73 / 277
73.今後の選択
しおりを挟む――よく考えるといい。
そんな父の言葉に送り出され、ノアとサミュエルは部屋に戻ってきた。
出迎えたアシェルは心配そうな表情だ。サミュエルが眉を顰めて悩ましげな表情をしているのが見えたからだろう。
いつも自信に溢れたサミュエルの、そんな姿はあまり見ない。だから、どんな話だったのかと、アシェルが気を揉むのも仕方なかった。
(お父様も少し驚いていたなぁ。微笑ましそうでもあったけど)
別れ際の父の表情を思い出し、ノアはひっそりと苦笑を漏らした。
サミュエルが父の提案に難色を示したことを、残念に思うべきか、それとも喜ぶべきか。
アシェルが用意してくれた温かい紅茶で喉を潤しながら、ノアはサミュエルの顔をそっと窺った。
「……ノア、私の意見を聞いてくれるかい?」
「はい、もちろんです」
口火を切ったサミュエルの、苦みが滲んだ真剣な眼差しを受けて、思わず姿勢を正す。ノアが考えていたよりも、サミュエルは父の提案を深刻に捉えているようだ。
「――ノアのことを考えるなら、学園を一年休学した方がいいのは確かだろう」
「え、休学!?」
様子を窺っていたアシェルが、驚愕の声を上げた。そちらを一瞬横目で見たサミュエルは、今は説明する気がないのか、ノアに視線を戻して話を続ける。
ノアはアシェルをのけ者にしているようで少し心苦しかったけれど、これはサミュエルと二人で話すべきことだろう。
「それは、僕の、隣国の王族への感情を考慮して、ということですね?」
「うん。でも、誤解しないでほしいんだけど、ノアがそれに耐えられないほど弱いと思っているわけではないよ。ただ、無用な精神的負荷は避けるべきだというだけで」
ノアのことを真に案じていることが伝わってくる言葉だった。眼差しも慈しみに満ちていて、ノアは少し強ばりを残していた心が緩んでいくのを感じる。
サミュエルは「弱くない」と言ってくれたけれど、ノア自身はその自信が全くない。隣国の王子という言葉に、ノアの心が揺らいだのは事実だったから。
でも、サミュエルがそう言ってくれて、傍にいてくれるなら、ノアも強くいられる気がした。
「――そう、分かっているんだけど……。でも、婚姻が一年遅くなるのは、私は正直嫌だ」
サミュエルの苦々しい表情の理由はそれだった。ノアの予想通りで、ついほのかに笑みを浮かべてしまう。
ノアにとっての最善が分かった上で、サミュエルがノアの休学を嫌がるのは、早く婚姻したいから。それだけノアに愛情を向けているということだろう。
少しわがままかもしれないサミュエルの愛の主張が、なんだか嬉しい。これを愛おしさというのだろうか。
(それに……サミュエル様との婚姻を遅らせたくないのは、僕も同じだから――)
ノアはサミュエルの片手を胸元近くでそっと握った。虚をつかれたように目を見開くサミュエルが可愛く思えて、ふわりと微笑む。
「では、休学はなしにしましょう。僕はサミュエル様がいてくださるなら、大丈夫です」
「……いいのかい? つらい思いをするかもしれないよ」
サミュエルが気遣わしげに目を細め、ノアの頬を撫でる。その温もりに少しすり寄りながらも、ノアはしっかりと頷いた。
ノアの言葉に嘘はない。サミュエルがいるなら大丈夫だと、心から信じているから。
その思いはサミュエルにも伝わったのか、苦しそうだった表情が和らいでいくのが分かった。いつもの穏やかな笑みに、ノアの心もホッと安堵で満ちる。
「――お話がまとまったようでしたら、どういうことか聞いてもいいですか? それとも、僕は聞かない方がいい話ですか?」
遠慮がちに尋ねてきたアシェルを見て、ノアはサミュエルと視線を交わす。
隣国の第三王子が留学してくるのは来年度、つまりアシェルがライアンと共に領地に行ってからになる。アシェル自身に関わらない問題なのに、話して巻き込むようなことをしてもいいものか、少し迷った。
「他言されては困る話だよ」
警告するサミュエルに、アシェルはあっけらかんとした笑みを返す。でも、その笑みとは裏腹に、眼差しは真剣そのもの。
「それは今さらですね! ゲーム知識がある時点で、他言無用の話のオンパレードなので。口の固さは信用してくださいとしか言えませんけど。ノア様に何か問題が起きたなら、友人として知っておきたいですし、何か僕が役に立てることがあるなら、頼っていただきたいです」
「アシェルさん……」
心が温かくなる。サミュエルとは別の部分で、アシェルがノアの心を支えてくれているのは確かだった。
「そう。それなら話すよ――」
ノアがアシェルに寄せる信頼を理解していたからか、サミュエルはあっさりと説明を始めた。
といっても、今のところ話せることは少ない。隣国の第三王子が学園に留学してくることと、その王子が以前ノアに婚約を申し込もうとしていたことくらいだ。
「隣国の王子……留学生……?」
奇妙なほど歪んだ表情で説明を聞いていたアシェルが、記憶を辿るように覚束ない口調で反芻する。そして、答えに至ったのか、ぽつりと呟きをこぼした。
「――もしかして、ゲーム第二弾?」
「は?」
「え?」
思いがけない言葉に、ノアたちは困惑の表情でアシェルを凝視してしまった。
135
◇長編◇
本編完結
『貧乏子爵令息のオメガは王弟殿下に溺愛されているようです』
本編・続編完結
『雪豹くんは魔王さまに溺愛される』書籍化☆
完結『天翔ける獣の願いごと』
◇短編◇
本編完結『悪役令息になる前に自由に生きることにしました』
お気に入りに追加
4,631
あなたにおすすめの小説

