54 / 277
54.心に寄り添う
しおりを挟む
好きだから、ライアンの心に寄り添いたい。アシェルの言葉の意味は分かるのに、現実感が伴わず、上手く理解できない。
ノアだって、サミュエルに憧れて、人として好きだからこそ、役に立とうと婚約を結んだのに、アシェルの感情はノアとは少し違う気がした。
「……それで、どうするつもりなんだい? ライアン殿下の侍従にでもなる?」
最初の問いよりも幾分穏やかな口調で、サミュエルがアシェルに問いかけた。
アシェルはサミュエルを真っ直ぐに見つめて頷く。
「それが、僕がライアンの心に寄り添える方法なら。ライアンが一生を一人で過ごすことに決めていたとしても、僕は彼を支えたいんです」
決意を語るアシェルが、やけに眩しく見えた。
いつの間に、そんな風に考えていたのだろうか。ノアの傍にいるようになってから、そんな感情を全く表に出していなかったのに。
「……ライアン殿下は、後継ぎを作らない誓約を、王家と交わしている。もし君と殿下が結ばれることがあっても、君は表舞台に妻として立つことはできないだろう。騒動のこともあるからね」
サミュエルの諭すような言葉に、ノアはようやく自分の感情との違いに気づいた。アシェルの好きは、性愛としてのものなのだ。予想外過ぎて、一瞬思考が停止する。
どの場面を振り返ってみても、そんな素振りはなかった気がするけれど……。でも、アシェルが「離れてから気づいた」と言っていたのだから、つい最近自覚が芽生えたことは間違いない。
(でも、なんで、そんなことに……?)
手が震えるような気がして、ぐっと拳を握り締める。友人であるはずのアシェルが、何故だかひどく恐ろしい存在に思えた。
頭が締め付けられるように痛む。閉じた目蓋の裏に、知らない情景が浮かんだ気がして、慌てて目を開けた。ドクドクと脈打つ心臓が苦しくて、胸に手を当てて深呼吸をする。
サミュエルから、一瞬視線を向けられたけれど、反応を返す余裕はなかった。
「分かっています。別に、立場なんてどうでもいいんです。むしろ、貴族なんて僕には合わないですよ。僕は、ライアンを支えられれば、それでいい」
ノアは呆然とアシェルを見つめた。
その澄んだ声に、ノアの雑念が洗い流された気がして、ホッと息をつく。少しずつ頭痛が引いて、恐ろしく感じる情景も消え去っていった。
アシェルはサミュエルの言葉を一切否定しなかった。つまり、性愛としてライアンのことが好きだということを、認めたのだ。
強い眼差しで宣言するアシェルは、いつもより大人に見えた。既に自分のこれからの生き方を定めているのだと感じ取れる。
(……あぁ……格好いいなぁ……。そっか……好きだから、傍で支えたいって思いは、こんなに素敵なことなのか……)
ノアの手からフッと力が抜けた。わけの分からない恐ろしさを、もう感じない。アシェルの決意を応援したい気持ちが、全てに勝っていた。
友人が決めた人生。傍から離れてしまうというのは寂しいけれど、それで関係が途切れるわけではない。それならば、その決意を後押しするまで。
「――では、侍従としての教育だけでなく、領地運営についても教えましょう。その方が、先々でアシェルさんの力になるはずです。グラシャ男爵家の横やりは、ライアン殿下のご迷惑になるでしょうから、うちの分家の養子なってもらうのがいいでしょうね」
「ノア様……!」
アシェルが表情を輝かせて、ノアに抱きついて来た。ノアは受け止めながら微笑み、言葉を続ける。
「ライアン殿下の臣籍降下まで、あまり時間がありません。ランドロフ侯爵家の名を背負わせて送り出す以上、中途半端な状態では認められませんよ。短期で詰め込むことになります。覚悟してくださいね」
「分かりました! 絶対に、やり遂げて見せます……!」
安堵で潤んだ目で、それでも力強く頷くアシェル。その姿を見て、ノアは絶対に大丈夫だと確信した。
どれほど厳しく指導しようと、アシェルは歯を食いしばってついてきて、全てを自分の力に変えてくれるだろう。
サミュエルがため息をつきながらも、慈しみ深い眼差しでノアたちを眺めていた。
「……まったく、ノアは優しいね」
「そうでしょうか? 元々行儀見習いの後は、うちで勤めてもらうか、他の貴族家に送り出す必要があったのです。送り先が決まっているのでしたら、ついでに領地運営の知識を与えるくらい、大したことではありませんよ」
微笑んで答えると、サミュエルが肩をすくめる。
領地運営のノウハウを外部に漏らすことは、普通はあり得ないことなのだと、サミュエルは知っているのだ。
でも、部下を貸与するのとさほど変わらないことだとノアは思う。それに、役に立つ知識とは、広く知られてこそ価値が高まるものだとも考えている。
「――うちから送る部下の一人は内定しました。そのつもりで、ライアン殿下にもお伝えください」
「分かったよ。殿下がなんと思われるかは分からないけど、拒否したところでねじ込んであげるから、安心して」
「……あまり、無理なやり方はやめてくださいね?」
なんだか物騒に感じるサミュエルの物言いに、ノアは逆に不安になった。
ノアだって、サミュエルに憧れて、人として好きだからこそ、役に立とうと婚約を結んだのに、アシェルの感情はノアとは少し違う気がした。
