46 / 277
46.突然の申し出
しおりを挟む
「ノア――」
不意に左手を掴まれる。サミュエルの手は大きくて力強くて……とても熱い。こうして触れられて、サミュエルを一人の男性として再認識した気がした。
翠の瞳が木漏れ日でキラキラと輝き、ノアを一心に見つめている。その眼差しに捕らわれたように、ノアは身動き一つできなくなっていた。
顔が熱い。こんなに見つめられて、手を触れられて、内気なノアが冷静でいられるわけがない。心臓がドクドクと鼓動を刻み、今にも飛び出そうだ。
(サミュエル様は、何をおっしゃるつもりで……?)
不安なのか、期待なのか、よく分からない心境のまま、ノアはサミュエルを見つめ返した。呼びかけたきり言葉を続けないサミュエルに、ノアは何故だか追い詰められたような気がしてくる。
「……サミュエル様、突然、どうされたの、ですか……?」
沈黙のまま見つめられることに耐えられず、緊張で乾いた唇を動かして問いかける。
とにかく、今の状況から解放されたかった。サミュエルの手を振り払おうとは微塵も思わなかったけれど。
「――私と……婚約してほしい」
「は……?」
ついに放たれたサミュエルの言葉に、ノアは思わずポカンと口を開けてしまった。間抜けで失礼な反応だと分かっていたけれど、あまりの驚きに取り繕う余裕がない。
(サミュエル様は、今、なんと言った……?)
混乱する頭をなんとか落ち着かせようとしながら、サミュエルの言葉を反芻する。
コンヤク。こんやく。……婚約――。
「――え、婚約……!?」
ようやく言葉に理解が追いつき、ノアは小さく掠れた声で叫んだ。緊張と混乱で、上手く声が出ない。サミュエルに聞きたいことはたくさんあるはずなのに、何を言えばいいか全く整理できなかった。
サミュエルをただただ凝視していると、翠の瞳が僅かに細められ、口元にほのかな笑みが浮かんだ。ノアの混乱を意に介せず、サミュエルはなんだか嬉しそうだ。
でも、その頬が僅かに上気し、表情がいつもより硬いように見えて、緊張しているのはノアだけではないのだと、少し安心した。それと同時に、サミュエルの言葉が冗談とは思えなくなってしまったけれど。
「そう、婚約。私はノアと婚約したいと思っている」
「それは……なぜですか……?」
熱い頬を隠したい。左手は捕まっているから、右手だけでも隠せないだろうか。でも、そんな仕草は失礼かもしれない。
様々な思いが頭を駆け巡る中、必死にサミュエルの言葉の理解に努める。
「なぜ、と聞かれると――」
返事の途中で言葉を止めて、サミュエルがノアをじっと観察した。全てを見透かすような眼差しに、ノアはピシリと身体が固まる。
緊張するからあまり見ないでほしい。頭からシーツを被って身を隠したい。
「うーん……まだ、早いかな。ノアはその辺の適応力が低そうだし……」
サミュエルが呟きながら首を傾げた。
何かを評価されているのは分かる。でも、ノアの欠点は数えきれないほどあり、サミュエルがどれのことを言っているのか、まるで分からない。
不安が募って、思わず縋るような気持ちで、ノアはサミュエルを見つめた。
すると、サミュエルが真顔になって片手を伸ばしてきた。目を隠されて、ノアはきょとんと瞬く。
「――男を、そんな目で見つめるものじゃないよ。危ないからね」
「えっと……ごめんなさい。何をおっしゃっているのか、よく分からなくて……」
淡い暗闇の中、サミュエルの体温を感じながら、必死に頭を働かせる。
視界が塞がれているというのに、不思議と警戒心は湧かなかった。それだけ、ノアはサミュエルを信頼しているということだろう。
「この危機感のなさ。やっぱり心配になるなぁ……」
手が外されて、再び視界にサミュエルが映る。悩ましげに眉を寄せていた。
何がいけないのかは分からないけれど、サミュエルを困らせるのはノアの本意ではない。改善すべき点があるならば、その理解に努めたい。
でも、さらに問いかけようと開いた口が固まった。
――サミュエルが、握ったままだったノアの手を捧げ持ち、指先に唇で触れている。
ほのかに感じる温もりに、ノアの思考が停止した。
「――ノアには、契約を変えるための協力者になってほしい」
「協力者……?」
婚約よりは納得しやすいけれど、協力者とは何をすればいいのか。
続く混乱に、ノアは少し疲れを感じ始めていた。
不意に左手を掴まれる。サミュエルの手は大きくて力強くて……とても熱い。こうして触れられて、サミュエルを一人の男性として再認識した気がした。
翠の瞳が木漏れ日でキラキラと輝き、ノアを一心に見つめている。その眼差しに捕らわれたように、ノアは身動き一つできなくなっていた。
顔が熱い。こんなに見つめられて、手を触れられて、内気なノアが冷静でいられるわけがない。心臓がドクドクと鼓動を刻み、今にも飛び出そうだ。
(サミュエル様は、何をおっしゃるつもりで……?)
不安なのか、期待なのか、よく分からない心境のまま、ノアはサミュエルを見つめ返した。呼びかけたきり言葉を続けないサミュエルに、ノアは何故だか追い詰められたような気がしてくる。
「……サミュエル様、突然、どうされたの、ですか……?」
沈黙のまま見つめられることに耐えられず、緊張で乾いた唇を動かして問いかける。
とにかく、今の状況から解放されたかった。サミュエルの手を振り払おうとは微塵も思わなかったけれど。
「――私と……婚約してほしい」
「は……?」
ついに放たれたサミュエルの言葉に、ノアは思わずポカンと口を開けてしまった。間抜けで失礼な反応だと分かっていたけれど、あまりの驚きに取り繕う余裕がない。
(サミュエル様は、今、なんと言った……?)
混乱する頭をなんとか落ち着かせようとしながら、サミュエルの言葉を反芻する。
コンヤク。こんやく。……婚約――。
「――え、婚約……!?」
ようやく言葉に理解が追いつき、ノアは小さく掠れた声で叫んだ。緊張と混乱で、上手く声が出ない。サミュエルに聞きたいことはたくさんあるはずなのに、何を言えばいいか全く整理できなかった。
サミュエルをただただ凝視していると、翠の瞳が僅かに細められ、口元にほのかな笑みが浮かんだ。ノアの混乱を意に介せず、サミュエルはなんだか嬉しそうだ。
でも、その頬が僅かに上気し、表情がいつもより硬いように見えて、緊張しているのはノアだけではないのだと、少し安心した。それと同時に、サミュエルの言葉が冗談とは思えなくなってしまったけれど。
「そう、婚約。私はノアと婚約したいと思っている」
「それは……なぜですか……?」
熱い頬を隠したい。左手は捕まっているから、右手だけでも隠せないだろうか。でも、そんな仕草は失礼かもしれない。
様々な思いが頭を駆け巡る中、必死にサミュエルの言葉の理解に努める。
「なぜ、と聞かれると――」
返事の途中で言葉を止めて、サミュエルがノアをじっと観察した。全てを見透かすような眼差しに、ノアはピシリと身体が固まる。
緊張するからあまり見ないでほしい。頭からシーツを被って身を隠したい。
「うーん……まだ、早いかな。ノアはその辺の適応力が低そうだし……」
サミュエルが呟きながら首を傾げた。
何かを評価されているのは分かる。でも、ノアの欠点は数えきれないほどあり、サミュエルがどれのことを言っているのか、まるで分からない。
不安が募って、思わず縋るような気持ちで、ノアはサミュエルを見つめた。
すると、サミュエルが真顔になって片手を伸ばしてきた。目を隠されて、ノアはきょとんと瞬く。
「――男を、そんな目で見つめるものじゃないよ。危ないからね」
「えっと……ごめんなさい。何をおっしゃっているのか、よく分からなくて……」
淡い暗闇の中、サミュエルの体温を感じながら、必死に頭を働かせる。
視界が塞がれているというのに、不思議と警戒心は湧かなかった。それだけ、ノアはサミュエルを信頼しているということだろう。
「この危機感のなさ。やっぱり心配になるなぁ……」
手が外されて、再び視界にサミュエルが映る。悩ましげに眉を寄せていた。
何がいけないのかは分からないけれど、サミュエルを困らせるのはノアの本意ではない。改善すべき点があるならば、その理解に努めたい。
でも、さらに問いかけようと開いた口が固まった。
――サミュエルが、握ったままだったノアの手を捧げ持ち、指先に唇で触れている。
ほのかに感じる温もりに、ノアの思考が停止した。
「――ノアには、契約を変えるための協力者になってほしい」
「協力者……?」
婚約よりは納得しやすいけれど、協力者とは何をすればいいのか。
続く混乱に、ノアは少し疲れを感じ始めていた。
151
お気に入りに追加
4,578
あなたにおすすめの小説
【完結】別れ……ますよね?
325号室の住人
BL
☆全3話、完結済
僕の恋人は、テレビドラマに数多く出演する俳優を生業としている。
ある朝、テレビから流れてきたニュースに、僕は恋人との別れを決意した。
悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!
梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!?
【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】
▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。
▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。
▼毎日18時投稿予定
もう人気者とは付き合っていられません
花果唯
BL
僕の恋人は頭も良くて、顔も良くておまけに優しい。
モテるのは当然だ。でも――。
『たまには二人だけで過ごしたい』
そう願うのは、贅沢なのだろうか。
いや、そんな人を好きになった僕の方が間違っていたのだ。
「好きなのは君だ」なんて言葉に縋って耐えてきたけど、それが間違いだったってことに、ようやく気がついた。さようなら。
ちょうど生徒会の補佐をしないかと誘われたし、そっちの方に専念します。
生徒会長が格好いいから見ていて癒やされるし、一石二鳥です。
※ライトBL学園モノ ※2024再公開・改稿中
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
主人公のライバルポジにいるようなので、主人公のカッコ可愛さを特等席で愛でたいと思います。
小鷹けい
BL
以前、なろうサイトさまに途中まであげて、結局書きかけのまま放置していたものになります(アカウントごと削除済み)タイトルさえもうろ覚え。
そのうち続きを書くぞ、の意気込みついでに数話分投稿させていただきます。
先輩×後輩
攻略キャラ×当て馬キャラ
総受けではありません。
嫌われ→からの溺愛。こちらも面倒くさい拗らせ攻めです。
ある日、目が覚めたら大好きだったBLゲームの当て馬キャラになっていた。死んだ覚えはないが、そのキャラクターとして生きてきた期間の記憶もある。
だけど、ここでひとつ問題が……。『おれ』の推し、『僕』が今まで嫌がらせし続けてきた、このゲームの主人公キャラなんだよね……。
え、イジめなきゃダメなの??死ぬほど嫌なんだけど。絶対嫌でしょ……。
でも、主人公が攻略キャラとBLしてるところはなんとしても見たい!!ひっそりと。なんなら近くで見たい!!
……って、なったライバルポジとして生きることになった『おれ(僕)』が、主人公と仲良くしつつ、攻略キャラを巻き込んでひっそり推し活する……みたいな話です。
本来なら当て馬キャラとして冷たくあしらわれ、手酷くフラれるはずの『ハルカ先輩』から、バグなのかなんなのか徐々に距離を詰めてこられて戸惑いまくる当て馬の話。
こちらは、ゆるゆる不定期更新になります。
嫁側男子になんかなりたくない! 絶対に女性のお嫁さんを貰ってみせる!!
棚から現ナマ
BL
リュールが転生した世界は女性が少なく男性同士の結婚が当たりまえ。そのうえ全ての人間には魔力があり、魔力量が少ないと嫁側男子にされてしまう。10歳の誕生日に魔力検査をすると魔力量はレベル3。滅茶苦茶少ない! このままでは嫁側男子にされてしまう。家出してでも嫁側男子になんかなりたくない。それなのにリュールは公爵家の息子だから第2王子のお茶会に婚約者候補として呼ばれてしまう……どうする俺! 魔力量が少ないけど女性と結婚したいと頑張るリュールと、リュールが好きすぎて自分の婚約者にどうしてもしたい第1王子と第2王子のお話。頑張って長編予定。他にも投稿しています。
幽閉王子は最強皇子に包まれる
皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。
表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる