65 / 277
65.サミュエルの気づきと自信
しおりを挟む
カフェで話した後は、サミュエルに手を引かれて、のんびりと店を眺めて歩いた。基本的に馬車で移動するので、ノアが街を歩くのは初めてだ。買い物ならば、家に御用商人が来るのが当たり前だから。
「サミュエル様は、普段からこのように街を歩かれるんですか?」
「たまにね。護衛は必須だけど、家や学園より解放感があるだろう?」
「……そうですね」
街歩きに慣れた様子から察していたけれど、茶目っ気のある笑みを浮かべたサミュエルは、ノアが当初抱いていたイメージよりもだいぶ気安い性質らしい。それがなんだか好ましく感じられて、ノアはふわりと微笑んだ。
道行く人に視線を移すと、子ども連れの夫婦や若いカップルが会話を楽しんでいる。
その中でふと視線が引きつけられたのは、噴水傍で見つめ合っている二人だった。男同士で手を握り、うっとりとした表情で顔を近づけていく――。
ノアは慌てて視線を逸らした。いけないものを見た気分だ。まさか公の場でそんな振る舞いをする者がいるとは思わなかった。顔が熱い。
「……ノアには刺激が強かったかな?」
「サミュエル様!?」
急に強く手を引かれて、サミュエルに抱きしめられる。目を白黒させて驚くノアに気づいていないのか、そのまま建物の陰に連れ込まれてしまった。
日が遮られて薄暗い小道。明るい街から切り離されて二人きりになったような気分になる。
「あんまり可愛い顔を私以外に晒さないでほしいな」
「えっ……何を……?」
腰を抱かれたままサミュエルを見上げると、思いがけず真剣な眼差しとぶつかった。心臓がドキドキと強く主張して苦しくて、落ち着くためにもサミュエルから離れたいと思うのに、瞳に捕らわれたようにピクリとも抵抗できない。
ノアの頬を撫でた手が首の後ろに回り、逃げる余地が失われる。少しずつ近づいてくる翠から目を逸らせない。
「さっきの照れた顔、すごく可愛かったよ。周りの目が一気に集まったのに気づかなかった?」
「そんな、全然……」
周囲を気にする余裕なんてノアにはなかった。だから、サミュエルが言っていることが本当なのか分からない。でも、こんなことで嘘をつく必要もないだろう。
キスをしているところを見ただけで照れてしまって、それをたくさんの人に見られていたなんて恥ずかしい。
「ノア」
不意に名を呼ばれて、いつの間にか伏せていた目を上げた。熱っぽい目がノアを見つめていて、思わず目を見開いて固まってしまう。
「――いつの間に、恋情を受け入れられるようになったんだい? 前のノアなら、キスシーンなんて見たら、蒼白になって固まっていただろうに」
「あ……」
やはりサミュエルはノアのトラウマに関連した反応に気づいていたのだと納得した。でも、ノアが問いかけに答える前に、サミュエルがさらに近づいて来る。息さえかかるような距離に、ノアは息を飲んで思考を止めた。
「……今なら、私の気持ちも受け入れられる?」
(気持ち? サミュエル様の気持ちって、なに――)
疑問と共に何故か期待が溢れてきて、ノアは自分の感情が制御できなくなった。そんなノアに気づいていないのか、サミュエルは蠱惑的に微笑み、囁くように言葉を続ける。
「――愛しているよ、ノア。ずっと、幼い頃から、君だけが欲しかった」
「あ、い……?」
一瞬受け取り損ねた言葉。それが意味することに気づいた瞬間、身体が一気に熱を持った。
サミュエルはノアを愛している。そうはっきりと聞いても、拒否感は生まれなかった。むしろ、驚くほどの歓喜が心を満たす。
ノアに関わらない恋情ならば受け入れられても、自身に向けられたものを受け入れられるとは思っていなかったのに、サミュエルは容易くその予想を覆した。
「……やっぱりノアは可愛いね」
ノアの反応を確かめるように見つめていたサミュエルが、嬉しそうに微笑んだ。ノア自身も理解していないノアの気持ちを察したように、満足げに目を細めている。
「――私の可愛いノア。君も私のことが好きだろう?」
(僕も、サミュエル様のことが、好き……?)
