内気な僕は悪役令息に恋をする

asagi

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61.トラウマの根源

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 ソファに共に座るよう勧めたノアに、アシェルが移動しながら思案げな表情をしている。

「う~ん……まずは、サミュエル様との恋バナ? いや、トラウマに関連して、過去の話から? でも、あまりつついたら、ノア様パニック起こしちゃいそうだし……。そう言えば、ゲームのシナリオに、あったような……?」

 不意に顔を上げたアシェルが、様子を窺っていたノアの肩を掴んだ。驚きで跳ねた心臓を宥めながら、ノアはきょとんと目を瞬かせてアシェルを見つめる。

「もしかして、子どもの頃、グレイ公爵家のお茶会に行ったことあります!?」
「え……お茶会? グレイ公爵家の……?」

 意図が分からない質問に戸惑いながら、ノアは記憶をさらった。
 子どもの頃は、時々母に連れられてお茶会に出席した。大体が同じ年頃の子どもがいる家だったので、今考えると婚約者探しを兼ねていたのかもしれない。

 グレイ公爵家はその点で考えると、ノアの婚約者になりえる人がいないし、お茶会が開かれても出席した可能性は低いけれど。そこに集う多くの招待客のことを考えれば、ありえるのかもしれない。正直記憶にないけれど――。

(――本当に? 記憶にない……?)

 不意に美しい庭園が見えた気がした。色とりどりの花が咲き、噴水から上がる水しぶきが、小さな虹を作っている。
 人の多さに疲れたノアは、こっそり母の傍を離れて、庭園の隅で座り込み、その光景にうっとりと目を細めていた。

「……そうだ。そこで、僕、友人ができて――」

 顔が思い出せない。それだけでなく、何を話したのかも分からない。きっと同じお茶会に出席していた貴族の子息子女の誰かだろう。でも、その後の出来事が衝撃的すぎて、全てひとまとめにして封じてしまった。
 それが残念で仕方ない。初めての友人との素敵な出会いだったはずなのに。

「友人? あれ? ゲームの中にそんなストーリーはなかったんですけど……。もしかして……?」

 アシェルの声で記憶から現実に戻された。何かに思い至ったように目を見開くアシェルを見て、少し期待する。ノアが覚えていない友人について、アシェルがゲームを元に思い出させてくれるかもしれないと思ったのだ。

「――う~ん、僕が不確かなことを言うのは駄目ですね。それが事実なら、いつか本人から聞くのがいいでしょうし、あっちもそうしたいでしょう」
「え……」

 あっさりとした口調で頷くアシェルに、ノアは肩透かしを食らった気分で、思わず不満げな声を漏らしてしまった。そのことに気づいただろうに、アシェルは答えを口にする気はないらしく、そのまま話題を移す。

「というかですね。ノア様のトラウマがグレイ公爵家で起こったことは、確定でいいですか?」
「……たぶん、ですけど」

 一歩間違えれば、グレイ公爵家への不敬になりかねない話題なだけに、ノアの口は重かった。でも、よみがえった記憶を考えると、予想は外れていないのだろう。

 サミュエルにグレイ公爵家の訪問を打診された際に、どうにも受け入れがたかったのも、これが理由だったのかもしれない。無意識にトラウマの原因が起きた場所を避けようとしたのだ。

「――あれ、それなら、サミュエル様は、僕のトラウマについてもご存知で……?」

 不意に思い当たった事実に、驚くと同時に納得した。サミュエルはノアの反応を見て、すぐに話題を変えた。それはノアのトラウマについて知っていて気遣ったからに思える。

「知っているでしょうねぇ。僕の記憶が確かなら、ノア様のトラウマの原因って……遊学で来ていた隣国の王女様……」
「は……?」
「やばっ、これ、もしかして言葉にするのはおろか、知っているのもダメな事実ってやつじゃないですか!?」

 衝撃的な事実に固まるノア。アシェルも、その情報が危険性を孕んでいることに気づいて、俄かに慌てだした。
 アシェルが言ったことが事実なら、確かに誰かに聞かれたら秘密裏に処理されかねないだろう。

 ノアが子どもの頃、遊学で来ていた隣国の王女様といえば、現王妃の妹のことが頭に浮かぶ。突然帰国し、そのまま病を理由に婚約も解消になり、表に出なくなったはずだけれど。

 その王女様がグレイ公爵家でノアのトラウマの原因になったなら、両親が口を噤むのも理解できる。公言してはならない事実ということだ。おそらく、王女様が表に出なくなった理由は、姉が嫁いだ国で問題行動を起こしたこと。その処罰であったのだろう。

「……アシェルさん、誰にも言ってはいけませんよ」
「承知しました! 死んでも言いません!」

 恐ろしい思いを共有して、ノアはアシェルと頷き合った。
 まさかトラウマ話から、国際問題に発展しかねない話題が出てくるとは思わなくて、少し疲れてしまう。

 でも、原因の話を聞いてようやく、恐怖感が薄れた気がした。
 記憶があやふやだからこそ、幼少時に感じた感情だけを鮮明に覚えていたのだろう。怖がる対象が、既にノアの傍に近づいてくることはないのだと分かれば、少し安心できた。

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