内気な僕は悪役令息に恋をする

asagi

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45.日常は続く

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 ライアンの王太子位返上の報は、貴族に大きな衝撃をもたらした。それは学園内でも同じである。

「やっぱり、あの男爵令息に肩入れしていたからか……」
「それだけで、王太子殿下が地位を返上するか?」
「騒ぎを起こしたことを、重く見たんだろう」

 ライアンの血筋への疑惑は、令息令嬢たちまで広がっておらず、疑問が溢れていた。
 でも、ライアンが王太子位を失った事実は変わらない。多くの令息令嬢が、ライアンに冷ややかな目を向けているようだ。

 ノアは息苦しさを感じる講義室を出て、裏庭を訪れた。ベンチでは、先客の猫がのびのびと寛いでいる。人間の騒動なんて、猫には関係ないのだ。
 猫を撫でて癒されながら、ノアはそっと目を瞑る。

「なんだかなぁ……。もう少し、ライアン殿下は楽に生きられたら良かったのに……」

 三人で話をしていた時の、疲れきった目をしていたライアンの姿が脳裏に浮かぶ。それと同時に、今日廊下を歩いていた時に見た、ライアンの全てを吹っ切ったような晴れやかな表情も思い出された。

 おそらく、王太子という立場から解放されることを、ライアンは真に望んでいたのだろう。貴族たちが勝手に哀れみ、嘲り、楽しんで、ライアンのことを噂しているだけで。

「アシェルさんも、少し落ち込んだ感じだったなぁ」

 現在、行儀見習いとして励んでいるアシェル。ノアがライアンのことを知らせると、アシェルは目を伏せ、何事か考えている様子だった。
 ノアはまだアシェルの思いに踏み込む勇気がない。彼と話すようになって、さほど時間が経っていないし、関係が深まったとは思えないから。

「――ノア」

 不意に呼びかけられて、ノアはハッと顔を上げた。微笑んだサミュエルが近づいてくる。
 ライアンにこの関係を知られたから、サミュエルがまたここに来るか疑問に思っていたけれど。また会えたのが素直に嬉しい。

「サミュエル様。……お疲れですね?」
「おや、そう見えるかい?」

 ベンチに腰を下ろした途端、軽く息をついたのを見ると、疲れているようにしか思えない。

「――まあ、みんな騒がしいからね。私の婚約が解消になったことも理由なんだろうけど」
「……大変そうでしたね」

 ライアンの王太子位返上と同じくらい、サミュエルの婚約解消は大きな衝撃をもたらした。
 サミュエルは多くの令息令嬢に慕われる男性だ。だから、空位となった婚約者の立場になりたい者が、列を為すようなありさまだった。

「私の心情としては、ノアにはもう少し気にしてもらいたかったな」
「え? 十分、心配しているつもりでしたけど……」

 サミュエルが不満そうに目を細め、ノアを横目で睨んだ。冗談めかした反応だったけれど、ノアは少し戸惑う。

 口では軽く言ったものの、ノアは講義室で多くの者に囲まれているサミュエルを見て、ひどく落ち着かない気持ちになっていた。これまでと違い、あからさまに恋情を示す者もいて、その勢いに眉を顰めてもいた。

 そして、なぜか不快感が込み上げてくる自分に戸惑い、裏庭に逃げてきたのだ。ライアンのことだけが、ここに来た理由ではなかった。

「みんな、浮かれすぎだよね。私がそう簡単に誰かと婚約できるわけがないのに」
「……血筋の問題ですね」

 呆れた口調のサミュエルに、ノアは静かに頷く。
 元々、王家に嫁げる血筋として、サミュエルは重要視されていたのだ。婚約が解消になったからといって、簡単に新たな婚約者が定まるわけがない。

「――結局、第二王子殿下が立太子されるようですが、婚約者は変わらずですか?」
「そうだね。隣国との関係上、あちらの王女殿下との婚約を解消するわけにはいかないだろう。つまり四世代に一度、うちから王家に嫁ぐという決まりは達成されないわけで……。私はこの機会に、契約を変えさせるつもりだよ」

 サミュエルが決意に満ちた表情を浮かべる。以前からその望みは聞いていたので、ノアは微笑んで頷いた。
 できれば協力したいけれど、自分に何かができるとも思えない。でも、応援することくらいは許されるはずだ。

「僕ができることがあれば、ぜひおっしゃってくださいね」
「……言っていいんだね?」

 サミュエルがきらりと瞳を輝かせ、ノアの顔を覗き込んできた。その強い眼差しに圧力を感じて、ノアは僅かに身を仰け反らせる。
 まずいことを言ってしまった気がして、少し不安になった。ただ、サミュエルを応援している意を示そうとしただけなのだけれど。

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