「……それで、どうするつもりなんだい? ライアン殿下の侍従にでもなる?」
最初の問いよりも幾分穏やかな口調で、サミュエルがアシェルに問いかけた。
アシェルはサミュエルを真っ直ぐに見つめて頷く。
「それが、僕がライアンの心に寄り添える方法なら。ライアンが一生を一人で過ごすことに決めていたとしても、僕は彼を支えたいんです」
決意を語るアシェルが、やけに眩しく見えた。
いつの間に、そんな風に考えていたのだろうか。ノアの傍にいるようになってから、そんな感情を全く表に出していなかったのに。
「……ライアン殿下は、後継ぎを作らない誓約を、王家と交わしている。もし君と殿下が結ばれることがあっても、君は表舞台に妻として立つことはできないだろう。騒動のこともあるからね」
サミュエルの諭すような言葉に、ノアはようやく自分の感情との違いに気づいた。アシェルの好きは、性愛としてのものなのだ。予想外過ぎて、一瞬思考が停止する。
どの場面を振り返ってみても、そんな素振りはなかった気がするけれど……。でも、アシェルが「離れてから気づいた」と言っていたのだから、つい最近自覚が芽生えたことは間違いない。
(でも、なんで、そんなことに……?)
手が震えるような気がして、ぐっと拳を握り締める。友人であるはずのアシェルが、何故だかひどく恐ろしい存在に思えた。
頭が締め付けられるように痛む。閉じた目蓋の裏に、知らない情景が浮かんだ気がして、慌てて目を開けた。ドクドクと脈打つ心臓が苦しくて、胸に手を当てて深呼吸をする。
サミュエルから、一瞬視線を向けられたけれど、反応を返す余裕はなかった。
「分かっています。別に、立場なんてどうでもいいんです。むしろ、貴族なんて僕には合わないですよ。僕は、ライアンを支えられれば、それでいい」
ノアは呆然とアシェルを見つめた。
その澄んだ声に、ノアの雑念が洗い流された気がして、ホッと息をつく。少しずつ頭痛が引いて、恐ろしく感じる情景も消え去っていった。
アシェルはサミュエルの言葉を一切否定しなかった。つまり、性愛としてライアンのことが好きだということを、認めたのだ。
強い眼差しで宣言するアシェルは、いつもより大人に見えた。既に自分のこれからの生き方を定めているのだと感じ取れる。
(……あぁ……格好いいなぁ……。そっか……好きだから、傍で支えたいって思いは、こんなに素敵なことなのか……)
ノアの手からフッと力が抜けた。わけの分からない恐ろしさを、もう感じない。アシェルの決意を応援したい気持ちが、全てに勝っていた。
友人が決めた人生。傍から離れてしまうというのは寂しいけれど、それで関係が途切れるわけではない。それならば、その決意を後押しするまで。
「――では、侍従としての教育だけでなく、領地運営についても教えましょう。その方が、先々でアシェルさんの力になるはずです。グラシャ男爵家の横やりは、ライアン殿下のご迷惑になるでしょうから、うちの分家の養子なってもらうのがいいでしょうね」
「ノア様……!」
アシェルが表情を輝かせて、ノアに抱きついて来た。ノアは受け止めながら微笑み、言葉を続ける。
「ライアン殿下の臣籍降下まで、あまり時間がありません。ランドロフ侯爵家の名を背負わせて送り出す以上、中途半端な状態では認められませんよ。短期で詰め込むことになります。覚悟してくださいね」
「分かりました! 絶対に、やり遂げて見せます……!」
安堵で潤んだ目で、それでも力強く頷くアシェル。その姿を見て、ノアは絶対に大丈夫だと確信した。
どれほど厳しく指導しようと、アシェルは歯を食いしばってついてきて、全てを自分の力に変えてくれるだろう。
サミュエルがため息をつきながらも、慈しみ深い眼差しでノアたちを眺めていた。
「……まったく、ノアは優しいね」
「そうでしょうか? 元々行儀見習いの後は、うちで勤めてもらうか、他の貴族家に送り出す必要があったのです。送り先が決まっているのでしたら、ついでに領地運営の知識を与えるくらい、大したことではありませんよ」
微笑んで答えると、サミュエルが肩をすくめる。
領地運営のノウハウを外部に漏らすことは、普通はあり得ないことなのだと、サミュエルは知っているのだ。
でも、部下を貸与するのとさほど変わらないことだとノアは思う。それに、役に立つ知識とは、広く知られてこそ価値が高まるものだとも考えている。
「――うちから送る部下の一人は内定しました。そのつもりで、ライアン殿下にもお伝えください」
「分かったよ。殿下がなんと思われるかは分からないけど、拒否したところでねじ込んであげるから、安心して」
「……あまり、無理なやり方はやめてくださいね?」
なんだか物騒に感じるサミュエルの物言いに、ノアは逆に不安になった。
173
◇長編◇
本編完結
『貧乏子爵令息のオメガは王弟殿下に溺愛されているようです』
本編・続編完結
『雪豹くんは魔王さまに溺愛される』書籍化☆
完結『天翔ける獣の願いごと』
◇短編◇
本編完結『悪役令息になる前に自由に生きることにしました』
お気に入りに追加
4,631
あなたにおすすめの小説

