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57.幸せな悩み
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結局、ルーカスがノアたちを王城に呼んだのは、気軽にお喋りしたかったからだったようだ。
暫くアシェルやノアと話して、ルーカスは満足げに笑った。そろそろお開きの時間だ。
「同じ前世の記憶を持ってる奴と話せて楽しかったよ。兄上とはどうしても距離があるからなぁ」
「……それなら、いいんですけど」
複雑そうな表情でアシェルが答える。
アシェルもルーカスと前世の話をして楽しそうだったけれど、ライアンの話題になるとどうしてもただ楽しいだけではいられないようだ。
侍従として傍にという要望は通っていると聞いても、まだ一度もライアンと話せていないからかもしれない。
ノアも、どうにかアシェルをライアンに会わせてあげたいと思っているけれど。
「ノア殿も――」
物思いに耽っていたノアは、呼びかけられてハッと顔を上げた。
ルーカスの穏やかな眼差しが親愛の情を伝えてくる。これまでのやんちゃな振る舞いとは全く異なる雰囲気だった。
「俺は密かに覚悟していたことだったが、突然王太子になるって決まって、結構不安だったんだ。でも、サミュエルが側近になってくれるって言うからさ。だいぶ、それで安心したんだよ。……サミュエルを側近に取り立てるのが可能になったのは、ノア殿のおかげだ。ありがとう」
「いえ、そんな、殿下がそのようにおっしゃるほどのことでは……」
王族として貴族に頭を下げることはできないけれど、ルーカスからは真摯な思いが伝わってきた。
ノアはルーカスに微笑みながら首を振る。サミュエルがそれほどまでにルーカスに大事にされ、頼りにされているのが嬉しかった。
「サミュエルはだいぶ性格悪いし、策士だし、全てを思いのままに操るタイプだけど、ノア殿への想いは真実のはずだから。優秀さも保証する。逃げないで支えてやってほしい」
「殿下、余計なこと言わないでくださいよ。言葉の大半、私のことを貶していますからね?」
サミュエルが呆れたように睨むと、ルーカスは肩をすくめて笑った。「事実だろ」と返すところを見るに、全く反省していない。
その仲の良い振る舞いに、ノアは頬を緩める。
王太子、ゆくゆくは王となる方の側近であるサミュエルの婚約者として、ノアはどう立ち振る舞うべきか迷っていたけれど、さほど気にしなくてもいいように思えてきた。
サミュエルはルーカスが太鼓判を押すほど優秀なのだ。ノアがその点に不安を抱く必要はないだろう。後は、ただ婚約者として傍にいて、必要な時に手を貸せるようにすれば――。
(でも……婚約者って、どうしたらいいんだろう……。いずれは結婚して、子どもを……?)
ノアは密かに首を傾げた。
これまでサミュエルの協力者としての振る舞いしか頭になかったけれど、婚約がそれだけの意味であるわけがないのだ。婚約の先には結婚がある。貴族であるからには、当然後継ぎも必要なわけで。
ちらりと横目でサミュエルを窺うと、すぐに気づかれて微笑まれた。思わず頬が熱くなる。
最近、こうして微笑まれるだけで、身体が熱くなる時がある。サミュエルの眼差しから、よく分からない感情が伝わってきて、落ち着かない気分になるのだ。
サミュエルから好意を持たれているのは確かなのだろうけれど、それだけではないような。両親から感じる愛情とは全く違い、アシェルからの親愛とも異なる。
怖いような、それでいて心が震えるほど嬉しいような。相反する自分の気持ちが分からなくて、ノアは戸惑っていた。
そんなノアに恐らく気づいているだろうサミュエルは、穏やかに見守ってくれている。
不快にさせていないのは安心するけれど、ちょっと答えを教えてもらいたくもなる。絶対サミュエルはノア以上に理解しているはずなのだ。
「今日は来てくれて嬉しかったよ。俺はこの後執務があるが、サミュエルたちは庭園でも見ていくといい」
立ち上がりつつ放たれたルーカスの言葉に、ノアは思考を打ち切り、慌てて席を立った。
「それはいいですね。そうさせてもらいます」
「ありがとうございます」
サミュエルが微笑み答える横で、ノアも気遣いに礼を伝える。
王城の庭園の素晴らしさは噂に聞いたことがあり、一度は見てみたいと思っていたので、ルーカスの提案は素直に嬉しかった。
応接間から出ていくルーカスを見送っていたけれど、ルーカスは扉を開いた途端に動きを止めた。
思わずノアが首を傾げていると、予想外の人物の声が聞こえる。
「ルーカス。至急で処理してほしい案件があるらしいぞ」
「……分かりました。ですが、兄上はいつからこちらに?」
ライアンの声だった。背後でアシェルが動揺した気配を感じる。
ルーカスが大きく扉を開き、ライアンの姿も見えるようになった。ライアンの視線が流れ、サミュエルとノアの後に、じっとアシェルを見つめる。
「……ちょっと前にな。ぜひ、話しておきたい人がいて」
ライアンがここに来た目的は明白だった。
暫くアシェルやノアと話して、ルーカスは満足げに笑った。そろそろお開きの時間だ。
