内気な僕は悪役令息に恋をする

asagi

文字の大きさ
上 下
58 / 277

58.王城の庭園

しおりを挟む
 うららかな日差しの下。
 王城の庭園には色とりどりの花が咲き、柔らかな風が甘く爽やかな香りを運んでくる。

 ノアは前方を歩く二人の姿を、そっと見守った。ライアンとアシェルだ。
 応接間にアシェルを訪ねて来たライアンは、人目を避けるために先行して庭園に向かった。その姿を見ても躊躇うアシェルを促して庭園に出て来たノアたちは、こうして二人きりで話せるよう、距離をとって見守っているのだ。

「……お二人は上手く話せるでしょうか」
「大丈夫じゃない? ライアン殿下の表情を見るに、アシェル殿を拒絶しに来たわけではないようだからね」

 ちらりと周囲を見渡し、人がいないのを確認した後、サミュエルがどうでもよさそうに答える。
 サミュエルはライアンとアシェルの今後についてあまり興味がないらしい。とはいえ、臣下の務めとして、ライアンたちに余計な噂が立たないよう、警戒に余念はないようだけれど。

 ここは王城にある庭園の中でもだいぶ奥まったところだ。王族の許しがなければ入れないため、一時噂の渦中にあったアシェルがライアンと話すには、絶好の場所でもあった。

「――それよりも、ほら、薔薇が綺麗だよ。ノアはこういう花は好き?」

 あっさりと話題を変えるサミュエルを、ノアは思わずじとりと見つめた。
 友人の一大事に、ノアはハラハラとしながら見守っているというのに、サミュエルのこのほのぼのとした感じはなんだろう。とても嬉しそうにも見える。

「……僕は、八重咲きの華やかな花よりも、どちらかというと、小さくて素朴な花が好きです」
「なるほど。確かに、ノアにはそちらの方が合う気がするね。――最近、青紫のかすみ草ができたらしいよ。ここにはないようだけど、たいそう儚げで美しいと評判みたいだ。今度贈るね」
「……ありがとうございます」

 にこにこと笑うサミュエルに、ノアは文句を言う気が削がれた。
 考えてみると、ノアがここでアシェルを心配したところで、何も変わらないわけで。それならば、二人を見守りつつも、滅多に来られない庭園を楽しんだ方がいい気がする。

(それに……サミュエル様と、こんな風に二人きりで歩くことなんて、初めてのことだし――)

 ノアの腰に添えられたサミュエルの手。近すぎる体温には未だ慣れなくて、頬が赤らむ気がするけれど。こうして二人で外を散策するのは初めてで、くすぐったいような、浮き立つような、不思議な心地がする。

 学園の裏庭で話している時とは少し違って、このように寄り添って散策するのは、なんだか逢い引きのようで――。
 ノアが勝手にそう思っているだけなのかもしれないけれど、少し気恥ずかしくなってしまう。

「あ……」

 前方の二人の姿に、思わず声が漏れた。
 しばらく硬い雰囲気だった二人。それが今は、少し近くなった距離感で、穏やかに微笑み合っている。

 どのような話をしたのかは分からないけれど、全く問題はなかったらしい。
 これから長く共に過ごすはずの二人だ。その関係性を表す名はまだ定かではなくとも、二人にとって良いものになってくれるなら、ノアとしても嬉しい。

「……よそ見ばかりされるのは寂しいな」

 不意に拗ねたような声が聞こえて、ノアはパチリと目を瞬かせた。横をそろりと窺うと、咎めるように僅かに目を細めて、サミュエルが口元に笑みを浮かべている。

 ノアは少し反省した。言われてみれば確かに、婚約者と二人きりで散策している時に、他人ばかり気にしているのは失礼だ。
 とはいえ、こうして散策しているのは、アシェルたちの様子を見守るのが主な目的なのだと、ノアは思っていたのだけれど。サミュエルは違うのだろうか。

(アシェルさんたちにあまり関心がないようだし、サミュエル様にとっては僕との語らいの方が大切……ということかな……?)

