上 下
42 / 277

42.和らぐ予感

しおりを挟む

 ライアンは誤解している。
 真っ先にそう思ったけれど、サミュエルの行動だけを考えれば、疑われても仕方ないのだろう。

 ノアはどうすればいいか分からず、サミュエルに視線を向けた。
 サミュエルは僅かに目を細めてライアンを見つめていたが、ノアの視線に気づいて、安心させるように微笑んだ。

「殿下、私だって一人で静かに過ごしたいこともあるんですよ」

 どうやらノアと過ごしていることを、サミュエルは隠すつもりらしい。ノアがライアンから睨まれかねない事態を避けるためだろう。
 ノアをいつも気遣ってくれるサミュエルらしい対応だ。

 でも、ノアはこのままサミュエルに話を任せて、黙っていてもいいのだろうか。サミュエルの身の潔白を証明できるのは、ノアだけだというのに。

「一人? ……どうだか。お前が人目を避けてどこかへ行く姿は、貴族どもに目撃されていたぞ。ご丁寧に、俺に報告してくる奴がいたからな。一人になりたいなら、周りにそう言えば済むことだろう」

 報告してきた者すら馬鹿にしたように、ライアンが吐き捨てる。

「殿下がどうお考えでしょうと、私に疚しいことはありませんよ」
「ふん、口ではどうとでも言えるな」

 二人の話はこのままでは平行線を辿るだろう。ただでさえ良い関係とは言えないのに、亀裂が深まるのは駄目だと思う。

 ノアはサミュエルを見つめた。
 ライアンに揺るがない表情を向けていることから、サミュエルがノアとの関係を口に出さないつもりなのは明白だ。

「……殿下、それについては僕からご報告がございます」

 ノアは堪らず口を挟む。
 サミュエルが驚いた様子でノアを振り向いた。ライアンも虚を突かれたように目を見開いている。

「ランドロフ侯爵令息? これはサミュエルの話であって、貴殿の意見を必要とすることでは――」
「放課後に、サミュエル様と話していたのが僕だとしても、ですか?」

 失礼だと分かっていたけれど、ノアはライアンの言葉を遮るように言葉を続けた。
 ライアンの目が疑わしげに細められる。ノアとサミュエルの間で視線が揺れた。ノアの言葉の真偽を図りかねているのだろう。

「……つまり、貴殿とサミュエルが不義を犯していた、と?」
「いいえ。それは違います……!」

 ノアは慌てて否定した。その疑いを晴らすために、サミュエルの意思に反して口を開いたのに、誤解が確信に変わってしまったら、元も子もない。
 サミュエルがため息をついたのが、ノアの視界の端に映った。

「ただ友人として話していただけですよ。殿下もご存知の通り、ノア殿は穏やかで謙虚な方なので、気が休まるんです」
「……そうか。確かに、ランドロフ侯爵令息と過ごすとなれば、お前がそれを周囲に言わなかった理由は分かるが……」

 サミュエルの言葉に、ライアンが理解を示す。でも、疑いが完全に晴れたわけではないようで、言葉尻に不信感が漂っていた。

「あの……僕たちが過ごしていたところは、監視カメラがあり、騎士の巡回ルートにもなっています。お疑いでしたらご確認ください。不義と言われるようなことは、一切ございません」

 ノアが断言すると、ライアンはゆっくりと瞬いた。その後、大きくため息をつき、ノアたちから目を逸らす。

「……そうか。ランドロフ侯爵令息を信用しよう。サミュエル、疑いをかけて悪かった」

 ライアンが嫌そうにしながらも謝った。それがよほど珍しいことだったのか、サミュエルがライアンを凝視する。ライアンが偽物ではないかと、疑っているように見えた。

「……ご理解いただけたのでしたら、謝られるほどのことではありません。幸い、ここは人目がないので」
「ふん、気をつけるんだな。不義となる関係でなくとも、ランドロフ侯爵令息と密会しているとなれば、さすがのお前でも誹りを受けるだろう」
「承知しておりますとも。それでも、ノア殿と過ごすことのやすらぎを優先しただけです」

 穏やかに微笑むサミュエルを、ライアンがじろりと睨んだ。でも、これまでのトゲトゲしい様子とは少し違う気がする。僅かに気安さが漂っているようだった。

しおりを挟む
感想 141

あなたにおすすめの小説

妹を侮辱した馬鹿の兄を嫁に貰います

ひづき
BL
妹のべルティシアが馬鹿王子ラグナルに婚約破棄を言い渡された。 フェルベードが怒りを露わにすると、馬鹿王子の兄アンセルが命を持って償うと言う。 「よし。お前が俺に嫁げ」

