内気な僕は悪役令息に恋をする

asagi

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48.囲い込み策……?

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 サミュエルは公爵令息だ。でも、嫡男ではない。本来王家に嫁ぐ者とされた三男である。
 既にグレイ公爵家では、嫡男が後継者として務めを果たしているだろうし、次男がその補佐を担っているはずだ。

 つまり、婚約を解消されたサミュエルが、グレイ公爵家内で担える立場がない。
 グレイ公爵家が保有しているだろう他の爵位を継承し、一部の領を分けてもらうことは可能だろう。でも、その場合、爵位が下がって、高位貴族と言える立場を保つのは難しい。

 では、どこか高位貴族の家に嫁ぐかと考えると、それも難しい現状がある。
 爵位を継ぐ者は既に婚約者がいるのが当たり前で、高位貴族となると対象者はさらに少ない。
 しかも、子を産む側になれないことを考えると、サミュエルを後継者の伴侶に迎える家はゼロに近いと言える。

 そこまで考えて、ノアはハッと気づいた。サミュエルの求める婚約者像に、ノアがピタリと一致しているのだ。
 伏せていた目を上げ、サミュエルを見つめると、にこりと微笑まれた。とても嬉しそうな表情だ。

「このまま公爵家に居座るというのも一つの手ではあるんだけど……それは些か外聞が良くないのはノアも分かるだろう? 嫡男や次男でもない成人男性が、いつまでも生家にいるというのはねぇ……。ルーカス殿下もそれを望んでいない」
「……そうですね」

 落ち着いていたはずの心臓が、再び力強く鼓動を打ち始めたのを感じながら、ノアは躊躇いがちに頷いた。
 ようやく、サミュエルがノアとの婚約を願った理由が理解できたけれど、その現実味に心がついていかない。

「――ところで、以前、ノアの家にお邪魔した時に、ランドロフ侯爵とお話させていただいたんだけど」

 不意に話題が変わったように感じて、ノアは目をぱちりと瞬かせた。

「ランドロフ侯爵はノアに男性の婚約者を求めているらしいね。しかも、領内についての実権を持たない代わりに、子どもを産むのはノアの側でいい、と」
「そ、そんなお話を、父としていたんですか……!?」

 ノアは眩暈がするような気分で、ぎゅっと目を瞑った。

 婚約に関する内情を、サミュエルに知られていたというのは、あまりに恥ずかしかった。この分だと、ノアの内気さが原因で、なかなか婚約者が決められなかったのだとも知られているのだろう。

 サミュエルがそれを聞いてどう思ったのか分からない。でも、そこで聞いたことが、ノアに婚約を願う理由になったのは確かだろう。

 ノアがそろりとサミュエルを窺うと、自信に満ちた強い眼差しが、ノアに一心に注がれていた。
 身体がカッと熱くなる感覚に惑い、ノアはじわりと潤んだ目を伏せる。

「ここで初めの提案に戻るんだけど――」

 握られたままだった手が再び捧げ持たれて、ノアはその動きを目で追った。サミュエルの口元に指先が近づいていくのを、まんじりと見つめる。

 魅惑的な眼差しに捕らわれたように、身体の自由が利かない。
 サミュエルがこれから何を言おうとしているか、ノアはもう分かっている。身体が震えるのは、その言葉から逃げたいからなのか、それとも――。

「私と婚約してほしい。最初は、協力者として傍にいてくれるだけでもいいから。ノアと一緒なら、私はきっと世界一幸せになれる。その分、ノアのことを幸せにすると誓うよ」

 ドクドクと、耳元で聞こえているのかと思うくらい大きく、心臓が鼓動を打っていた。
 それに決断を急き立てられるように感じて、ノアはごくりと唾液を飲み込む。少し落ち着いて考える必要があるだろう。

 婚約はノア一人で決断していいことではない。……でも、父がその話をサミュエルとしたということは、もしかしたら既に婚約を了承しているのかもしれない。それなら、問題はないのか。

 しかし、協力したいという気持ちだけで、サミュエルと婚約するなんて決断をしていいのだろうか。契約の変更はサミュエルの望みだろうけれど、婚約をその手段にして、サミュエルが後悔することはないのか。

 ……ノアと一緒にいるだけで、世界一幸せになれるなんて言ってくれるサミュエルを、信じたい気持ちももちろんある。ノアだって、サミュエルの傍にいられれば、きっと幸せに過ごせるのだろう。

 不安や混乱、期待――様々な思いがノアを襲い、一向に落ち着く気配がなかった。

「――ノア」

 甘い囁きのような声音に、ノアの思考が止まった。サミュエルの眼差しがノアを貫き、全てを支配した気がする。
 今、世界にはノアとサミュエルしかいない。そんな風に思い込んでしまうほど、サミュエルの存在感は圧倒的だった。

「難しいことは、今は考えないで。……これから先も、私と過ごしてくれる気があるなら、頷いてくれればいいんだ」

 サミュエルの唇が、ノアの手の甲に僅かに吸いついた。そこから甘く痺れるような感覚が広がってくる気がして、ノアは頭が真っ白になりながら身体を震わせる。

 甘く、それでいて強い意思を感じるサミュエルの声が、ノアの頭に残り続けた。

(サミュエル様と、これから先も、一緒に過ごすことができる……。それは、なんて幸せなことだろう。憧れの人の傍に堂々といられる権利を得るなんて、今を逃したらもうないかもしれない……)

 ――いつの間にか、ノアはサミュエルの言葉に従うように、小さく頷いていた。

 パッと明るく輝くサミュエルの笑顔に目を奪われて、ノアも僅かに微笑む。なんだかとてもいいことをしたような、満ち足りた気分になった。

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