別れようと彼氏に言ったら泣いて懇願された挙げ句めっちゃ尽くされた
翡翠飾
BL
「い、いやだ、いや……。捨てないでっ、お願いぃ……。な、何でも!何でもするっ!金なら出すしっ、えっと、あ、ぱ、パシリになるから!」
そう言って涙を流しながら足元にすがり付くαである彼氏、霜月慧弥。ノリで告白されノリで了承したこの付き合いに、βである榊原伊織は頃合いかと別れを切り出したが、慧弥は何故か未練があるらしい。
チャライケメンα(尽くし体質)×物静かβ(尽くされ体質)の話。


性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました
まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。
性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。
(ムーンライトノベルにも掲載しています)

美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜
飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。
でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。
しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。
秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。
美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。
秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。
悪役令息の七日間
リラックス@ピロー
BL
唐突に前世を思い出した俺、ユリシーズ=アディンソンは自分がスマホ配信アプリ"王宮の花〜神子は7色のバラに抱かれる〜"に登場する悪役だと気付く。しかし思い出すのが遅過ぎて、断罪イベントまで7日間しか残っていない。
気づいた時にはもう遅い、それでも足掻く悪役令息の話。【お知らせ:2024年1月18日書籍発売!】

美少年に転生したらヤンデレ婚約者が出来ました
SEKISUI
BL
ブラック企業に勤めていたOLが寝てそのまま永眠したら美少年に転生していた
見た目は勝ち組
中身は社畜
斜めな思考の持ち主
なのでもう働くのは嫌なので怠惰に生きようと思う
そんな主人公はやばい公爵令息に目を付けられて翻弄される

【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

転生貧乏貴族は王子様のお気に入り!実はフリだったってわかったのでもう放してください!
音無野ウサギ
BL
ある日僕は前世を思い出した。下級貴族とはいえ王子様のお気に入りとして毎日楽しく過ごしてたのに。前世の記憶が僕のことを駄目だしする。わがまま駄目貴族だなんて気づきたくなかった。王子様が優しくしてくれてたのも実は裏があったなんて気づきたくなかった。品行方正になるぞって思ったのに!
え?王子様なんでそんなに優しくしてくるんですか?ちょっとパーソナルスペース!!
調子に乗ってた貧乏貴族の主人公が慎ましくても確実な幸せを手に入れようとジタバタするお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる