内気な僕は悪役令息に恋をする

asagi

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49.アシェルに相談

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 雲を踏んでいるようなふわふわとした気分で、ノアは家に帰宅した。サミュエルからの婚約の申し込みが、いまだに信じられない。

「ノア様、お帰りなさいませ!」
「……アシェルさん。ただいま帰りました」

 笑顔で出迎えてくれたアシェルに、思わず縋るような目を向けてしまう。ノアの同世代の友人はアシェルだけだから、相談にのってもらいたい。誰かに言えれば、少しはこの混乱も鎮まる気がする。

 でも、両親に伝える前に口外していいものか、迷ってもいた。落ち着いて報告するためにも、相談は必要だと思うけれど。

「何か、ございましたか?」

 すっかり侍従らしい言葉遣いを覚えたアシェルが、心配そうに尋ねてくる。
 アシェルもライアンのことで考えることは多いだろうに、ノアのことまで気遣ってくれるのだから優しい。

「……アシェルさん、座ってお話をしませんか?」

 ノアは躊躇った後、周囲に他の者がいないのを確認して、共にソファに座るよう頼んだ。相談するならば、立場は主従ではなく友人であってほしい。
 そんなノアの思いを察したのか、アシェルはすぐさまソファに座り、ノアをじっと見つめてきた。

「――今日、サミュエル様に、婚約を申し込まれました」
「…………っ、ええっ!? 早すぎでは!?」

 アシェルが目を見開いて固まったかと思うと、小さく叫びながらノアに詰め寄ってくる。言葉遣いもあっさりと崩れ、本来のアシェルらしい雰囲気だった。

 侍従としては失格なのだろうけれど、ノアにとってはホッとできる反応だった。
 ノアだって、婚約を申し込まれた瞬間は、アシェルのように叫びたい気分だったのだから。共感してもらえているようでありがたい。

「早すぎ、というと確かにそうですね。サミュエル様はライアン殿下との婚約が解消になったばかりですし。でも、貴族の婚約は公表する前に段取りを整えなければならないことを考えると、妥当な時期とも考えられますけど」
「いや、早すぎっていうのは、そういう意味じゃなくて……」
「そういう意味ではない?」

 ノアはアシェルの言葉の意味が分からず首を傾げるも、明確な答えは返ってこなかった。
 アシェルは目を伏せ、何事かを小さく呟いている。

「……まじ、手が早いっていうか、囲い込みの速度が半端ない。絶対手に入れてやるつもりだってことは知ってたけど、行動が早すぎるでしょ……。っていうか!」

 勢いよく顔を上げたアシェルに驚き、ノアは僅かに身をのけ反らせる。アシェルの目が鋭い光を放っていて、口元に浮かんだ硬い笑みが少し不気味だ。
 おそるおそる言葉の続きを待つノアの肩を、アシェルが力強く掴んだ。

「――まさか、もう了承したとか……?」

 ノアは目を伏せた。やはり婚約を申し込まれて、すぐに受け入れたのは、はしたなかっただろうかと落ち込む。

 言い訳をしていいなら、ノアが婚約を受け入れたのは、サミュエルのために何かをしてあげたくて、それが婚約という手段でできるのだと知ったからなのだけれど。
 そうでなければ、憧れの人との婚約なんて、恐れ多くてすぐに決断することはできなかっただろう。

「……だめだったでしょうか?」
「っ……うがぁあ! 絶対これ、丸め込まれたヤツ! 僕知ってる! サミュエル様は計算高くて自信家! 手に入れようと決めたものは、どんな方法を使ってでもやり遂げる男だって! ……僕の可愛くて美しいノア様が汚されるぅ……!」

 叫んだかと思えば、泣きそうな顔になって、アシェルが抱きついてくる。ノアは慌てて受け止めながら、サミュエルに対しての印象の違いに首を傾げた。

 サミュエルは確かに自信に満ちた雰囲気だけれど、それは実力に裏打ちされたもの。それに普段の誠実な態度を見ると、アシェルが言うような『どんな方法を使っても』というイメージはなかった。

 それに、アシェルの言い方では、サミュエルが元々ノアとの婚約を望んでいたように聞こえる。果たして本当にそんなことがありえるだろうか。

「……僕は、以前から、サミュエル様に憧れていたんです」

 ノアはぽつりと呟いた。自分の心を整理するために、言葉を吐き出したかったのだ。
 アシェルがピタリと騒ぐのをやめて、じっと顔を見つめてくる。ノアは視線を床に落とし、言葉を続けた。

「――とても社交的で、自信に溢れていて。いつだって人に囲まれて、周囲を先導して……僕が貴族として目指したい姿そのもので。……本当に、僕が婚約者でいいのでしょうか」

 脳裏にかつてのサミュエルの姿が浮かんだ。裏庭で話すようになるまでは、遠くで眺めるだけの存在だった。
 それが、今では婚約を申し込まれるまでの関係になっているのだから、ノアが混乱してしまうのも仕方ないだろう。

「ノア様」

 不意に静かな声が聞こえる。アシェルの真剣な眼差しが、慈しみの色を浮かべてノアを見つめていた。
 ノアは息を飲んで、アシェルを凝視する。常とは全く違い、アシェルが頼りがいのある年上の男性のように思えて、戸惑ってしまう。

「サミュエル様が、ノア様を好きだと言って、婚約を申し込んできて。それを受け入れたいと思ったなら、悩む必要はないんじゃないですかね? 他人にどう思われようと、二人の気持ちが一番でしょ」

 にこりと微笑むアシェルの顔を、ノアは首を傾げて見つめた。そんなノアの反応に、アシェルも不思議そうに目を瞬かせる。

「……好きだなんて、言われていませんよ?」

 アシェルの口がポカンと開いた。驚愕を浮かべた眼差しにノアは苦笑する。協力者という説明をし忘れていたことに気づいたのだ。

「…………はぁあああっ!? なにそれ! それはダメでしょう! サミュエル様、実はヘタレか!? そんな奴にノア様は渡せない……!」
「だめなんですか……?」

 叫ばれた言葉を拾って、ノアは首を傾げた。アシェルの反応が忙しくて、ついていけそうにない。

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