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64.幸せな気持ちの意味
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ノアがサミュエルの話をした後、アシェルからライアンへの想いを聞いたけれど、感覚的な話で恋がどういうものかはよく分からなかった。
アシェル曰く「会えなくなって、胸がきゅうっと締め付けられる感じで切なくて。ライアンの境遇を思いやる精神的余裕ができたら、僕が傍で支えてあげたいってなったんですよ。これが恋かどうかなんて、僕がそう思ったんだからそうなんです!」ということらしい。
アシェルは強く主張していたけれど、ノアのサミュエルへの憧れの気持ちは本当に恋なのか――。
「どうしたんだい? 今日はぼんやりしているね」
「っ、いえ……少し、考えごとをしていまして……」
サミュエルが顔を覗き込んでくる。気遣わしげな眼差しに、ノアは慌てて小さく首を振った。せっかくサミュエルと一緒に過ごせる時間だというのに、考えに耽って心配をかけてしまって申し訳ない。
テーブルの上には紅茶とケーキ。周囲には、ノアたち同様に午後のお茶の時間を楽しむ上流階級の人々の姿がある。ここは王都で有名なカフェだった。
城に出向いてから一週間後。ノアはサミュエルに誘われて、街に散策に来ているのだ。婚約者だからデートと言ってもいいのかもしれない。
「考えごと? それはアシェル殿と殿下のこと……ではないみたいだね」
尋ねながらノアの顔を窺ったサミュエルが、「ふむ……」と首を傾げる。
まだ婚約を公表していないため、学園ではサミュエルと表立って話すことがない。だから、今日は城で別れた以来となる二人きりの時間だ。ノアが前回の延長でアシェルたちのことを気にしていると、サミュエルが考えていても不思議ではなかった。
でも、ノアはアシェルと話して、二人のことを心配する気持ちは薄くなっている。アシェルの強さを思うと、悪いようには進まないと思えたからだ。
「……あの、本当に大したことではないので……。それより、この後はどちらに向かいますか?」
まさかサミュエルへの気持ちが恋かなんて考えているとは言えないし、気づかれたくもないので、多少強引に思えるが、ノアは声の調子を明るくして話題を変えようとする。
サミュエルは暫く何かを考えるようにノアの顔を見つめた。そして、不意に微笑み、カップに添えているノアの手を優しく掴む。指先にサミュエルの唇が触れて、ノアは一気に顔が熱くなった。
「っ、サミュエル様……! ここは、外で……人目が……!」
「ああ、そうだね。でも、婚約を公表しなくても、噂が流れるくらいはしておかないと、牽制にならない気がして」
慌てふためきながらサミュエルを咎めるも、一切気にした様子はなく、むしろ狙ってやっているのだと言われてしまう。
「牽制……もしかして、サミュエル様に婚約の申し込みがあるのですか?」
ノアにはそのくらいしか理由が思い当たらなかった。
ライアンと婚約を解消したばかりだけれど、サミュエルは皆から好かれていて、家柄も良い人だ。これ幸いにと婚約の申し込みが殺到していても不思議ではない。
でも、サミュエルはノアの考えを否定するようにおかしそうに笑って、ノアの頬に手を添えた。
耳たぶを指先で柔らかく弄られ、ノアはビクッと身体を揺らしてしまう。サミュエルに触れられると、どうしたらいいのか分からなくなる。無理に引き剥がすこともできず、困惑の眼差しを向けるしかなかった。
「私じゃないよ。ノアに変な虫が寄りつかないようにするための牽制」
「僕、ですか? あの、僕は長年婚約者もいなかったくらいで、牽制するような相手はいませんよ……?」
「そうかな? まあ、婚約を公表する準備の一環だと思って」
サミュエルの言葉は何かを誤魔化しているように感じられた。でも、ノアは心臓が痛いくらい激しく動いていて、それを追究する余裕がない。
「――たぶん週明けには、学園内でも噂が広まっていると思うから。婚約については明言しなくていいけど、少しずつ私と話す機会を増やそうね。……正直、なかなかノアと話せないというのは寂しい」
「え……寂しい、ですか……そうですね……」
ノアの心にも合致する言葉な気がした。
たくさんの人に囲まれ、楽しそうにしているサミュエルも、ノアと話せないだけで寂しくなるのかと、不思議に思う気持ちと嬉しさが同時に湧き上がってくる。ノアだって、サミュエルともっと話したいと思っていたのだ。
「――僕がサミュエル様とお話していても、皆さん驚かれないでしょうか……?」
「驚きはするだろうけど……大丈夫だよ。私がなんとかするからね」
サミュエルが大丈夫と言ったら、本当に何も問題がない気がして、ノアはホッと頬を緩めた。
それにしても、サミュエルはいつまで耳を弄るのだろう。一向に心臓が落ち着かないので、そろそろ解放してもらいたいけれど――。
視線の先でサミュエルが楽しそうに微笑んでいて、ノアは何も言えなかった。
