内気な僕は悪役令息に恋をする

asagi

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70.とめたいけれど

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 ノアとサミュエルの婚約は公表されていないものの、暗黙の了解として知れ渡った。それにより周囲は少々騒がしくなったけれど、ノアが我慢できる程度だ。直接尋ねに来て騒ぐような不躾な者はいないから。

「――はいはーい、侍従ストップ入りまーす!」
「……本当に、君は邪魔だよね」

 アシェルがサミュエルの動きを制止する。忌々しそうに呟くサミュエルにノアは苦笑して、間近にあるサミュエルの肩を押して距離をとった。

 ここはノアの私室。学園では人目を気にせずサミュエルと話すようになり、休日もよくサミュエルと過ごしている。もちろんお互いに仕事があるから、毎回というほどではない。
 婚約者として一般的……よりも頻度の高い逢瀬かもしれないけれど、ノアもサミュエルと共にいられる時間に幸せを感じているから、一切不満はない。

 ただ問題は、ノアの予想通りと言うべきか、学園外でサミュエルと会うと、当たり前のように口づけをされそうになること。そして、ノアはすぐに熱で頭がぼんやりとしてしまい、明確な拒否をできないこと。
 アシェルがいてくれるから、今はなんとか躱せているものの、毎回こんな状態だと良くないとノアは自覚している。それに、アシェルがノアの傍から離れる時も迫ってきていた。猶予はあまりない。

(そろそろ、サミュエル様に慣れて、ダメなことはダメだと言えるようにならないと――)

 決意を固めてノアがサミュエルを見上げると、サミュエルはアシェルとのやり取りを切り上げて、ノアを見下ろし柔らかく微笑んだ。その愛情の籠った眼差しに頬が火照る。

(分かっているのに、慣れられる気がしない……。だって、こんなに格好よくて、僕のことが好きだって伝わってくるんだもの……)

 サミュエルが煌めいて見える。それは恋の欲目だけではないだろう。元々の容姿の良さに加え、ノアと相愛であるという事実が、サミュエルに自信を与え、より魅力的に見せているような気がする。

「ノア、どうかした? 私の顔に何かついているかい?」

 いつの間にかサミュエルに見惚れていたノアは、尋ねられてハッと気を取り直した。
 ノアが何を考えていたかなんて、サミュエルはきっと気づいているだろう。その証拠にサミュエルの目に揶揄いの色が滲んでいる。サミュエルはノアに「見惚れていた」と言わせようとしているのだ。
 事実であろうと、そんなことを言葉にするのは恥ずかしくて、ノアは少し恨めしい気持ちになった。

「……いえ、いつも通り、綺麗なお顔です」

 サミュエルの思惑に乗らないようにと考えて答えたものの、すぐにこの言い方もどうなのかと悔やんだ。揶揄いを咎めるつもりだったのに、拗ねて甘えたような雰囲気が出てしまっていた気がする。なんというか……恋人同士らしいじゃれあいをしてしまったような……。

「ははっ、ありがとう。私より綺麗で可愛いノアに言われても、という感じだけどね」

 軽く笑ったサミュエルをそろりと窺うと、蕩けるような眼差しとぶつかった。思わず身体がビクッと震える。
 口づけを求められるのと同じくらい、この熱の籠った愛を伝えるようなサミュエルの表情に慣れない。
 熱くなったノアの頬を、サミュエルの指先が撫でる。口元に笑みを浮かべ、満足げに見えた。

(……僕がいっぱいいっぱいになっているのが、楽しいのかな……? 僕だけこんなになっていて、サミュエル様が余裕たっぷりなのは、ちょっとズルい……)

 ふと湧き上がった不満。ノアはその心に突き動かされるまま、言葉を紡いだ。

「サミュエル様……」
「っ!?」

 頬に添えられたサミュエルの手に、ノアはそっと手を重ね、頬をすり寄せた。珍しく驚愕した様子で目を見開くサミュエルに微笑む。他の人に対してよりも、恋情の分だけ甘さを含んだ笑みだっただろう。
 続けて、サミュエルのもう片方の手を掴み、ドキドキと激しく主張している自分の胸に押し当てた。

「僕はサミュエル様に触れられると……ここがぎゅっと締め付けられる気がして、どうしたらいいのか分からなくなるんです」
「ノア……」
「――だから、僕が慣れるまで、もう少しだけ、手加減してください」

 学園でノアの笑みを見る度にサミュエルが独占欲を露わにするので、笑みを見せればサミュエルの余裕を崩せるだろうと思っていた。でも、この行動は予想以上の効果をもたらしたようだ。

「……そんなことを言われても、こんな可愛いことをする恋人に手を出さずにいられる男がいると思うかい? もしそう思っているのなら、ノアは少し認識を改めた方がいいよ」

 サミュエルが低く掠れた声で囁きながら、ノアの首の後ろに手を回し、力を込める。抵抗する間もなく引き寄せられて、ノアは間近に迫ったサミュエルの顔に驚いて目を見開いた。

「そんなに煽られたら……駄目だと分かっていても押し倒したくなる――」

 唇が重なる。初めての時の触れ合うだけのものとは全く異なり、激しく食むような口づけに、ノアは息を止めて固まるしかなかった。
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