アシェルにも、サミュエルにもそう言われたら、それが正しいことである気がしてくる。
なにより、こんな風に抱き締められて想いを告げられても、一切拒否したいと思えないことが、自分の気持ちを表しているように感じられた。
そっとサミュエルの目を見つめる。薄暗い中でも翠の輝きは失われていなくて、思わず見惚れてしまうほど美しい。
サミュエルは憧れの遠い人だった。裏庭でこっそりと話すようになって、秘密を共有する親しい仲になった。そして今では婚約を結び……それは恋に発展しようとしている。
この美しくて格好いい、皆の憧れのような人が、自分の恋人になる。そう思った瞬間に驚くほど甘美な気持ちが湧き上がってきて、身体が震えた。
これは、恋なのかもしれないなんて悩むような曖昧な気持ちではない。理屈なんて関係なく、頭よりも心で理解した。アシェルが正しかったのだ。
「サミュエル、様……」
「うん?」
震える唇を必死に動かす。サミュエルは急かすことなくノアを見守っていた。その余裕が少し憎い。
「……僕も……サミュエル様のことが……好きです……」
消え入りそうな声で告げた瞬間、サミュエルが大輪の花が綻ぶように微笑んだ。幸せでいっぱいな歓喜に溢れた表情。ノアの告白がそうさせているのだと思うと、心が喜びで満たされる。
気づいた時には唇が重なっていて、ノアはわけも分からないまま、その温もりにうっとりと目を瞑っていた。
「サミュエル様は、普段からこのように街を歩かれるんですか?」
「たまにね。護衛は必須だけど、家や学園より解放感があるだろう?」
「……そうですね」
街歩きに慣れた様子から察していたけれど、茶目っ気のある笑みを浮かべたサミュエルは、ノアが当初抱いていたイメージよりもだいぶ気安い性質らしい。それがなんだか好ましく感じられて、ノアはふわりと微笑んだ。
道行く人に視線を移すと、子ども連れの夫婦や若いカップルが会話を楽しんでいる。
その中でふと視線が引きつけられたのは、噴水傍で見つめ合っている二人だった。男同士で手を握り、うっとりとした表情で顔を近づけていく――。
ノアは慌てて視線を逸らした。いけないものを見た気分だ。まさか公の場でそんな振る舞いをする者がいるとは思わなかった。顔が熱い。
「……ノアには刺激が強かったかな?」
「サミュエル様!?」
急に強く手を引かれて、サミュエルに抱きしめられる。目を白黒させて驚くノアに気づいていないのか、そのまま建物の陰に連れ込まれてしまった。
日が遮られて薄暗い小道。明るい街から切り離されて二人きりになったような気分になる。
「あんまり可愛い顔を私以外に晒さないでほしいな」
「えっ……何を……?」
腰を抱かれたままサミュエルを見上げると、思いがけず真剣な眼差しとぶつかった。心臓がドキドキと強く主張して苦しくて、落ち着くためにもサミュエルから離れたいと思うのに、瞳に捕らわれたようにピクリとも抵抗できない。
ノアの頬を撫でた手が首の後ろに回り、逃げる余地が失われる。少しずつ近づいてくる翠から目を逸らせない。
「さっきの照れた顔、すごく可愛かったよ。周りの目が一気に集まったのに気づかなかった?」
「そんな、全然……」
周囲を気にする余裕なんてノアにはなかった。だから、サミュエルが言っていることが本当なのか分からない。でも、こんなことで嘘をつく必要もないだろう。
キスをしているところを見ただけで照れてしまって、それをたくさんの人に見られていたなんて恥ずかしい。
「ノア」
不意に名を呼ばれて、いつの間にか伏せていた目を上げた。熱っぽい目がノアを見つめていて、思わず目を見開いて固まってしまう。
「――いつの間に、恋情を受け入れられるようになったんだい? 前のノアなら、キスシーンなんて見たら、蒼白になって固まっていただろうに」
「あ……」
やはりサミュエルはノアのトラウマに関連した反応に気づいていたのだと納得した。でも、ノアが問いかけに答える前に、サミュエルがさらに近づいて来る。息さえかかるような距離に、ノアは息を飲んで思考を止めた。
「……今なら、私の気持ちも受け入れられる?」
(気持ち? サミュエル様の気持ちって、なに――)
疑問と共に何故か期待が溢れてきて、ノアは自分の感情が制御できなくなった。そんなノアに気づいていないのか、サミュエルは蠱惑的に微笑み、囁くように言葉を続ける。
「――愛しているよ、ノア。ずっと、幼い頃から、君だけが欲しかった」
「あ、い……?」
一瞬受け取り損ねた言葉。それが意味することに気づいた瞬間、身体が一気に熱を持った。
サミュエルはノアを愛している。そうはっきりと聞いても、拒否感は生まれなかった。むしろ、驚くほどの歓喜が心を満たす。
ノアに関わらない恋情ならば受け入れられても、自身に向けられたものを受け入れられるとは思っていなかったのに、サミュエルは容易くその予想を覆した。
「……やっぱりノアは可愛いね」
ノアの反応を確かめるように見つめていたサミュエルが、嬉しそうに微笑んだ。ノア自身も理解していないノアの気持ちを察したように、満足げに目を細めている。
「――私の可愛いノア。君も私のことが好きだろう?」
(僕も、サミュエル様のことが、好き……?)
