内気な僕は悪役令息に恋をする

asagi

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65.サミュエルの気づきと自信

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 カフェで話した後は、サミュエルに手を引かれて、のんびりと店を眺めて歩いた。基本的に馬車で移動するので、ノアが街を歩くのは初めてだ。買い物ならば、家に御用商人が来るのが当たり前だから。

「サミュエル様は、普段からこのように街を歩かれるんですか?」
「たまにね。護衛は必須だけど、家や学園より解放感があるだろう?」
「……そうですね」

 街歩きに慣れた様子から察していたけれど、茶目っ気のある笑みを浮かべたサミュエルは、ノアが当初抱いていたイメージよりもだいぶ気安い性質らしい。それがなんだか好ましく感じられて、ノアはふわりと微笑んだ。

 道行く人に視線を移すと、子ども連れの夫婦や若いカップルが会話を楽しんでいる。
 その中でふと視線が引きつけられたのは、噴水傍で見つめ合っている二人だった。男同士で手を握り、うっとりとした表情で顔を近づけていく――。

 ノアは慌てて視線を逸らした。いけないものを見た気分だ。まさか公の場でそんな振る舞いをする者がいるとは思わなかった。顔が熱い。

「……ノアには刺激が強かったかな?」
「サミュエル様!?」

 急に強く手を引かれて、サミュエルに抱きしめられる。目を白黒させて驚くノアに気づいていないのか、そのまま建物の陰に連れ込まれてしまった。
 日が遮られて薄暗い小道。明るい街から切り離されて二人きりになったような気分になる。

「あんまり可愛い顔を私以外に晒さないでほしいな」
「えっ……何を……?」

 腰を抱かれたままサミュエルを見上げると、思いがけず真剣な眼差しとぶつかった。心臓がドキドキと強く主張して苦しくて、落ち着くためにもサミュエルから離れたいと思うのに、瞳に捕らわれたようにピクリとも抵抗できない。

 ノアの頬を撫でた手が首の後ろに回り、逃げる余地が失われる。少しずつ近づいてくる翠から目を逸らせない。

「さっきの照れた顔、すごく可愛かったよ。周りの目が一気に集まったのに気づかなかった?」
「そんな、全然……」

 周囲を気にする余裕なんてノアにはなかった。だから、サミュエルが言っていることが本当なのか分からない。でも、こんなことで嘘をつく必要もないだろう。
 キスをしているところを見ただけで照れてしまって、それをたくさんの人に見られていたなんて恥ずかしい。

「ノア」

 不意に名を呼ばれて、いつの間にか伏せていた目を上げた。熱っぽい目がノアを見つめていて、思わず目を見開いて固まってしまう。

「――いつの間に、恋情を受け入れられるようになったんだい? 前のノアなら、キスシーンなんて見たら、蒼白になって固まっていただろうに」
「あ……」

 やはりサミュエルはノアのトラウマに関連した反応に気づいていたのだと納得した。でも、ノアが問いかけに答える前に、サミュエルがさらに近づいて来る。息さえかかるような距離に、ノアは息を飲んで思考を止めた。

「……今なら、私の気持ちも受け入れられる?」

(気持ち? サミュエル様の気持ちって、なに――)

 疑問と共に何故か期待が溢れてきて、ノアは自分の感情が制御できなくなった。そんなノアに気づいていないのか、サミュエルは蠱惑的に微笑み、囁くように言葉を続ける。

「――愛しているよ、ノア。ずっと、幼い頃から、君だけが欲しかった」
「あ、い……?」

 一瞬受け取り損ねた言葉。それが意味することに気づいた瞬間、身体が一気に熱を持った。

 サミュエルはノアを愛している。そうはっきりと聞いても、拒否感は生まれなかった。むしろ、驚くほどの歓喜が心を満たす。
 ノアに関わらない恋情ならば受け入れられても、自身に向けられたものを受け入れられるとは思っていなかったのに、サミュエルは容易くその予想を覆した。

「……やっぱりノアは可愛いね」

 ノアの反応を確かめるように見つめていたサミュエルが、嬉しそうに微笑んだ。ノア自身も理解していないノアの気持ちを察したように、満足げに目を細めている。

「――私の可愛いノア。君も私のことが好きだろう?」

(僕も、サミュエル様のことが、好き……?)

 アシェルにも、サミュエルにもそう言われたら、それが正しいことである気がしてくる。
 なにより、こんな風に抱き締められて想いを告げられても、一切拒否したいと思えないことが、自分の気持ちを表しているように感じられた。

 そっとサミュエルの目を見つめる。薄暗い中でも翠の輝きは失われていなくて、思わず見惚れてしまうほど美しい。

 サミュエルは憧れの遠い人だった。裏庭でこっそりと話すようになって、秘密を共有する親しい仲になった。そして今では婚約を結び……それは恋に発展しようとしている。

 この美しくて格好いい、皆の憧れのような人が、自分の恋人になる。そう思った瞬間に驚くほど甘美な気持ちが湧き上がってきて、身体が震えた。

 これは、恋なのかもしれないなんて悩むような曖昧な気持ちではない。理屈なんて関係なく、頭よりも心で理解した。アシェルが正しかったのだ。

「サミュエル、様……」
「うん?」

 震える唇を必死に動かす。サミュエルは急かすことなくノアを見守っていた。その余裕が少し憎い。

「……僕も……サミュエル様のことが……好きです……」

 消え入りそうな声で告げた瞬間、サミュエルが大輪の花が綻ぶように微笑んだ。幸せでいっぱいな歓喜に溢れた表情。ノアの告白がそうさせているのだと思うと、心が喜びで満たされる。

 気づいた時には唇が重なっていて、ノアはわけも分からないまま、その温もりにうっとりと目を瞑っていた。

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