内気な僕は悪役令息に恋をする

asagi

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41.疑惑の眼差し

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「――まさか、お前も前世の記憶があるのか……!?」

 ライアンが疑い深い眼差しをサミュエルに向ける。
 それに対し、サミュエルは肩を軽くすくめた。サミュエルがこの質問をされるのは何度目だろうか。その質問者の一人であるノアは、僅かに苦笑する。

「いいえ。ただ、前世の記憶を持って生まれた人がいることを知っているだけですよ」
「そうか……。もしそうならば、お前が俺の記憶と異なっている理由も分かると思ったんだがな……」

 ライアンが目を伏せる。前髪を乱雑に掻き上げたかと思うと、深いため息をついて背凭れに身を預けた。
 ひどく疲れた雰囲気だ。これまでの苛立ちも動揺も、全ての感情を削ぎ落としたように、空虚感のある眼差しをテーブルに向けている。

「そのようにおっしゃられたということは、殿下は転生者だと解釈してよろしいですね?」
「ああ、それでいい。……それにしても、悪役令息がその知識を持っているとは、そもそもシナリオが破綻しているじゃないか……。お前にその知識を教えたのは誰だ?」
「お答えいたしかねます」

 ライアンがサミュエルをじろりと睨む。そのままノアにも視線が流れて、不思議そうな表情になった。

「……ランドロフ侯爵令息も転生者を知っていたのか」

 驚いた表情を出さなかったノアを見れば、ライアンの疑問は当然だった。
 ノアはなんと答えるべきか迷うも、正直に答えることにする。

「アシェルさんからお聞きしました」
「アシェルだと……!? まさか、アシェルも俺と同じだったのか……」
「ええ。グラシャ男爵家から解放されたい一心で、シナリオに則って行動されていたようです」
「……そうか。つまり、アシェルはあのBLゲームを知っていて、俺に合わせていたのか……」

 ライアンが複雑そうに呟きながら顔を俯けた。
 双方が互いを利用していたようなものだから、ライアンが落ち込んだ様子になるのも当然だろう。

「殿下はシナリオ通りに行動して、どうしたかったのですか? アシェル殿は家からの解放を望んでいたようですが、殿下の行動がいまいち理解できません。殿下ならば、自分の行動がもたらす結果を、十分に理解していたでしょう?」

 真剣な表情で、サミュエルが核心に切り込んだ。
 ライアンが嫌そうに顔を歪める。ハッと自嘲気味に嗤うと、窓の外へと視線を向けた。

「……お前だって、もともと俺の立場が危ういことは知っているだろう。今さら、貴族どもに嫌われようと、どうでも良かった」
「王太子としての地位に未練はない、ということですか……」
「やれと言われればやる。だが、貴族どもに嘲笑われながら務めを果たすと考えると、虫酸が走る」

 強烈な貴族嫌いを表す言葉に、ノアは密かに息を飲んだ。ライアンがここまで思っているとは考えていなかった。

「――どうせ貶されるなら、立場を失うくらい徹底的にやった方がいいだろう? それでも俺を王として戴こうと思うなら、それだけ貴族が愚かだというだけだ」

 ライアンは自分の行動に右往左往する貴族を嘲っていたのか。それによって、自分の自尊心をなんとか保たせていたように、ノアには感じられた。

「その捨て身の行動に、私を巻き込まないでいただきたかったですね……」

 サミュエルが呆れたように呟くと、ライアンは愉快そうに笑った。サミュエルが疲れた様子なのを喜んでいるらしい。どれだけサミュエルのことが嫌いなのだろう。

「ハハッ……いい気味だ。お前もたまには苦労するといい」
「殿下が思っているほど、私は順風満帆で不満なく生きているわけではないですよ」

 僅かに刺のある口調で言うサミュエルに、ライアンが片眉を上げた。じろじろとサミュエルを眺めたかと思うと、不快そうに目を逸らす。

「……よく言う。俺の悪評の陰で、お前は上手いことやっていたんだろう? 俺が知らないとでも思ったか」
「なんの話ですか」

 急な話題の転換に、サミュエルが首を傾げた。ノアも戸惑い、二人の顔を見比べる。

「――放課後の空白時間。お前は最近よく、家に帰る前にどこかへ消えるそうじゃないか。どこの令息令嬢を誑し込んでいたんだ? 俺とアシェルのことを注意できる立場じゃないだろう」

 ノアは思わず息を飲んで、顔を顰めたライアンを凝視した。
 
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