 そう考えると、嬉しいような気恥ずかしいような。
 火照る気がする頬を押さえる。まだ日差しが暑い季節ではないのに、なんだかのぼせたような気分だった。

「サミュエル様ばかり見ていたら、僕の方がどうにかなってしまいそうなので……少しよそ見をさせてください……」

 赤くなった顔を見られたくなくて、ノアは俯きがちに答えた。
 正直な気持ちを言葉にするのも恥ずかしいけれど、きちんと言わずに誤解されるのも嫌だ。ノアにとって、サミュエルと共に過ごし、お喋りを楽しむのは、心躍るほど楽しいことに違いはない。憧れの人が近すぎて、どうしても気後れしそうになるだけで。

「……ノアはたまに、殺し文句を言うよね。無自覚なんだろうけど……どうにかなってしまいそうなのは、私の方だと思うよ」

 苦々しいような、それでいて楽しげなサミュエルの口調。その理由が分からなくて、ノアは思わずサミュエルの顔を覗き込む。
 熱っぽい眼差しが注がれ、ノアは体温が一気に上がった気がした。

「っ、サミュエル様、そのような目で、見ないでください……」
「どんな目?」

 慌てて再び俯こうとしたノアを、頬に手を添えてサミュエルが妨げる。ノアの頬以上に、サミュエルの手が熱く感じた。

「――ふっ……ノアに、こうしたいと思っているのが伝わったかな?」

 手が添えられているのとは反対側の頬で、チュ……と音がする。何度されたって慣れないその感覚に、ノアはめまいを感じた気がしてぎゅっと目を瞑った。

しおりを挟む
感想 141

あなたにおすすめの小説

別れようと彼氏に言ったら泣いて懇願された挙げ句めっちゃ尽くされた

翡翠飾
BL
「い、いやだ、いや……。捨てないでっ、お願いぃ……。な、何でも!何でもするっ!金なら出すしっ、えっと、あ、ぱ、パシリになるから!」 そう言って涙を流しながら足元にすがり付くαである彼氏、霜月慧弥。ノリで告白されノリで了承したこの付き合いに、βである榊原伊織は頃合いかと別れを切り出したが、慧弥は何故か未練があるらしい。 チャライケメンα(尽くし体質)×物静かβ(尽くされ体質)の話。

美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜

飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。 でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。 しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。 秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。 美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。 秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。

性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました

まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。 性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。 (ムーンライトノベルにも掲載しています)

悪役令息の七日間

リラックス@ピロー
BL
唐突に前世を思い出した俺、ユリシーズ=アディンソンは自分がスマホ配信アプリ"王宮の花〜神子は7色のバラに抱かれる〜"に登場する悪役だと気付く。しかし思い出すのが遅過ぎて、断罪イベントまで7日間しか残っていない。 気づいた時にはもう遅い、それでも足掻く悪役令息の話。【お知らせ:2024年1月18日書籍発売!】

魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました

タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。 クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。 死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。 「ここは天国ではなく魔界です」 天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。 「至上様、私に接吻を」 「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」 何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?

美少年に転生したらヤンデレ婚約者が出来ました

SEKISUI
BL
 ブラック企業に勤めていたOLが寝てそのまま永眠したら美少年に転生していた  見た目は勝ち組  中身は社畜  斜めな思考の持ち主  なのでもう働くのは嫌なので怠惰に生きようと思う  そんな主人公はやばい公爵令息に目を付けられて翻弄される    

幽閉王子は最強皇子に包まれる

皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。 表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。

転生貧乏貴族は王子様のお気に入り!実はフリだったってわかったのでもう放してください!

音無野ウサギ
BL
ある日僕は前世を思い出した。下級貴族とはいえ王子様のお気に入りとして毎日楽しく過ごしてたのに。前世の記憶が僕のことを駄目だしする。わがまま駄目貴族だなんて気づきたくなかった。王子様が優しくしてくれてたのも実は裏があったなんて気づきたくなかった。品行方正になるぞって思ったのに! え?王子様なんでそんなに優しくしてくるんですか?ちょっとパーソナルスペース!! 調子に乗ってた貧乏貴族の主人公が慎ましくても確実な幸せを手に入れようとジタバタするお話です。

処理中です...