別れようと彼氏に言ったら泣いて懇願された挙げ句めっちゃ尽くされた
翡翠飾
BL
「い、いやだ、いや……。捨てないでっ、お願いぃ……。な、何でも!何でもするっ!金なら出すしっ、えっと、あ、ぱ、パシリになるから!」
そう言って涙を流しながら足元にすがり付くαである彼氏、霜月慧弥。ノリで告白されノリで了承したこの付き合いに、βである榊原伊織は頃合いかと別れを切り出したが、慧弥は何故か未練があるらしい。
チャライケメンα(尽くし体質)×物静かβ(尽くされ体質)の話。

美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜
飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。
でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。
しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。
秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。
美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。
秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。

性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました
まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。
性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。
(ムーンライトノベルにも掲載しています)
悪役令息の七日間
リラックス@ピロー
BL
唐突に前世を思い出した俺、ユリシーズ=アディンソンは自分がスマホ配信アプリ"王宮の花〜神子は7色のバラに抱かれる〜"に登場する悪役だと気付く。しかし思い出すのが遅過ぎて、断罪イベントまで7日間しか残っていない。
気づいた時にはもう遅い、それでも足掻く悪役令息の話。【お知らせ:2024年1月18日書籍発売!】
勇者召喚に巻き込まれて追放されたのに、どうして王子のお前がついてくる。
イコ
BL
魔族と戦争を繰り広げている王国は、人材不足のために勇者召喚を行なった。
力ある勇者たちは優遇され、巻き込まれた主人公は追放される。
だが、そんな主人公に優しく声をかけてくれたのは、召喚した側の第五王子様だった。
イケメンの王子様の領地で一緒に領地経営? えっ、男女どっちでも結婚ができる?
頼りになる俺を手放したくないから結婚してほしい?
俺、男と結婚するのか?
魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました
タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。
クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。
死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。
「ここは天国ではなく魔界です」
天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。
「至上様、私に接吻を」
「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」
何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?

美少年に転生したらヤンデレ婚約者が出来ました
SEKISUI
BL
ブラック企業に勤めていたOLが寝てそのまま永眠したら美少年に転生していた
見た目は勝ち組
中身は社畜
斜めな思考の持ち主
なのでもう働くのは嫌なので怠惰に生きようと思う
そんな主人公はやばい公爵令息に目を付けられて翻弄される
幽閉王子は最強皇子に包まれる
皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。
表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる