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42.和らぐ予感
しおりを挟むライアンは誤解している。
真っ先にそう思ったけれど、サミュエルの行動だけを考えれば、疑われても仕方ないのだろう。
ノアはどうすればいいか分からず、サミュエルに視線を向けた。
サミュエルは僅かに目を細めてライアンを見つめていたが、ノアの視線に気づいて、安心させるように微笑んだ。
「殿下、私だって一人で静かに過ごしたいこともあるんですよ」
どうやらノアと過ごしていることを、サミュエルは隠すつもりらしい。ノアがライアンから睨まれかねない事態を避けるためだろう。
ノアをいつも気遣ってくれるサミュエルらしい対応だ。
でも、ノアはこのままサミュエルに話を任せて、黙っていてもいいのだろうか。サミュエルの身の潔白を証明できるのは、ノアだけだというのに。
「一人? ……どうだか。お前が人目を避けてどこかへ行く姿は、貴族どもに目撃されていたぞ。ご丁寧に、俺に報告してくる奴がいたからな。一人になりたいなら、周りにそう言えば済むことだろう」
報告してきた者すら馬鹿にしたように、ライアンが吐き捨てる。
「殿下がどうお考えでしょうと、私に疚しいことはありませんよ」
「ふん、口ではどうとでも言えるな」
二人の話はこのままでは平行線を辿るだろう。ただでさえ良い関係とは言えないのに、亀裂が深まるのは駄目だと思う。
ノアはサミュエルを見つめた。
ライアンに揺るがない表情を向けていることから、サミュエルがノアとの関係を口に出さないつもりなのは明白だ。
「……殿下、それについては僕からご報告がございます」
ノアは堪らず口を挟む。
サミュエルが驚いた様子でノアを振り向いた。ライアンも虚を突かれたように目を見開いている。
「ランドロフ侯爵令息? これはサミュエルの話であって、貴殿の意見を必要とすることでは――」
「放課後に、サミュエル様と話していたのが僕だとしても、ですか?」
失礼だと分かっていたけれど、ノアはライアンの言葉を遮るように言葉を続けた。
ライアンの目が疑わしげに細められる。ノアとサミュエルの間で視線が揺れた。ノアの言葉の真偽を図りかねているのだろう。
「……つまり、貴殿とサミュエルが不義を犯していた、と?」
「いいえ。それは違います……!」
ノアは慌てて否定した。その疑いを晴らすために、サミュエルの意思に反して口を開いたのに、誤解が確信に変わってしまったら、元も子もない。
サミュエルがため息をついたのが、ノアの視界の端に映った。
「ただ友人として話していただけですよ。殿下もご存知の通り、ノア殿は穏やかで謙虚な方なので、気が休まるんです」
「……そうか。確かに、ランドロフ侯爵令息と過ごすとなれば、お前がそれを周囲に言わなかった理由は分かるが……」
サミュエルの言葉に、ライアンが理解を示す。でも、疑いが完全に晴れたわけではないようで、言葉尻に不信感が漂っていた。
「あの……僕たちが過ごしていたところは、監視カメラがあり、騎士の巡回ルートにもなっています。お疑いでしたらご確認ください。不義と言われるようなことは、一切ございません」
ノアが断言すると、ライアンはゆっくりと瞬いた。その後、大きくため息をつき、ノアたちから目を逸らす。
「……そうか。ランドロフ侯爵令息を信用しよう。サミュエル、疑いをかけて悪かった」
ライアンが嫌そうにしながらも謝った。それがよほど珍しいことだったのか、サミュエルがライアンを凝視する。ライアンが偽物ではないかと、疑っているように見えた。
「……ご理解いただけたのでしたら、謝られるほどのことではありません。幸い、ここは人目がないので」
「ふん、気をつけるんだな。不義となる関係でなくとも、ランドロフ侯爵令息と密会しているとなれば、さすがのお前でも誹りを受けるだろう」
「承知しておりますとも。それでも、ノア殿と過ごすことのやすらぎを優先しただけです」
穏やかに微笑むサミュエルを、ライアンがじろりと睨んだ。でも、これまでのトゲトゲしい様子とは少し違う気がする。僅かに気安さが漂っているようだった。
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