内気な僕は悪役令息に恋をする

asagi

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69.【他者視点】モブの思い

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 目の前の光景が信じられない。思わず目を見開き、不躾ながら凝視してしまった。この場にいる皆、同じような反応をしているのだから、仕方ないだろう。小声で悲鳴やら歓声やらを上げている連中は余裕がある方だ。ほとんどが呆然自失状態である。

 俺はロンド。地方の伯爵家の次男だ。一応高位貴族の端っこにいるが、俺が今見ているお二方と比べたら、モブと言えるくらいどうでもいい立場である。

「……なぁ、ロンド。さっき話しかけなくて良かったな」
「ああ。身の程を知れってやつだな……」

 友人のマイケルが話しかけてくる。
 マイケルとは先ほど、ランドロフ侯爵令息ノア様とグレイ公爵令息サミュエル様の婚約について話していた。だが、ビッグカップルへの興奮のあまり、ノア様に話しかけようと提案してしまい、俺たちは周囲から冷えた視線にさらされることになったのだ。
 考えてみれば、それは当然だった。

 ノア様は大変麗しく、それでいて楚々とした立ち振る舞いで、多くの子息子女が崇拝にも似た感情を向けている。憧憬よりも重い。
 まさしく『立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花』と言いたくなるくらい、ノア様は儚げで優美なのだ。社交は苦手であるらしく、あまり口数は多くないものの、微笑みを向けられただけで、皆天に舞い上がる心地になっているのだから全く問題はない。

 そんなノア様に話しかけるのは非常に気を遣う。抜け駆けしたと嫉妬の目にさらされるのは当然。それに加え、不快な思いをさせようものなら、袋叩きにあうこと間違いなしである。王族だって気を遣うくらい、ノア様を崇拝する者たちの熱は凄いのだ。

 俺は時々それを恐ろしく感じる程度のファンである。狂信者ではないが、俺以外の誰かがノア様を不快にさせようものなら、積極的に袋叩きに参加するくらいの初級信者。

 ノア様は皆にとって聖域であり、穢れない者。ずっと婚約者がおらず、一体誰がその座におさまるのかと、注目されていた。
 俺は絶対にその立場にはならないから傍観していたが、きっとひどい騒ぎが起こって、婚約者はボロクソに悪口を言われ、もしかしたら命を狙われるなんて可能性もあるんじゃないかと予想していた。恐らく大多数が同じように考えていただろう。

「――それが、まさかのサミュエル様だもんなぁ……」

 まさしくダークホース。誰もが予想しえない人物が、ノア様の婚約者の座についた。
 サミュエル様は生まれた時からライアン殿下の婚約者だったのだから、予想できなかったのも当然だ。男爵家令息の件で、ライアン殿下が臣籍降下すると決まった時に匹敵するくらいの騒ぎになっている。

「でも、美しくて、お似合いすぎる……」
「それな」

 ノア様とサミュエル様が見つめ合っている光景に、俺が思わず感想を零すと、マイケルが重々しく頷いた。
 俺が抱いた思いは共有できるものだったようだ。友人と言い争うことにならなくて良かった。少し遠いところでは、狂信者が「ノア様が穢される……!」なんて騒いでいるから、心底そう思う。

「このまま、キスするつもりじゃないよな……?」

 見つめ合う二人の美しくも艶っぽい雰囲気に、俄かに不安が忍び寄る。傍から見ている分には、想い合っているのが伝わってきて幸せな気分になれるのだが、さらにキスまでされると見てはいけないものな気がするのだ。なにより、狂信者が何をしでかすか分からないのが怖い。

「さすがに、衆目がある場でそんな振る舞いはされないだろう。サミュエル様だぞ?」
「そうだよな……」

 マイケルの言葉にホッとしつつも、不安の全てを拭い去ることはできなかった。
 サミュエル様と言えば、その美しさと優秀さで周囲を魅了している人だ。ノア様ほどではないがファンも多い。そのファンの統制も上手く、理知的な振る舞いをすることで有名だった。

 だから、サミュエル様ならば、衆目のある場でキスなんてしないだろうと納得できる気はする。でも、それならば、まだ公表していない婚約者に、愛しげな眼差しを向けることはしない気もするのだが。現実はノア様にデレデレなサミュエル様だ。

 普段の澄ました雰囲気はどこにいったのかと尋ねたくなるようなサミュエル様を見て、やはり安心はできないなと気を引き締める。狂信者が騒いだら、身を挺してノア様を守らなければ。サミュエル様は自分でどうにかできるだろうからどうでもいい。

「――暫く、騒がしい日々が続きそうだな」
「ああ。まあ、ライアン殿下のことで、沈んだ雰囲気もあったから、これくらい明るい、というか刺激的? な話題があるのもいいんじゃないか」
「これ、明るいか?」

 狂信者の悲愴な叫びを無視するなよ。あ、誰かが口を塞ぎに行った。
 マイケルと視線が合って、すぐ逸らす。……本当に騒がしい日々の幕開けって感じだなぁ。
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