内気な僕は悪役令息に恋をする

asagi

文字の大きさ
上 下
50 / 277

50.心強さと予想外な決断

しおりを挟む
 アシェルに協力者のことについて説明したら、「はは~ん? それでノア様を丸め込みやがったな、くそ野郎……」なんて呟かれた。
 下品な言葉は控えてほしいけれど、ノアを心配するがゆえの言動だと思うと窘めにくい。

「まぁ、ノア様がそれを受け入れたということは、自覚はなくともそういうことなんでしょうし。サミュエル様はノア様を気遣ってのことでもあるのかな? うん、そうであってほしい。ヘタレなサミュエル様は解釈違いです」

 ぼそぼそと呟いて感情を整理したようで、アシェルは落ち着いた様子になってノアを見つめた。

「――というわけで、僕は一応お二人の婚約を祝福するつもりですけど、ノア様的にはどうしたいんですか?」
「どうしたい、ですか……」

 それはノアの方が聞きたい質問だった。自分の心が分からないのだ。様々な感情が入り混じり、整理できないでいる。
 それでも、サミュエルの役に立ちたいという気持ちは確かで、ノアは暫く考えた末に口を開いた。

「――サミュエル様のためになるなら、婚約するのは問題ないんです。正直その先のことは想像できていませんし、不安もありますけど。サミュエル様のお傍にいれることは、嬉しいことでもあります」
「憧れの人ですもんねぇ……。その気持ちがあるなら、今はとりあえず状況に流されてもいいのでは? 気づくべき時に気づくはずです。……僕だって――」

 最後、アシェルがなんと言ったのか聞き取れなかったけれど、ノアが決意を固めるには十分な助言だった。
 少し晴れやかになった気分でアシェルを見つめる。

「ありがとうございます。アシェルさんに相談して良かったです。心の整理ができた気がします」
「……ノア様のお役に立てたのなら嬉しいです」

 アシェルが複雑そうな表情ながらも微笑んだ。
 ノアは早く両親に話に行こうと腰を上げる。再び自分の心が揺らぐ前に、伝えてしまった方が良いだろう。
 貴族同士の婚約となれば、当主の了解が必要であるのは当然だ。それに加え、ノアの婚約については心配を掛けていたのだから、早いところ安心させたい。

 サミュエルとの婚約が、両親にとって歓迎すべきものであるかは不安だけれど、少なくとも以前決めた婚約者の条件には、概ね合致しているはずだ。それならば、反対されることもあまり考えられないだろう。


 ◇◇◇


「――あら、そうなの」
「なるほどね……そうなったか」

 サミュエルと婚約したいことを両親に伝えると、不思議なほど落ち着いた様子で頷かれた。
 もしかしたら、サミュエルが前もって話を通していたのかもしれない。ノアの婚約について話をしたと言っていたから。

「はい。……よろしいですか?」
「私はもちろん歓迎するわ。特に、サミュエル様といえば、社交界でも人気のある方だもの。ノアのためになってくれるはずよ」
「そうだな。私も婚約に賛成する。……あの方は、ノアを大事にしてくれるだろう」

 微笑む両親に、ノアは緩む頬を隠すように手で押さえた。
 サミュエルとの婚約を、相手の立場や侯爵家としての利点ではなく、ノアの幸せに重点を置いて考えてくれるのが嬉しい。愛情深く見守ってくれる両親だ。
 サミュエルとの婚約には一抹の不安もあったけれど、両親がいてくれるなら問題がない気がして安堵した。

「ありがとうございます。サミュエル様にご報告しておきます」
「そうね。……でも、サミュエル様は婚約が解消になったばかりだから、ノアとの婚約の発表はライアン殿下が正式に大公位を賜って、領地に行かれてからがいいでしょうね」
「そうなると、殿下の卒業を待つことになるな。時期的にもちょうどいいか」

 両親の会話に、ノアは目を丸くする。
 ライアンが王族から離籍し、大公位を賜れるようグレイ公爵家が動いているとは聞いていた。でも、両親の元にその情報が入るくらい話が進んでいるとは思わなかった。

「……殿下が、卒業後に大公位を賜ると決まったのですか?」
「ええ。まだ高位貴族にしか伝わっていない話だけれど。グレイ公爵家が精力的に動いていたようね。随分と早く決まったわ」
「殿下が子どもを作らないと誓約して、一代大公になると決めたからこそでもあるね。殿下が亡くなられたら、分けた領地も再び王家のもとに返上されるから。王家としても惜しむ必要はないと判断したんだろう」

 子どもは作らない。一代大公。
 初めて知るライアンの決断に、ノアは目を伏せた。
 ライアンは貴族への不信感が強いからこそ、婚姻により縁づくことを拒否したのかもしれない。それでも、あまりに早すぎる決断に思えた。

 これを知ったら、アシェルはどう感じるだろう。
 友人の沈む表情が脳裏に浮かぶ気がして、ノアは強く目を瞑った。
 そうなったら、今度はノアがアシェルを励まそう。

「……それにしても、断りにくい方から婚約の申し出があるかもしれないと聞いて困っていたが、サミュエル殿のおかげでなんとかなりそうだな」
「それを見越した、早めの婚約打診だったのでしょうね。正直、ノアがすぐに受け入れたことの方が意外だわ。この子、のせいか、無意識下で性愛への拒否感が強いのに……」
「サミュエル殿は、なんというか、やり手な感じだからな。それでもについて知っているし、ノアのことを第一に考えてくれる方だから、心配はないだろう」

 囁き合う両親が気になって、ノアは視線を上げた。笑顔で誤魔化されてしまったけれど。

しおりを挟む
感想 141

あなたにおすすめの小説

別れようと彼氏に言ったら泣いて懇願された挙げ句めっちゃ尽くされた

翡翠飾
BL
「い、いやだ、いや……。捨てないでっ、お願いぃ……。な、何でも!何でもするっ!金なら出すしっ、えっと、あ、ぱ、パシリになるから!」 そう言って涙を流しながら足元にすがり付くαである彼氏、霜月慧弥。ノリで告白されノリで了承したこの付き合いに、βである榊原伊織は頃合いかと別れを切り出したが、慧弥は何故か未練があるらしい。 チャライケメンα(尽くし体質)×物静かβ(尽くされ体質)の話。

性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました

まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。 性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。 (ムーンライトノベルにも掲載しています)

美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜

飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。 でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。 しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。 秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。 美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。 秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。

悪役令息の七日間

リラックス@ピロー
BL
唐突に前世を思い出した俺、ユリシーズ=アディンソンは自分がスマホ配信アプリ"王宮の花〜神子は7色のバラに抱かれる〜"に登場する悪役だと気付く。しかし思い出すのが遅過ぎて、断罪イベントまで7日間しか残っていない。 気づいた時にはもう遅い、それでも足掻く悪役令息の話。【お知らせ:2024年1月18日書籍発売!】

美少年に転生したらヤンデレ婚約者が出来ました

SEKISUI
BL
 ブラック企業に勤めていたOLが寝てそのまま永眠したら美少年に転生していた  見た目は勝ち組  中身は社畜  斜めな思考の持ち主  なのでもう働くのは嫌なので怠惰に生きようと思う  そんな主人公はやばい公爵令息に目を付けられて翻弄される    

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

転生貧乏貴族は王子様のお気に入り!実はフリだったってわかったのでもう放してください!

音無野ウサギ
BL
ある日僕は前世を思い出した。下級貴族とはいえ王子様のお気に入りとして毎日楽しく過ごしてたのに。前世の記憶が僕のことを駄目だしする。わがまま駄目貴族だなんて気づきたくなかった。王子様が優しくしてくれてたのも実は裏があったなんて気づきたくなかった。品行方正になるぞって思ったのに! え?王子様なんでそんなに優しくしてくるんですか?ちょっとパーソナルスペース!! 調子に乗ってた貧乏貴族の主人公が慎ましくても確実な幸せを手に入れようとジタバタするお話です。

ゆい
BL
涙が落ちる。 涙は彼に届くことはない。 彼を想うことは、これでやめよう。 何をどうしても、彼の気持ちは僕に向くことはない。 僕は、その場から音を立てずに立ち去った。 僕はアシェル=オルスト。 侯爵家の嫡男として生まれ、10歳の時にエドガー=ハルミトンと婚約した。 彼には、他に愛する人がいた。 世界観は、【夜空と暁と】と同じです。 アルサス達がでます。 【夜空と暁と】を知らなくても、これだけで読めます。 随時更新です。

処理中です...