「同じ前世の記憶を持ってる奴と話せて楽しかったよ。兄上とはどうしても距離があるからなぁ」
「……それなら、いいんですけど」
複雑そうな表情でアシェルが答える。
アシェルもルーカスと前世の話をして楽しそうだったけれど、ライアンの話題になるとどうしてもただ楽しいだけではいられないようだ。
侍従として傍にという要望は通っていると聞いても、まだ一度もライアンと話せていないからかもしれない。
ノアも、どうにかアシェルをライアンに会わせてあげたいと思っているけれど。
「ノア殿も――」
物思いに耽っていたノアは、呼びかけられてハッと顔を上げた。
ルーカスの穏やかな眼差しが親愛の情を伝えてくる。これまでのやんちゃな振る舞いとは全く異なる雰囲気だった。
「俺は密かに覚悟していたことだったが、突然王太子になるって決まって、結構不安だったんだ。でも、サミュエルが側近になってくれるって言うからさ。だいぶ、それで安心したんだよ。……サミュエルを側近に取り立てるのが可能になったのは、ノア殿のおかげだ。ありがとう」
「いえ、そんな、殿下がそのようにおっしゃるほどのことでは……」
王族として貴族に頭を下げることはできないけれど、ルーカスからは真摯な思いが伝わってきた。
ノアはルーカスに微笑みながら首を振る。サミュエルがそれほどまでにルーカスに大事にされ、頼りにされているのが嬉しかった。
「サミュエルはだいぶ性格悪いし、策士だし、全てを思いのままに操るタイプだけど、ノア殿への想いは真実のはずだから。優秀さも保証する。逃げないで支えてやってほしい」
「殿下、余計なこと言わないでくださいよ。言葉の大半、私のことを貶していますからね?」
サミュエルが呆れたように睨むと、ルーカスは肩をすくめて笑った。「事実だろ」と返すところを見るに、全く反省していない。
その仲の良い振る舞いに、ノアは頬を緩める。
王太子、ゆくゆくは王となる方の側近であるサミュエルの婚約者として、ノアはどう立ち振る舞うべきか迷っていたけれど、さほど気にしなくてもいいように思えてきた。
サミュエルはルーカスが太鼓判を押すほど優秀なのだ。ノアがその点に不安を抱く必要はないだろう。後は、ただ婚約者として傍にいて、必要な時に手を貸せるようにすれば――。
(でも……婚約者って、どうしたらいいんだろう……。いずれは結婚して、子どもを……?)
ノアは密かに首を傾げた。
これまでサミュエルの協力者としての振る舞いしか頭になかったけれど、婚約がそれだけの意味であるわけがないのだ。婚約の先には結婚がある。貴族であるからには、当然後継ぎも必要なわけで。
ちらりと横目でサミュエルを窺うと、すぐに気づかれて微笑まれた。思わず頬が熱くなる。
最近、こうして微笑まれるだけで、身体が熱くなる時がある。サミュエルの眼差しから、よく分からない感情が伝わってきて、落ち着かない気分になるのだ。
サミュエルから好意を持たれているのは確かなのだろうけれど、それだけではないような。両親から感じる愛情とは全く違い、アシェルからの親愛とも異なる。
怖いような、それでいて心が震えるほど嬉しいような。相反する自分の気持ちが分からなくて、ノアは戸惑っていた。
そんなノアに恐らく気づいているだろうサミュエルは、穏やかに見守ってくれている。
不快にさせていないのは安心するけれど、ちょっと答えを教えてもらいたくもなる。絶対サミュエルはノア以上に理解しているはずなのだ。
「今日は来てくれて嬉しかったよ。俺はこの後執務があるが、サミュエルたちは庭園でも見ていくといい」
立ち上がりつつ放たれたルーカスの言葉に、ノアは思考を打ち切り、慌てて席を立った。
「それはいいですね。そうさせてもらいます」
「ありがとうございます」
サミュエルが微笑み答える横で、ノアも気遣いに礼を伝える。
王城の庭園の素晴らしさは噂に聞いたことがあり、一度は見てみたいと思っていたので、ルーカスの提案は素直に嬉しかった。
応接間から出ていくルーカスを見送っていたけれど、ルーカスは扉を開いた途端に動きを止めた。
思わずノアが首を傾げていると、予想外の人物の声が聞こえる。
「ルーカス。至急で処理してほしい案件があるらしいぞ」
「……分かりました。ですが、兄上はいつからこちらに?」
ライアンの声だった。背後でアシェルが動揺した気配を感じる。
ルーカスが大きく扉を開き、ライアンの姿も見えるようになった。ライアンの視線が流れ、サミュエルとノアの後に、じっとアシェルを見つめる。
「……ちょっと前にな。ぜひ、話しておきたい人がいて」
ライアンがここに来た目的は明白だった。
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◇長編◇
本編完結
『貧乏子爵令息のオメガは王弟殿下に溺愛されているようです』
本編・続編完結
『雪豹くんは魔王さまに溺愛される』書籍化☆
完結『天翔ける獣の願いごと』
◇短編◇
本編完結『悪役令息になる前に自由に生きることにしました』
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