内気な僕は悪役令息に恋をする

asagi

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72.父の提案

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 父の執務室にあるソファにサミュエルと共に腰かけ、向かいにいる父の顔を窺った。珍しく呼び出されたと思ったら、父は深刻そうな表情だ。何かまずいことが起きたのか。不安と緊張が募る。
 顔を強張らせるノアの背に、サミュエルの腕がさりげなく添えられた。それだけで少し安心する。横目で窺ったサミュエルの表情は、常と変わらず穏やかな笑みを湛えていた。

「ノアだけでなく私も呼んだということは、婚約に関して何か問題がありましたか?」
「いや……うん、まあ、そうとも言えるのかもしれないが」

 話の水を向けたサミュエルに、父はなんだか煮え切らない反応だ。何を躊躇っているのだろうか。
 ノアの顔をちらりと見ると、父が話し相手に選んだのはサミュエルだった。

「――先ほど王家から連絡が届いたんだ」
「王家から、連絡?」

 意外な言葉にノアは思わず目を見開いた。サミュエルも不思議そうな声を返している。
 高位貴族ではあるけれど、さほど王家と近くないランドロフ侯爵家に王家から連絡が来ることはそう多くない。でも、サミュエルも呼んだということは、ライアンに関する話だろうか。それならば、グレイ公爵家に連絡がいくはずなので、違和感があるけれど。

「来年度の学園に、カールトン国の第三王子を留学生として迎える、と」
「……隣国カールトンの、ですか」

 重々しい口振りの父の言葉に、サミュエルは眉を顰めていた。二人が深刻そうな表情をしている意味が、ノアはよく分からない。それに二人から何故か気遣うような視線を向けられた気がした。

(隣国カールトンの第三王子に何か問題が……? いや、カールトンって――)

 ノアはカールトン国に関連した出来事を思い出して、ぎゅっと手を握った。
 カールトン国はノアたちの国の現王妃の出身国。そして、かつてこの国に遊学に来て、ノアのトラウマの元となった王女も、カールトン国の者だった。

「――第三王子は王妃殿下の甥御ですが、それはかつて問題を起こした者とも血縁ということですよ? なぜこの国に留学なんてことに」
「ご本人の強い要望によるそうだ。騒動王女は事実上幽閉状態だが、騒動については公にしていないから、それを理由に第三王子の留学を断るのは難しいようだ」

 父とサミュエルが難しい表情で話しているのを、ノアは黙って聞いていた。王女自身がこの国に来るわけではないのに、トラウマを突きつけられているような気分だ。

 不意にサミュエルの腕に力が入り、僅かに身体が傾く。父の前だというのに、抱き寄せられるような体勢はまずい気がしたけれど、安堵感が勝った。
 ホッと息をついて、冷えた感じがする指先を擦り合わせていると、大きな手が包み込んでくる。

「大丈夫かい?」
「……はい。サミュエル様が、傍にいてくださるので」

 いたわりに満ちた温もりが心地よい。顔を覗き込んできたサミュエルに微笑みを返すと、サミュエルはなおも心配そうな眼差しだったけれど、ノアの意思を尊重するように、額にキスを落とし姿勢を戻した。
 父の見守るような眼差しに気づき、ノアは恥ずかしさで顔に一気に熱が戻り俯く。

「……第三王子といえば、ノアに婚約を申し込むという話がありましたよね?」
「え……?」

 サミュエルの思いがけない話に、ノアは目を見開いて固まる。そんな話は聞いたことがなかった。
 でも、ノアの驚きをよそに、二人の会話は続いていく。

「ああ。それについては、サミュエル殿との婚約の話で流れたはずだ。そもそも、ノアに婚約を申し込むというのが、あまりに常識外れなんだが……第三王子のお考えは分からないな……」
「私も隣国を訪れた際に数えるほどしか話したことはないのですが、そこまで非常識な方ではなかったはずです。私との婚約を知って、あっさりと申し出を取りやめたことから考えても、ノアに執着していたわけではないと思うのですが」

 二人とも困惑の表情だった。情報が少なすぎて、今後の展開が読めない。

「ノア――」

 不意に父に呼びかけられた。その真剣な表情に、ノアは息を飲んで言葉を待つ。

「これまで確認したことがなかったが、ノアはあの件について思い出しているのかな?」
「……いえ、ほとんど覚えていません。ですが、隣国の王女が原因であったことは知っています」
「そうか……」

 ノアの返事に父は難しい表情で腕を組んだ。

「――来年度、学園を休んでもいい。その場合卒業が一年遅れるだけだ。……当然、結婚も遅れるが」
「あ……」

 父の提案に、一瞬それもいいかと思ったけれど、付け加えられた言葉に、反射的にサミュエルの顔を見上げる。サミュエルは珍しく引き攣った顔をしていた。
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