取ろうと第三王子が考えるとは、ノアも思えなかった。
「そういうことです」
アシェルが苦笑しながら頷く。
続けて、第二弾のゲームストーリーを話し始めた。
ゲームの主人公はディーガー伯爵家の三男。
恋愛の対象となる者は、アシェルが知っているだけで三人いるそうだ。隣国の第三王子と、主人公の血の繋がらない兄、そしてこの国の王太子となるルーカス。
誰を恋愛の対象に選ぶかで結末が変わるのは、第一弾の時と同じ。アシェルは「ハーレムエンドはないと思います」と話した。
第三王子のルートを選ぶと、国の乗っ取りが成功する。それに加えて、心が惹かれ合うという展開になるらしい。
血の繋がらない兄のルートを選ぶと、国の乗っ取りは一時棚上げになるけれど、第三王子は諦めずに狙い続ける。
ルーカスのルートを選ぶと、国の乗っ取りは失敗して、主人公はルーカスと結婚する。
「……どのルートも、それが現実になるならば、いいとは言えないと思いますね」
ノアはアシェルの話を聞き終えて、頬に手を添えて首を傾げた。非常に悩ましい話だ。
国の乗っ取りが成功してしまうのがまずいのは当然。
ルーカスのルートは、一見いいように思えても、伯爵家の三男が王太子と結婚するのは、現状では許容できない。
ライアンの騒動の影響で、王族の信頼性が揺らいでいるのだ。再び王太子の婚約に変更が生じたら、国が混乱に陥る可能性がある。
血の繋がらない兄のルートが、三人の中ではましに思えるけれど、第三王子が諦めないというのが気にかかる。
「ディーガー伯爵家の養子まで攻略の対象なのか……。最初に名前が出てきた時から、もしかしてと思ったけど。――アシェル殿はその兄についての事情は知っているのかい?」
サミュエルの言葉はやけに意味深に感じられた。
ノアはアシェルに視線を向ける。アシェルは戸惑った表情で、サミュエルの顔を窺っていた。
「……ちょーっと、まずいことを思い出してしまったかもしれません」
「構わないよ、言ってごらん。君の話を聞いて、口封じすべきか判断するから」
「こっわ!」
にこりと怖いくらいの笑みを浮かべたサミュエルに、アシェルが大袈裟に思えるほど身震いして自分の身体を抱きしめる。言葉通り怯えているようだ。
ノアはアシェルを脅かすサミュエルの手を軽く叩いた。
「アシェルさんを怖がらせないでください」
「……ノアはアシェルの味方ばかりする」
「そんなことはないと思いますよ。……拗ねないでください、サミュエル様」
サミュエルにじとりと見つめられて、ノアは思わず笑みがこぼれた。
アシェルを本気で脅すつもりなんてなく、ただ揶揄っただけだろうに、ノアに咎められて拗ねるサミュエルが可愛らしく思えた。
「僕をだしにして、いちゃつかないでくださいよ……」
呆れたようなアシェルの声に、ハッと気を取り直す。ノアのサミュエルへの想いが見透かされたような気がして、恥ずかしくなった。
「アシェル殿、話の続きを」
「……ノア様への優しさの、十分の一だけでも、僕にくれませんかね?」
「君は本当に図々しいよね」
「サミュエル様が、ノア様以外への優しさが足りなさすぎるのでは?」
睨み合う二人を見て、ノアは少し楽しくなってきた。話の内容は決して歓迎できるものではないのに、この二人が揃えば全く問題なくなる気がする。
「――はぁ……。主人公のお兄さんの話でしたね。マジで僕のこと消そうとしないでくださいよ?」
「ノアが嫌がるからしないよ」
いつになく念入りに確認を取るアシェルに、サミュエルがあっさりと頷く。サミュエルは既に、アシェルが何を言おうとしているか分かっているようだ。
「攻略対象となる主人公のお兄さんは、ディーガー伯爵家に養子に入った人です。名前はハミルトン。彼の血筋は基本的には隠されているのですが――」
話し出したアシェルが、再びサミュエルの顔を窺う。途切れた言葉の続きを、ノアは息を飲んで待った。
「……ゲームの後半で明かされるのは……彼がこの国の王の隠し子という事実です」
――王の、隠し子……?
「……え」
呆然とするノアの横で、サミュエルが「やはりゲーム内の情報は、きちんと現実に即している部分もあるんだね」と、アシェルの言葉を暗に肯定していた。
133
◇長編◇
本編完結
『貧乏子爵令息のオメガは王弟殿下に溺愛されているようです』
本編・続編完結
『雪豹くんは魔王さまに溺愛される』書籍化☆
完結『天翔ける獣の願いごと』
◇短編◇
本編完結『悪役令息になる前に自由に生きることにしました』
お気に入りに追加
4,631
あなたにおすすめの小説

別れようと彼氏に言ったら泣いて懇願された挙げ句めっちゃ尽くされた
翡翠飾
BL
「い、いやだ、いや……。捨てないでっ、お願いぃ……。な、何でも!何でもするっ!金なら出すしっ、えっと、あ、ぱ、パシリになるから!」
そう言って涙を流しながら足元にすがり付くαである彼氏、霜月慧弥。ノリで告白されノリで了承したこの付き合いに、βである榊原伊織は頃合いかと別れを切り出したが、慧弥は何故か未練があるらしい。
チャライケメンα(尽くし体質)×物静かβ(尽くされ体質)の話。


性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました
まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。
性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。
(ムーンライトノベルにも掲載しています)

美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜
飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。
でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。
しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。
秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。
美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。
秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。
悪役令息の七日間
リラックス@ピロー
BL
唐突に前世を思い出した俺、ユリシーズ=アディンソンは自分がスマホ配信アプリ"王宮の花〜神子は7色のバラに抱かれる〜"に登場する悪役だと気付く。しかし思い出すのが遅過ぎて、断罪イベントまで7日間しか残っていない。
気づいた時にはもう遅い、それでも足掻く悪役令息の話。【お知らせ:2024年1月18日書籍発売!】

美少年に転生したらヤンデレ婚約者が出来ました
SEKISUI
BL
ブラック企業に勤めていたOLが寝てそのまま永眠したら美少年に転生していた
見た目は勝ち組
中身は社畜
斜めな思考の持ち主
なのでもう働くのは嫌なので怠惰に生きようと思う
そんな主人公はやばい公爵令息に目を付けられて翻弄される

【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

転生貧乏貴族は王子様のお気に入り!実はフリだったってわかったのでもう放してください!
音無野ウサギ
BL
ある日僕は前世を思い出した。下級貴族とはいえ王子様のお気に入りとして毎日楽しく過ごしてたのに。前世の記憶が僕のことを駄目だしする。わがまま駄目貴族だなんて気づきたくなかった。王子様が優しくしてくれてたのも実は裏があったなんて気づきたくなかった。品行方正になるぞって思ったのに!
え?王子様なんでそんなに優しくしてくるんですか?ちょっとパーソナルスペース!!
調子に乗ってた貧乏貴族の主人公が慎ましくても確実な幸せを手に入れようとジタバタするお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる