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63.心を動かす
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結局、アシェルの話術にのせられて、ノアの方から話すことになった。人付き合いの経験値の低さのせいだ。
「そもそも、ノア様がサミュエル様を意識したのはいつなんですか?」
興味津々な眼差しを見つめてくるアシェルに、ノアは首を傾げながら記憶を遡る。その瞬間に思い出した光景に、僅かに頬が緩んだ。
「……学園に入学した時ですね」
ノアは学園の入学式で、緊張のために倒れそうになっていた。学園はあまりにも人が多すぎて、どうにも適応できなかったのだ。
そんな一種のパニック状態にあったノアに追い打ちをかけるように、周囲の貴族子息子女からの視線は強かった。おそらく、物珍しさがあったのだろう。ほとんどの者が既に顔見知りである中で、ノアだけが親しい者がおらず、周囲から浮いていたから。
「こう……じりじりと人の輪が狭まってくる感じで、追い立てられるような気分になっていたところで、サミュエル様が入学式の会場に入ってこられたんです」
その瞬間の会場の雰囲気の変化を、今でも強く覚えている。
金の髪を煌めかせて、翠の目で会場を見渡したサミュエルは、穏やかな笑みを浮かべて一瞬で場を掌握していた。ノアに集っていた視線はサミュエルに向かい、誰もがサミュエルの視界に入ろうと動き出す。サミュエルはそんな彼らに如才なく対応し、堂々とした立ち振る舞いだった。
「――心から、凄いと思いました。パニックになっていた自分を恥じることも忘れて、僕も彼らと同じように、サミュエル様を見つめてしまいましたね」
ノアは思い出を語り終えて、ふふっと笑った。今よりも少し幼かったけれど、サミュエルはその当時から格好よかった。憧れの人だ。
「……なるほど。ノア様、可愛いですねぇ」
「そんな話はしてないですよ?」
サミュエルの話をしていたというのに、何故だかアシェルが生温かい眼差しで「可愛い」と言うので、ノアは困惑してしまった。
「だって、サミュエル様の話をしてるノア様の顔が幸せそうで……もう、ごちそうさまって感じなんですもん」
「……ごちそうさまという感じは、よく分からないんですけど」
アシェルの独特な表現は理解が難しい。でも、サミュエルの話をしていると、心がふわふわとした温かいもので満たされる気がするから、幸せそうな顔と言われる自覚はあった。
「こう、幸せな気持ちの共有ができた感じで、ありがとう、的な意味です」
「なるほど……僕の話で、アシェルさんも幸せな気分になったんですか?」
「もちろん。これが純愛! 恋のはじまりって感じで、ムズきゅんしますね!」
「むずきゅん……?」
やっぱり、アシェルの言葉は独特だ。そして、恋のはじまりと言われてしまったのも、少し首を傾げてしまう。
「恋ではないと思うのですが……」
「いや、ここはもう、恋ってことにしましょうよ! 僕的には、ノア様の気持ちは恋ですから!」
「ちょっと、強引過ぎませんか……?」
拳を握って訴えてくるアシェルの熱気に、思わず身を引いてしまう。
「ノア様には、強引なくらい決めつけた方がいい気がするので! そもそも、ノア様はサミュエル様と婚約を結んでいるんですよ? 憧れの気持ちよりも、恋である方が、今後のお二人の関係に好影響になると思います。それなら、積極的に思い込んでいきましょう! 恋は思い込み、なんて言葉もありますし」
「その言葉はちょっと違う意味合いのような……?」
アシェルの言葉は少し引っ掛かるところもあるけれど、一理あると納得してしまった。貴族の中では政略結婚が一般的であっても、多くの者が恋愛結婚に憧れているのは事実。婚約者と恋愛関係にあるとなれば、幸せだと思う者が多いだろう。
(――でも、それをサミュエル様が望んでいるのだろうか……?)
ふと疑問が頭をよぎり、心に影がかかった気がした。ノアが自分の気持ちを恋だと定めてしまい、サミュエルに迷惑を掛けることになったらどうしようかと不安だ。
「まあ、とりあえず!」
「っ……」
考えに沈み込んでいたノアを、アシェルの声が現実に戻した。明るい笑顔が視界に入り、不安が薄れていく気がして、少し頬を緩める。
「自分の気持ちを、恋じゃないって決めつけるのも良くないと思うんです。恋かもしれないって思って、サミュエル様と話してみたらどうでしょう?」
思わず息を飲む。アシェルに言われて初めて、ノアは心の奥底で恋を否定していたことに気づいた。トラウマはノアが思っていた以上に根深かったのかもしれない。
それに、先ほど抱いた不安を考えると、ノアは自分の気持ちを恋と判断することに臆病になっていた気もする。
「恋かもしれない……そう、ですね。アシェルさんがそうおっしゃるなら、頑張ってみます」
ノアはアシェルのように心に素直になって、強くなりたいと思ったのだ。それならば、よく分からないうちから否定してばかりでは駄目だろう。勧めに従って、勇気を出してみることから始めてみよう。
「そもそも、ノア様がサミュエル様を意識したのはいつなんですか?」
興味津々な眼差しを見つめてくるアシェルに、ノアは首を傾げながら記憶を遡る。その瞬間に思い出した光景に、僅かに頬が緩んだ。
「……学園に入学した時ですね」
ノアは学園の入学式で、緊張のために倒れそうになっていた。学園はあまりにも人が多すぎて、どうにも適応できなかったのだ。
そんな一種のパニック状態にあったノアに追い打ちをかけるように、周囲の貴族子息子女からの視線は強かった。おそらく、物珍しさがあったのだろう。ほとんどの者が既に顔見知りである中で、ノアだけが親しい者がおらず、周囲から浮いていたから。
「こう……じりじりと人の輪が狭まってくる感じで、追い立てられるような気分になっていたところで、サミュエル様が入学式の会場に入ってこられたんです」
その瞬間の会場の雰囲気の変化を、今でも強く覚えている。
金の髪を煌めかせて、翠の目で会場を見渡したサミュエルは、穏やかな笑みを浮かべて一瞬で場を掌握していた。ノアに集っていた視線はサミュエルに向かい、誰もがサミュエルの視界に入ろうと動き出す。サミュエルはそんな彼らに如才なく対応し、堂々とした立ち振る舞いだった。
「――心から、凄いと思いました。パニックになっていた自分を恥じることも忘れて、僕も彼らと同じように、サミュエル様を見つめてしまいましたね」
ノアは思い出を語り終えて、ふふっと笑った。今よりも少し幼かったけれど、サミュエルはその当時から格好よかった。憧れの人だ。
「……なるほど。ノア様、可愛いですねぇ」
「そんな話はしてないですよ?」
サミュエルの話をしていたというのに、何故だかアシェルが生温かい眼差しで「可愛い」と言うので、ノアは困惑してしまった。
「だって、サミュエル様の話をしてるノア様の顔が幸せそうで……もう、ごちそうさまって感じなんですもん」
「……ごちそうさまという感じは、よく分からないんですけど」
アシェルの独特な表現は理解が難しい。でも、サミュエルの話をしていると、心がふわふわとした温かいもので満たされる気がするから、幸せそうな顔と言われる自覚はあった。
「こう、幸せな気持ちの共有ができた感じで、ありがとう、的な意味です」
「なるほど……僕の話で、アシェルさんも幸せな気分になったんですか?」
「もちろん。これが純愛! 恋のはじまりって感じで、ムズきゅんしますね!」
「むずきゅん……?」
やっぱり、アシェルの言葉は独特だ。そして、恋のはじまりと言われてしまったのも、少し首を傾げてしまう。
「恋ではないと思うのですが……」
「いや、ここはもう、恋ってことにしましょうよ! 僕的には、ノア様の気持ちは恋ですから!」
「ちょっと、強引過ぎませんか……?」
拳を握って訴えてくるアシェルの熱気に、思わず身を引いてしまう。
「ノア様には、強引なくらい決めつけた方がいい気がするので! そもそも、ノア様はサミュエル様と婚約を結んでいるんですよ? 憧れの気持ちよりも、恋である方が、今後のお二人の関係に好影響になると思います。それなら、積極的に思い込んでいきましょう! 恋は思い込み、なんて言葉もありますし」
「その言葉はちょっと違う意味合いのような……?」
アシェルの言葉は少し引っ掛かるところもあるけれど、一理あると納得してしまった。貴族の中では政略結婚が一般的であっても、多くの者が恋愛結婚に憧れているのは事実。婚約者と恋愛関係にあるとなれば、幸せだと思う者が多いだろう。
(――でも、それをサミュエル様が望んでいるのだろうか……?)
ふと疑問が頭をよぎり、心に影がかかった気がした。ノアが自分の気持ちを恋だと定めてしまい、サミュエルに迷惑を掛けることになったらどうしようかと不安だ。
「まあ、とりあえず!」
「っ……」
考えに沈み込んでいたノアを、アシェルの声が現実に戻した。明るい笑顔が視界に入り、不安が薄れていく気がして、少し頬を緩める。
「自分の気持ちを、恋じゃないって決めつけるのも良くないと思うんです。恋かもしれないって思って、サミュエル様と話してみたらどうでしょう?」
思わず息を飲む。アシェルに言われて初めて、ノアは心の奥底で恋を否定していたことに気づいた。トラウマはノアが思っていた以上に根深かったのかもしれない。
それに、先ほど抱いた不安を考えると、ノアは自分の気持ちを恋と判断することに臆病になっていた気もする。
「恋かもしれない……そう、ですね。アシェルさんがそうおっしゃるなら、頑張ってみます」
ノアはアシェルのように心に素直になって、強くなりたいと思ったのだ。それならば、よく分からないうちから否定してばかりでは駄目だろう。勧めに従って、勇気を出してみることから始めてみよう。
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