アシェルにも、サミュエルにもそう言われたら、それが正しいことである気がしてくる。
なにより、こんな風に抱き締められて想いを告げられても、一切拒否したいと思えないことが、自分の気持ちを表しているように感じられた。
そっとサミュエルの目を見つめる。薄暗い中でも翠の輝きは失われていなくて、思わず見惚れてしまうほど美しい。
サミュエルは憧れの遠い人だった。裏庭でこっそりと話すようになって、秘密を共有する親しい仲になった。そして今では婚約を結び……それは恋に発展しようとしている。
この美しくて格好いい、皆の憧れのような人が、自分の恋人になる。そう思った瞬間に驚くほど甘美な気持ちが湧き上がってきて、身体が震えた。
これは、恋なのかもしれないなんて悩むような曖昧な気持ちではない。理屈なんて関係なく、頭よりも心で理解した。アシェルが正しかったのだ。
「サミュエル、様……」
「うん?」
震える唇を必死に動かす。サミュエルは急かすことなくノアを見守っていた。その余裕が少し憎い。
「……僕も……サミュエル様のことが……好きです……」
消え入りそうな声で告げた瞬間、サミュエルが大輪の花が綻ぶように微笑んだ。幸せでいっぱいな歓喜に溢れた表情。ノアの告白がそうさせているのだと思うと、心が喜びで満たされる。
気づいた時には唇が重なっていて、ノアはわけも分からないまま、その温もりにうっとりと目を瞑っていた。
153
◇長編◇
本編完結
『貧乏子爵令息のオメガは王弟殿下に溺愛されているようです』
本編・続編完結
『雪豹くんは魔王さまに溺愛される』書籍化☆
完結『天翔ける獣の願いごと』
◇短編◇
本編完結『悪役令息になる前に自由に生きることにしました』
お気に入りに追加
4,631
あなたにおすすめの小説

別れようと彼氏に言ったら泣いて懇願された挙げ句めっちゃ尽くされた
翡翠飾
BL
「い、いやだ、いや……。捨てないでっ、お願いぃ……。な、何でも!何でもするっ!金なら出すしっ、えっと、あ、ぱ、パシリになるから!」
そう言って涙を流しながら足元にすがり付くαである彼氏、霜月慧弥。ノリで告白されノリで了承したこの付き合いに、βである榊原伊織は頃合いかと別れを切り出したが、慧弥は何故か未練があるらしい。
チャライケメンα(尽くし体質)×物静かβ(尽くされ体質)の話。

美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜
飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。
でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。
しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。
秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。
美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。
秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。

性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました
まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。
性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。
(ムーンライトノベルにも掲載しています)
悪役令息の七日間
リラックス@ピロー
BL
唐突に前世を思い出した俺、ユリシーズ=アディンソンは自分がスマホ配信アプリ"王宮の花〜神子は7色のバラに抱かれる〜"に登場する悪役だと気付く。しかし思い出すのが遅過ぎて、断罪イベントまで7日間しか残っていない。
気づいた時にはもう遅い、それでも足掻く悪役令息の話。【お知らせ:2024年1月18日書籍発売!】
勇者召喚に巻き込まれて追放されたのに、どうして王子のお前がついてくる。
イコ
BL
魔族と戦争を繰り広げている王国は、人材不足のために勇者召喚を行なった。
力ある勇者たちは優遇され、巻き込まれた主人公は追放される。
だが、そんな主人公に優しく声をかけてくれたのは、召喚した側の第五王子様だった。
イケメンの王子様の領地で一緒に領地経営? えっ、男女どっちでも結婚ができる?
頼りになる俺を手放したくないから結婚してほしい?
俺、男と結婚するのか?
魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました
タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。
クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。
死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。
「ここは天国ではなく魔界です」
天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。
「至上様、私に接吻を」
「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」
何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?

美少年に転生したらヤンデレ婚約者が出来ました
SEKISUI
BL
ブラック企業に勤めていたOLが寝てそのまま永眠したら美少年に転生していた
見た目は勝ち組
中身は社畜
斜めな思考の持ち主
なのでもう働くのは嫌なので怠惰に生きようと思う
そんな主人公はやばい公爵令息に目を付けられて翻弄される
幽閉王子は最強皇子に包まれる
皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。
表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる