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44.ライアンの決断

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「……俺は、王太子としての地位返上を、陛下に願い出る。このまま生き続けると考えると、もううんざりだ」

 あまりにも重い決断だった。ノアは、この場に自分がいることが、ひどく場違いに思える。
 ライアンの言葉は無責任と言われるかもしれないけれど、既にそうせねばならない状況にあるのだと、示しているようだった。

「そうですか……。残念ですが、それが殿下のお望みのことなのでしたら、グレイ公爵家として応援いたします。さしあたって、王家の直轄領の一部を拝領し、大公になられるということでよろしいですか」
「……やけに提案が早い。もうその方向で手を打っているのではあるまいな」

 つらつらと今後について語るサミュエルに、ライアンが疑わしげな目を向けた。ノアも急展開に驚き、サミュエルを凝視してしまう。

「グレイ公爵家で、殿下のこれまでの行動は重く受け止められておりまして。王妃の噂の件もありますし、殿下が王族として苦しまれているなら、国の中枢から離れていただくのも手ではないかと、話し合われているのですよ」
「本当に手を打っていたか。……だが、俺にとって悪くはないな。お前との距離がとれるという点でも」

 ライアンが憎まれ口を叩く。でも、サミュエルの提案に、どこかホッとした雰囲気だった。
 血筋への疑惑、貴族への不信感。積み重なった悪い状況に、ライアンはそれだけ疲れていたのだろう。

 ノアは少し納得できない結末に思えたけれど、不満を口に出すのは控えた。
 それがライアンにとっての幸せならば、ノアが何かを言うべきではないのだろう。この先の国がどうなるか、貴族の子息としては不安だけれど、サミュエルの口振りでは、問題は生じないようにも思える。

「さすがに王太子ではない殿下との婚約継続はあり得ませんからね。第二王子は隣国の王女と婚約していますし……。私は自由の身になるということですね。契約をどうするか、議論は必要ですが」

 微笑んだサミュエルに、ライアンが呆れたような目を向ける。

「嬉しそうだな。お前も、王家とグレイ公爵家の契約には反対していたから、それも当然か」
「ええ。殿下が協力してくだされば、もっと早く契約の改変が可能だったと思うのですが。私を嫌っているのに、なぜ手を貸してくださらなかったのですか。王太子の地位に拘っていたわけではないのでしょう?」

 サミュエルが首を傾げる。ノアもそれは疑問に思っていた。
 地位を捨てることを躊躇わないならば、気に入らない婚約関係の解消に、積極的に取り組んで当然だったと思う。

 サミュエルとノアの視線を受けて、ライアンはフッと皮肉そうに嗤った。

「――お前への嫌がらせだ」

 予想外の言葉にノアは呆然と目を見開いた。まさかライアン自身の望みに反してまで、サミュエルへの嫌がらせを考えていたとは。
 サミュエルも呆れたような、それでいて感心したような表情だった。

「……私を嫌い抜く意思の強さは素晴らしいですね。本当に結婚することになっていたら、どうするつもりだったんですか?」
「白い結婚に決まっているだろう。……国の腐った契約にも、お前にも、有効な嫌がらせだ」

 どこまでも今の状況を嫌っていたらしいライアンにとって、王家から離れることは救いなのだと、ノアはようやく納得した。

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