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38.ノアが知らない話

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 ライアンの後に続いて廊下を歩く間、あまりにも驚愕の眼差しを向けられ、ノアは少々辟易していた。ノアがライアンと一緒にいることが珍しいのは確かだけれど、反応が大袈裟すぎる。
 だから、職員棟に近づくにつれ、ひと気がなくなっていったことに、ノアはホッと息をついた。無遠慮な視線にさらされ続けるのはつらい。

「……ランドロフ侯爵令息」
「は、はい……」

 不意に話しかけられて、ノアは思わず吃ってしまった。サミュエルやアシェルと話すのは慣れたとはいえ、話下手なノアがライアンにも同じように話せるわけがない。

 何を言われるのかと、飛び出そうなくらい激しく主張する心臓を意識しながら、失礼にならない程度にライアンを見上げる。
 ……サミュエルの傍にいる時も思うけれど、ライアンも背が高くて視線を合わせにくい。そのせいで少し上目遣いになってしまう。

「……貴殿の取り巻き、というか信奉者たちを、後で宥めておいてくれるか。俺は、貴殿のことに関して、貴族を敵に回すつもりはないんだ」
「取り巻き……信奉者……?」

 気まずそうに放たれたライアンの言葉に、ノアはきょとんと瞬き首を傾げる。全く心当たりがなかった。
 ノアは一日中、他の令息令嬢と挨拶以外の言葉を交わさないくらい、一人でいることが多い。つまり、取り巻きなんていない。

「まさか……知らないのか?」

 ノアの反応は、ライアンを困惑させてしまったらしい。頭が痛そうに額を指先で押さえ、廊下の先を見据えている。

「――いや、確かに、ランドロフ侯爵令息と話したという者の話はあまり聞かないが……。これでは、あいつらを抑えてもらうのは無理か? 失敗した……」

 なんだかとても悔やんでいる口調だ。よく分からないけれど、申し訳ない気がしてくる。

「あの……殿下に優しくしていただきました、と誰かに話せばいいのですか?」
「それはむしろ誤解が生まれるからやめてくれ……!」

 食い気味で拒否され、ノアも困ってしまう。ライアンの思いを汲んで提案したつもりだったのだけれど。

「――いや、普通なら、その言葉を深読みすることはないのだろうが、ランドロフ侯爵令息だからな……。過激派が……」

 ノアの戸惑いに気づき、フォローするように言葉を続けたライアンが、遠くを見つめて疲労に満ちた息をつく。
 また、ノアが知らない言葉が聞こえた。過激派とはなんだろうか。少し恐ろしく感じるけれど。

「それでは、どうすればよろしいのですか……?」
「……あそこで、貴殿に声を掛けた時点で覚悟はしていたんだ。俺の悪評も今更だろう。気にしないでくれ」

 諦観に満ちた声で言われても、気にしないでいることなんて難しいと思う。ノアは暫く考えた末に、言葉を続けようとして、不意に視界に入った姿に息を飲んだ。
 サミュエルが応接室の扉近くで佇んでいた。既に職員棟に入っていたことに、ノアは今更ながら気づく。

「――サミュエル」
「殿下。私に何か御用で――」

 冷えた硬い声音の殿下に応じてサミュエルが視線を動かす。滑らかに零れ落ちた言葉が不自然に止まった。ぱちりとノアとサミュエルの視線が合う。

「……何故、ランドロフ侯爵令息がここに?」

 今までに聞いたこともないほど不機嫌な声で放たれた問いに、その声を向けられたわけではないノアの方が、思わずびくりと体を震わせた。

「…………まさか、お前も、過激派か?」

 ライアンが心底嫌そうに呟いた。

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