内気な僕は悪役令息に恋をする

asagi

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71.どっちが悪い?

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 息苦しさに耐え切れず、ノアはサミュエルの肩を押して離れた。サミュエルは思いの外簡単に拘束を緩めてくれたけれど、完全に離すつもりはないらしく、ノアの腰を抱き、背を撫でている。
 ノアだけ荒い息になっているのがなんだか恨めしくて、サミュエルを見上げてすぐに後悔した。

 熱っぽい翠の瞳はサミュエルの男としての欲を伝えてくるようで、激しく口づけを交わした唇はいつもより赤く潤んでいる。
 先ほどまでのあまりに淫らな行為が思い出されて、ノアは顔が熱くなった。目に毒な姿を見ないようぎゅっと目を瞑り、両手で顔を覆う。恥ずかしくてたまらない。

「っ……」
「……ふっ……ノアは可愛いね。もっと顔を見せて」

 笑みを含んだ甘い囁き声が耳をくすぐり、背にビリッと刺激が走った。何故だか身体から力が抜け、思わずサミュエルの胸に縋りつく。
 震えた手に、ドクドクと大きな鼓動が伝わってきた。

(あ……サミュエル様も……緊張、してる……?)

 ノアと同じくらい主張している胸の鼓動。余裕そうな顔に見えて、実はサミュエルもいっぱいいっぱいになっていたのだろうか。そう考えると、今までのサミュエルの振る舞いが可愛らしく思えるような――。

(いや、それは勘違いだ。あんな……あんな口づけを、するなんて……もっと、手加減してほしい……)

 やはりサミュエルにいいように振り回されてしまっているような気がして、どうにも恨めしい気持ちが消えない。ノアの頭を抱いて、髪に指を絡めて遊んでいるサミュエルの手を掴み、その甲を指先でつねった。

「……痛いよ。どうしたんだい?」
「手加減してくださいと、お伝えしましたよね?」

 サミュエルはノアの細やかな抵抗なんて、全く痛いと感じていなさそうだ。むしろ猫にじゃれつかれたような嬉しささえ窺える。

「ノアのねだり方だと無理だって、伝えたつもりだけど?」
「……どうして、無理なんですか?」

 納得いかない。揶揄うような声で答えるサミュエルに、少し不満が募る。

「――いや、どう見ても、あれはノア様が悪いですよ」
「っ、アシェルさん……!」

 不意に聞こえたアシェルの声に、ノアは反射的にサミュエルの胸を押して距離をとった。サミュエルが不満そうに眉を寄せているけれど、今はそれを気にする余裕はない。
 テーブルを挟んだ向かいにいたアシェルが、少し赤い顔で呆れたような表情をしていた。

 顔が熱い。さっきまでの激しい口づけも、その後のじゃれあいも、全てアシェルに見られていたのだ。
 どうして今回はサミュエルを止めてくれなかったのかと、八つ当たりしたくなってしまう。

「君、珍しく止めなかったね?」

 サミュエルもアシェルの行動を不思議に思ったようだ。尋ねたサミュエルにアシェルが肩をすくめる。

「まあ、どう考えても、ノア様がサミュエル様を煽っていたので。ここで止めるのは、さすがにサミュエル様がお可哀想かなぁと。思っていた以上に激しくて、呆然としちゃったっていうのもありますが。……マジで、エロかった……」

 言葉の最後、アシェルは思い返すように遠くを見つめて、頬をさらに赤らめる。
 そんな感想を呟かれたノアの方が泣きたいくらい恥ずかしい。でも、アシェルから見ても、ノアのねだり方は良くなかったようなので、少し反省した。結局、どうすれば良かったのかは分からないけれど。

「ふぅん……? 今すぐ、見たものを忘れてほしいくらいだけど」
「侯爵への報告はしないでおきますから、僕に記憶喪失を求めるのはおやめくださいね!?」

 サミュエルの怖い響きの声の後、アシェルが顔を強張らせて慌てて身を引く。いくらなんでも、自由に記憶喪失させられるわけもないのに大げさな反応だ。
 そろりとサミュエルの顔を窺うと、何か考えているように目を細めながらアシェルを見据えていた。
 何故だか背中がヒヤッとした気がする。でも、ノアの視線に気づいたサミュエルが微笑んでくれたので、その感覚をすぐに忘れた。
 どんなに不満があっても、恥ずかしくていたたまれなくても、サミュエルに微笑まれただけで全てを許してしまいそうになるのだから、恋情とはほとほと厄介なものだ。

「……まあ、婚約中は二人きりにはなれないし、アシェル殿が黙認してくれることで助かってもいるから、何かすることはないけど――」

 怯えるアシェルを宥めるように話すサミュエルの声が途切れる。その直後に扉がノックされた。侍従のロウの声が聞こえる。サミュエルが来ている時に声を掛けられるのは珍しい。

「どうかしましたか?」
「ご当主様がお呼びです。――ぜひサミュエル様もご一緒に、と」

 ますます珍しい。父がサミュエルまで呼んで、何を話そうというのか。
 思わずサミュエルと顔を見合わせたが、答えが分かるわけがない。父を待たせるのも良くないので、慌てて身支度を整えた。

「ノア、もうちょっと落ち着いてからがいいかもしれない」
「え……?」
「顔が赤いよ」

 そう言って微笑み、ノアの頬に軽くキスをするサミュエルは、絶対にノアを落ち着かせる気がなかったと思う。
 反射的に距離をとって、アシェルを盾にしたノアは悪くないはずだ。
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