内気な僕は悪役令息に恋をする

asagi

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37.問題の来訪

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 午前中の講義の時間は、少し落ち着かない雰囲気ながらもつつがなく進んだ。途中、社交の時間としてお茶会があったけれど、ノアはいつものように微笑み、周囲の話に聞き入っているように装うことで、アシェルについての話題を避けることができた。
 普段はもう少し話しかけてもらいたいと思っているのに、今日ばかりは皆の対応に安堵する。相変わらず、何故そこまで気遣われているかは分からないけれど。

「――殿下がこちらに向かっているらしいですよ」

 その言葉に、ノアは息を飲んで声の主に視線を向けた。よくサミュエルを囲んでいる伯爵令息だ。
 今はちょうど午前の講義を終えたところ。しばしの休息時間にざわめきが溢れようとしていた講義室内に沈黙が落ちる。伯爵令息の言葉が意味することを、この場の誰もが分かっていた。

 多くの者が視線を向けたのはサミュエルだ。伯爵令息の報告に、サミュエルは僅かに眉を寄せて思案気にしている。再び、以前の廊下での出来事が繰り返されてしまうことを危惧しているのだろう。

 ノアも不安だ。それによってサミュエルが傷つけられることはもちろんだが、ライアンが取り返しのつかない失態を犯し、さらに悪意の的になる可能性があることを考えると、なんとかしたいと思う。これ以上、ライアンと貴族の間に亀裂が入るような事態は避けたかった。

「……ああ、そうだ。私は職員棟に用事があってね。少し出てくるから、私を訪ねてくる方がいたらそう伝えておいてほしい」

 ライアンについて触れず、それだけ告げたサミュエルの意図を誰もが汲む。サミュエルはライアンと話す場に、ひと気のないところを選んだということだ。誰もそれを邪魔しないようにという言外の要求に、周りの令息令嬢が頷く。

 身を翻し、講義室から出ていくサミュエルを見て、ノアは暫し迷う。
 サミュエルは婚約者としてライアンと話をするはずだ。そこにノアが干渉していいはずがない。それでも、ノアはサミュエルが心配だった。

「――こっそり聞きに行ってみるか?」
「おやめなさい、はしたないですわ」

 面白がったように友人に提案している伯爵令息を、侯爵令嬢がすかさず咎めた。
 その言葉が、ノアに向かって言われたように感じられて、様子を窺いに行こうかと迷ったことを恥じる。もちろん、ノアは面白がりたいわけではないけれど、傍から見れば同じように思えるだろう。

「――サミュエルはどこだ」

 ざわめきと共に、ライアンの声が響いた。冷たい眼差しが講義室内を一巡し、訝しげに眉が顰められる。
 ライアンに尋ねられたのは子爵令息で、かしこまった口調で「職員棟に行かれました」と答える。

「そうか……」

 片眉を上げ、不快そうに目を眇めたライアンが、身を翻そうとして動きを止めた。その瞬間、ノアの呼吸が一瞬止まる。ライアンの眼差しがノアに向けられたことに気づいたのだ。
 緊張感のある沈黙が落ちた。講義室内の者たちの視線がライアンとノアに集中している。

「――あー……、久しいな、ランドロフ侯爵令息」

 何か覚悟を決めた様子のライアンに話しかけられて、ノアは震える手をなんとか隠しながら立ち上がった。作法通りに礼をとる。

「……お久しぶりでございます、ライアン殿下」

 以前挨拶したのがいつだったか、覚えていないくらい昔だ。何故今こうして話しかけられたのかと考えると、答えは一つしかないだろう。ライアンはアシェルについてノアと話をしたいのだ。

「……少し、貴殿に聞きたいことがある。時間をもらってもよいか」
「殿下の思し召しであれば、もちろんでございます」
「ありがとう。……誓って、貴殿を不快にさせるつもりはない」

 付け加えられたライアンの言葉は、ノアに対してというよりも、この会話を聞いている周囲の者たちへ放たれたものに感じられた。
 そっと周りを窺うと、不機嫌そうにライアンを睨んでいる者や扇子で顔を隠しながら眉を顰めている者など、ライアンに好意的でない反応が多い。取り繕われた穏やかさが消え、一気に負の感情に傾いていた。

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