内気な僕は悪役令息に恋をする

asagi

文字の大きさ
上 下
67 / 277

67.婚約者の作法

しおりを挟む

 時折吐息のような声を漏らしながら教本を読み終えたものの、ノアたちは暫く何も言うことができなかった。

 教本の内容は知らない世界を表していたし、今後のことを考えると知っていなければならないことなのは分かる。でも、ようやく恋情を受け入れられるようになったところのノアには刺激が強すぎた。

 それに、ノアにはサミュエルという相手がいるから、教本の内容に現実味が増してしまって良くない。次にサミュエルに会った時に、恥ずかしさのあまり不審な態度をしてしまいそうだ。

「……アシェルさん、本をしまっておいてください」
「はい……本棚はやめておきましょう……」

 真っ赤な顔をしたアシェルが、教本をしまっていたところに戻す。目に触れなくなって、ノアは落ち着いて呼吸ができるようになった気がした。
 ノアもアシェルに負けず劣らず顔が赤くなっている自覚がある。両手で顔を覆いながら、思い返しそうになる教本の内容を必死に記憶の隅に追いやった。

「休憩を、しましょう」
「そう、ですね。お茶、お淹れしますね……」

 視線を交わさないまま、アシェルと話す。正直、一緒に読もうとお願いしたことを後悔した。なんだか恥ずかしさが倍増されて、アシェルとの間に気まずい空気が漂っている。
 でも、アシェルにも必要な知識だっただろうし、その点では手間が省けて良かった……のだろうか。

 アシェルが用意してくれた紅茶を飲みながら話題を探す。といっても、どうしても教本の内容が頭から離れないので、ノアは諦めて当たり障りのない内容を選んで口を開いた。

「……婚約者で、口づけを交わすのは許されているようですね」
「あ、そうですね! まあ、サミュエル様がしたということは、大丈夫だと思っていましたけど!」

 気恥ずかしい空気を消し去るように、アシェルが空元気な口調で応じてくれる。その様子に、ノアは少し心が休まり微笑んだ。

 教本には婚約者としての正しい作法について書かれていた。
 一、婚約者と密室空間で二人きりになってはいけない。侍女、侍従を常に傍に置くか、部屋の扉は開けておくことが必要。
 二、身体的接触は挨拶の範囲を超えない程度に。手を触れたり、軽く口づけたりする程度はいいが、婚約者が嫌がる場合は全て不可。婚約者の家の当主などが契約により、婚姻までは全て不可にする場合もある。

 この他にも、色々書かれていたものの、今のノアが気にすべきはこの二点だろう。婚姻に関する知識はまだ受け止め切れていないので、今は忘れておくことにする。考えてしまったら、もうサミュエルの顔を見られなくなる気しかしない。

「でも……人目がある場での振る舞いとして、口づけはやはりいけない気がするのですが……」
「……そうですね。バカップル、いや、ちょっと目のやり場がない、……んん、なんと言っていいか分かりませんが、ノア様が恥ずかしいと思うなら、拒否した方が良いと思いますよ! ほら、嫌がる場合は不可、って書いてありましたし。サミュエル様もそれで気を悪くされることはないでしょう」
「そうですね。さすがに人がいる場は困るので、今後はやめていただくようお願いしましょう。……僕が冷静なままでいられたら、ちゃんと言えるはずです……」

 アシェルの勧めにホッとしつつも、自信なさげに返してしまったのは、今日のデートでのことを思い出したからだ。
 ノアは何も考えられない状態で、サミュエルからの口づけを受け止めていた。今後もそのような状態にならないとは言えない。むしろ、サミュエルが積極的にそのような状態に追い込んでくる可能性もあるような……。

「だ、大丈夫です! ノア様がそのようにお考えなら、無粋と言われようと、そんな雰囲気になり次第、僕が割り込みますから!」
「……ありがとうございます。頼りにしていますね」

 拳を握り、気合十分な様子で宣言するアシェルに微笑む。アシェルが傍にいてくれると思えば、心から安心できた。
 とはいえ、アシェルはライアンの卒業と共にノアの傍を離れることになる。元々の侍従ロウが対応してくれるだろうけれど、ノア自身でサミュエルにはっきり意思を伝えられるようになるのが正しい在り方だ。

「――頑張ろう……」

 サミュエルの姿が脳裏に浮かぶ。それだけで幸せな気分になる自分が、サミュエルを拒否するようなことが言えるのか、甚だ疑問だ。それでも決意だけは固めた。
しおりを挟む
感想 141

あなたにおすすめの小説

別れようと彼氏に言ったら泣いて懇願された挙げ句めっちゃ尽くされた

翡翠飾
BL
「い、いやだ、いや……。捨てないでっ、お願いぃ……。な、何でも!何でもするっ!金なら出すしっ、えっと、あ、ぱ、パシリになるから!」 そう言って涙を流しながら足元にすがり付くαである彼氏、霜月慧弥。ノリで告白されノリで了承したこの付き合いに、βである榊原伊織は頃合いかと別れを切り出したが、慧弥は何故か未練があるらしい。 チャライケメンα(尽くし体質)×物静かβ(尽くされ体質)の話。

美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜

飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。 でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。 しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。 秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。 美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。 秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。

性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました

まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。 性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。 (ムーンライトノベルにも掲載しています)

悪役令息の七日間

リラックス@ピロー
BL
唐突に前世を思い出した俺、ユリシーズ=アディンソンは自分がスマホ配信アプリ"王宮の花〜神子は7色のバラに抱かれる〜"に登場する悪役だと気付く。しかし思い出すのが遅過ぎて、断罪イベントまで7日間しか残っていない。 気づいた時にはもう遅い、それでも足掻く悪役令息の話。【お知らせ:2024年1月18日書籍発売!】

勇者召喚に巻き込まれて追放されたのに、どうして王子のお前がついてくる。

イコ
BL
魔族と戦争を繰り広げている王国は、人材不足のために勇者召喚を行なった。 力ある勇者たちは優遇され、巻き込まれた主人公は追放される。 だが、そんな主人公に優しく声をかけてくれたのは、召喚した側の第五王子様だった。 イケメンの王子様の領地で一緒に領地経営? えっ、男女どっちでも結婚ができる? 頼りになる俺を手放したくないから結婚してほしい? 俺、男と結婚するのか?

魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました

タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。 クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。 死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。 「ここは天国ではなく魔界です」 天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。 「至上様、私に接吻を」 「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」 何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?

美少年に転生したらヤンデレ婚約者が出来ました

SEKISUI
BL
 ブラック企業に勤めていたOLが寝てそのまま永眠したら美少年に転生していた  見た目は勝ち組  中身は社畜  斜めな思考の持ち主  なのでもう働くのは嫌なので怠惰に生きようと思う  そんな主人公はやばい公爵令息に目を付けられて翻弄される    

幽閉王子は最強皇子に包まれる

皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。 表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。

処理中です...