内気な僕は悪役令息に恋をする

asagi

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73.今後の選択

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 ――よく考えるといい。

 そんな父の言葉に送り出され、ノアとサミュエルは部屋に戻ってきた。

 出迎えたアシェルは心配そうな表情だ。サミュエルが眉を顰めて悩ましげな表情をしているのが見えたからだろう。
 いつも自信に溢れたサミュエルの、そんな姿はあまり見ない。だから、どんな話だったのかと、アシェルが気を揉むのも仕方なかった。 

(お父様も少し驚いていたなぁ。微笑ましそうでもあったけど)

 別れ際の父の表情を思い出し、ノアはひっそりと苦笑を漏らした。
 サミュエルが父の提案に難色を示したことを、残念に思うべきか、それとも喜ぶべきか。

 アシェルが用意してくれた温かい紅茶で喉を潤しながら、ノアはサミュエルの顔をそっと窺った。

「……ノア、私の意見を聞いてくれるかい?」
「はい、もちろんです」

 口火を切ったサミュエルの、苦みが滲んだ真剣な眼差しを受けて、思わず姿勢を正す。ノアが考えていたよりも、サミュエルは父の提案を深刻に捉えているようだ。

「――ノアのことを考えるなら、学園を一年休学した方がいいのは確かだろう」
「え、休学!?」

 様子を窺っていたアシェルが、驚愕の声を上げた。そちらを一瞬横目で見たサミュエルは、今は説明する気がないのか、ノアに視線を戻して話を続ける。
 ノアはアシェルをのけ者にしているようで少し心苦しかったけれど、これはサミュエルと二人で話すべきことだろう。

「それは、僕の、隣国の王族への感情を考慮して、ということですね?」
「うん。でも、誤解しないでほしいんだけど、ノアがそれに耐えられないほど弱いと思っているわけではないよ。ただ、無用な精神的負荷は避けるべきだというだけで」

 ノアのことを真に案じていることが伝わってくる言葉だった。眼差しも慈しみに満ちていて、ノアは少し強ばりを残していた心が緩んでいくのを感じる。

 サミュエルは「弱くない」と言ってくれたけれど、ノア自身はその自信が全くない。隣国の王子という言葉に、ノアの心が揺らいだのは事実だったから。
 でも、サミュエルがそう言ってくれて、傍にいてくれるなら、ノアも強くいられる気がした。

「――そう、分かっているんだけど……。でも、婚姻が一年遅くなるのは、私は正直嫌だ」

 サミュエルの苦々しい表情の理由はそれだった。ノアの予想通りで、ついほのかに笑みを浮かべてしまう。

 ノアにとっての最善が分かった上で、サミュエルがノアの休学を嫌がるのは、早く婚姻したいから。それだけノアに愛情を向けているということだろう。
 少しわがままかもしれないサミュエルの愛の主張が、なんだか嬉しい。これを愛おしさというのだろうか。

(それに……サミュエル様との婚姻を遅らせたくないのは、僕も同じだから――)

 ノアはサミュエルの片手を胸元近くでそっと握った。虚をつかれたように目を見開くサミュエルが可愛く思えて、ふわりと微笑む。

「では、休学はなしにしましょう。僕はサミュエル様がいてくださるなら、大丈夫です」
「……いいのかい? つらい思いをするかもしれないよ」

 サミュエルが気遣わしげに目を細め、ノアの頬を撫でる。その温もりに少しすり寄りながらも、ノアはしっかりと頷いた。
 ノアの言葉に嘘はない。サミュエルがいるなら大丈夫だと、心から信じているから。

 その思いはサミュエルにも伝わったのか、苦しそうだった表情が和らいでいくのが分かった。いつもの穏やかな笑みに、ノアの心もホッと安堵で満ちる。

「――お話がまとまったようでしたら、どういうことか聞いてもいいですか? それとも、僕は聞かない方がいい話ですか?」

 遠慮がちに尋ねてきたアシェルを見て、ノアはサミュエルと視線を交わす。

 隣国の第三王子が留学してくるのは来年度、つまりアシェルがライアンと共に領地に行ってからになる。アシェル自身に関わらない問題なのに、話して巻き込むようなことをしてもいいものか、少し迷った。

「他言されては困る話だよ」

 警告するサミュエルに、アシェルはあっけらかんとした笑みを返す。でも、その笑みとは裏腹に、眼差しは真剣そのもの。

「それは今さらですね! ゲーム知識がある時点で、他言無用の話のオンパレードなので。口の固さは信用してくださいとしか言えませんけど。ノア様に何か問題が起きたなら、友人として知っておきたいですし、何か僕が役に立てることがあるなら、頼っていただきたいです」
「アシェルさん……」

 心が温かくなる。サミュエルとは別の部分で、アシェルがノアの心を支えてくれているのは確かだった。

「そう。それなら話すよ――」

 ノアがアシェルに寄せる信頼を理解していたからか、サミュエルはあっさりと説明を始めた。
 といっても、今のところ話せることは少ない。隣国の第三王子が学園に留学してくることと、その王子が以前ノアに婚約を申し込もうとしていたことくらいだ。

「隣国の王子……留学生……?」

 奇妙なほど歪んだ表情で説明を聞いていたアシェルが、記憶を辿るように覚束ない口調で反芻する。そして、答えに至ったのか、ぽつりと呟きをこぼした。

「――もしかして、ゲーム第二弾?」
「は?」
「え?」

 思いがけない言葉に、ノアたちは困惑の表情でアシェルを凝視してしまった。
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