サミュエルが幸せそうだと、ノアも幸せな気分になるのだ。この気持ちは、憧れだけではない気がした。
アシェル曰く「会えなくなって、胸がきゅうっと締め付けられる感じで切なくて。ライアンの境遇を思いやる精神的余裕ができたら、僕が傍で支えてあげたいってなったんですよ。これが恋かどうかなんて、僕がそう思ったんだからそうなんです!」ということらしい。
アシェルは強く主張していたけれど、ノアのサミュエルへの憧れの気持ちは本当に恋なのか――。
「どうしたんだい? 今日はぼんやりしているね」
「っ、いえ……少し、考えごとをしていまして……」
サミュエルが顔を覗き込んでくる。気遣わしげな眼差しに、ノアは慌てて小さく首を振った。せっかくサミュエルと一緒に過ごせる時間だというのに、考えに耽って心配をかけてしまって申し訳ない。
テーブルの上には紅茶とケーキ。周囲には、ノアたち同様に午後のお茶の時間を楽しむ上流階級の人々の姿がある。ここは王都で有名なカフェだった。
城に出向いてから一週間後。ノアはサミュエルに誘われて、街に散策に来ているのだ。婚約者だからデートと言ってもいいのかもしれない。
「考えごと? それはアシェル殿と殿下のこと……ではないみたいだね」
尋ねながらノアの顔を窺ったサミュエルが、「ふむ……」と首を傾げる。
まだ婚約を公表していないため、学園ではサミュエルと表立って話すことがない。だから、今日は城で別れた以来となる二人きりの時間だ。ノアが前回の延長でアシェルたちのことを気にしていると、サミュエルが考えていても不思議ではなかった。
でも、ノアはアシェルと話して、二人のことを心配する気持ちは薄くなっている。アシェルの強さを思うと、悪いようには進まないと思えたからだ。
「……あの、本当に大したことではないので……。それより、この後はどちらに向かいますか?」
まさかサミュエルへの気持ちが恋かなんて考えているとは言えないし、気づかれたくもないので、多少強引に思えるが、ノアは声の調子を明るくして話題を変えようとする。
サミュエルは暫く何かを考えるようにノアの顔を見つめた。そして、不意に微笑み、カップに添えているノアの手を優しく掴む。指先にサミュエルの唇が触れて、ノアは一気に顔が熱くなった。
「っ、サミュエル様……! ここは、外で……人目が……!」
「ああ、そうだね。でも、婚約を公表しなくても、噂が流れるくらいはしておかないと、牽制にならない気がして」
慌てふためきながらサミュエルを咎めるも、一切気にした様子はなく、むしろ狙ってやっているのだと言われてしまう。
「牽制……もしかして、サミュエル様に婚約の申し込みがあるのですか?」
ノアにはそのくらいしか理由が思い当たらなかった。
ライアンと婚約を解消したばかりだけれど、サミュエルは皆から好かれていて、家柄も良い人だ。これ幸いにと婚約の申し込みが殺到していても不思議ではない。
でも、サミュエルはノアの考えを否定するようにおかしそうに笑って、ノアの頬に手を添えた。
耳たぶを指先で柔らかく弄られ、ノアはビクッと身体を揺らしてしまう。サミュエルに触れられると、どうしたらいいのか分からなくなる。無理に引き剥がすこともできず、困惑の眼差しを向けるしかなかった。
「私じゃないよ。ノアに変な虫が寄りつかないようにするための牽制」
「僕、ですか? あの、僕は長年婚約者もいなかったくらいで、牽制するような相手はいませんよ……?」
「そうかな? まあ、婚約を公表する準備の一環だと思って」
サミュエルの言葉は何かを誤魔化しているように感じられた。でも、ノアは心臓が痛いくらい激しく動いていて、それを追究する余裕がない。
「――たぶん週明けには、学園内でも噂が広まっていると思うから。婚約については明言しなくていいけど、少しずつ私と話す機会を増やそうね。……正直、なかなかノアと話せないというのは寂しい」
「え……寂しい、ですか……そうですね……」
ノアの心にも合致する言葉な気がした。
たくさんの人に囲まれ、楽しそうにしているサミュエルも、ノアと話せないだけで寂しくなるのかと、不思議に思う気持ちと嬉しさが同時に湧き上がってくる。ノアだって、サミュエルともっと話したいと思っていたのだ。
「――僕がサミュエル様とお話していても、皆さん驚かれないでしょうか……?」
「驚きはするだろうけど……大丈夫だよ。私がなんとかするからね」
サミュエルが大丈夫と言ったら、本当に何も問題がない気がして、ノアはホッと頬を緩めた。
それにしても、サミュエルはいつまで耳を弄るのだろう。一向に心臓が落ち着かないので、そろそろ解放してもらいたいけれど――。
視線の先でサミュエルが楽しそうに微笑んでいて、ノアは何も言えなかった。
サミュエルが幸せそうだと、ノアも幸せな気分になるのだ。この気持ちは、憧れだけではない気がした。
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