キスから始まる主従契約

毒島らいおん
BL
異世界に召喚された挙げ句に、間違いだったと言われて見捨てられた葵。そんな葵を助けてくれたのは、美貌の公爵ローレルだった。 ローレルの優しげな雰囲気に葵は惹かれる。しかも向こうからキスをしてきて葵は有頂天になるが、それは魔法で主従契約を結ぶためだった。 しかも週に1回キスをしないと死んでしまう、とんでもないもので――。 ◯ それでもなんとか彼に好かれようとがんばる葵と、実は腹黒いうえに秘密を抱えているローレルが、過去やら危機やらを乗り越えて、最後には最高の伴侶なるお話。 (全48話・毎日12時に更新)

幽閉王子は最強皇子に包まれる

皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。 表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。

結婚式当日に「ちょっと待った」されたので、転生特典(執事)と旅に出たい

オオトリ
BL
とある教会で、今日一組の若い男女が結婚式を挙げようとしていた。 今、まさに新郎新婦が手を取り合おうとしたその時――― 「ちょっと待ったー!」 乱入者の声が響き渡った。 これは、とある事情で異世界転生した主人公が、結婚式当日に「ちょっと待った」されたので、 白米を求めて 俺TUEEEEせずに、執事TUEEEEな旅に出たい そんなお話 ※主人公は当初女性と婚約しています(タイトルの通り) ※主人公ではない部分で、男女の恋愛がお話に絡んでくることがあります ※BLは読むことも初心者の作者の初作品なので、タグ付けなど必要があれば教えてください ※完結しておりますが、今後番外編及び小話、続編をいずれ追加して参りたいと思っています ※小説家になろうさんでも同時公開中

転生悪役令息、雌落ち回避で溺愛地獄!?義兄がラスボスです!

めがねあざらし
BL
人気BLゲーム『ノエル』の悪役令息リアムに転生した俺。 ゲームの中では「雌落ちエンド」しか用意されていない絶望的な未来が待っている。 兄の過剰な溺愛をかわしながらフラグを回避しようと奮闘する俺だが、いつしか兄の目に奇妙な影が──。 義兄の溺愛が執着へと変わり、ついには「ラスボス化」!? このままじゃゲームオーバー確定!?俺は義兄を救い、ハッピーエンドを迎えられるのか……。 ※タイトル変更(2024/11/27)

嫁側男子になんかなりたくない! 絶対に女性のお嫁さんを貰ってみせる!!

棚から現ナマ
BL
リュールが転生した世界は女性が少なく男性同士の結婚が当たりまえ。そのうえ全ての人間には魔力があり、魔力量が少ないと嫁側男子にされてしまう。10歳の誕生日に魔力検査をすると魔力量はレベル3。滅茶苦茶少ない! このままでは嫁側男子にされてしまう。家出してでも嫁側男子になんかなりたくない。それなのにリュールは公爵家の息子だから第2王子のお茶会に婚約者候補として呼ばれてしまう……どうする俺! 魔力量が少ないけど女性と結婚したいと頑張るリュールと、リュールが好きすぎて自分の婚約者にどうしてもしたい第1王子と第2王子のお話。頑張って長編予定。他にも投稿しています。

もう人気者とは付き合っていられません

花果唯
BL
僕の恋人は頭も良くて、顔も良くておまけに優しい。 モテるのは当然だ。でも――。 『たまには二人だけで過ごしたい』 そう願うのは、贅沢なのだろうか。 いや、そんな人を好きになった僕の方が間違っていたのだ。 「好きなのは君だ」なんて言葉に縋って耐えてきたけど、それが間違いだったってことに、ようやく気がついた。さようなら。 ちょうど生徒会の補佐をしないかと誘われたし、そっちの方に専念します。 生徒会長が格好いいから見ていて癒やされるし、一石二鳥です。 ※ライトBL学園モノ ※2024再公開・改稿中

【完結】伴侶がいるので、溺愛ご遠慮いたします

  *  
BL
3歳のノィユが、カビの生えてないご飯を求めて結ばれることになったのは、北の最果ての領主のおじいちゃん……え、おじいちゃん……!? しあわせの絶頂にいるのを知らない王子たちが吃驚して憐れんで溺愛してくれそうなのですが、結構です! めちゃくちゃかっこよくて可愛い伴侶がいますので! 本編完結しました! 時々おまけを更新しています。

処理中です...