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29.情報の擦り合わせ
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アシェルが落ち着いたところで話が始まった。口火を切ったのはサミュエルだ。
「まず、私が知っている話と、君の記憶に相違がないか確認したい」
「サミュエル、様、の傍には、僕と同じ転生者がいるんですね……。その人の名前とか――」
「悪いけど、それは今のところ話せない」
「そうですか……」
少し不満そうに黙るアシェル。
もう一人の転生者の話についてはノアも気になっていたけれど、サミュエルが話す気がないのは察していた。おそらくそれなりの地位にある人だと思う。
「君の話を聞いてから、その人にも話を聞き直したんだけどね。BLゲームという世界において、恋の相手になるのは、ライアン殿下、リカルド侯爵家マシュー殿、トラドール伯爵家リオン殿……そして、ランドロフ侯爵家のノア。この四人でいいかい?」
ノアの名を言う時だけ、サミュエルの眉間に僅かに皺が寄った。その理由が分からなくて尋ねようとしたけれど、それより先にアシェルが話し始める。
「もう一人、隠しルートとなる人がいるはずです。僕は知らないんですけど……その人は何も言ってないんですか?」
「隠しルート、ね……。聞いていないけど、そもそも彼が知らなかったのか、それとも故意に誤魔化したのか……?」
考え込むサミュエルを見ながら、ノアは頭の中で情報を整理した。
アシェルがBLゲームのシナリオにそって行動して現状になっているのは確かだけれど、ここまでその情報を気にする必要があるのだろうか。
「……アシェルさんが、その隠しルートとなる人に関わっていないのでしたら、今は考える必要はないのではありませんか?」
「まぁ……そうだね。とりあえず置いておこう」
サミュエルが肩をすくめる。やけに隠しルートというのに拘っているようだ。
それでも時間は有限。こうしてサミュエルを交えて三人で話す機会は、そう多くとれないのだから、さっさと話を進めなければ。
「――それで、君は、家から解放されるために、シナリオにそって行動することにした。正確に言うと、ライアン殿下、マシュー殿、リオン殿に言い寄った、ということかな」
「言い寄ったって……。わりと向こうの方から近づいて来たんですけど?」
「おや、失礼。君の気分を害すつもりはなかったよ」
アシェルが不機嫌そうにサミュエルを睨む。部外者から見るとサミュエルが言った通りの状況だったはずだけれど、アシェルに言わせれば全く違うらしい。
「そもそも、このBLゲームって、攻略対象の悩みを聞いて癒していくことで恋が実るってストーリーなんですよ。つまり、みんな何かコンプレックスを持っているっていうこと。僕はイベント通りにライアンたちが悩みを打ち明けてくるのを聞いて、慰めていただけです」
「……へぇ、悩み。それは聞いていなかったな。それで、それぞれどんな悩みを抱えているんだい?」
足を組み、頬杖をついたサミュエルが、興味深そうな口ぶりでアシェルに話を促す。ノアはそれを止めようとして、サミュエルの視線を受けて口籠もった。
人の悩みなどを、こうして他人の口から聞くのはあまりいいことではないと思う。アシェルの話をサミュエルにしてしまったノアが言えることでもないけれど。
「ライアンは、優秀な婚約者にコンプレックスがあるんですよ。サミュエルの方が人に好かれるから。サミュエルに追従している貴族たちに不信感もある。そもそも、生まれながらに決められた婚約に納得してなくて。でも、王太子である以上、覆すわけにもいかず、苛立っているんですね」
アシェルはゲームの話になると、普段以上に滑らかに話す。それだけそのゲームを好んでいたのだろう。
これが、ただ笑って済まされる話なら、ノアは穏やかに受け止められた。でも、国の中でも王の次に重要な立場の王太子の話であることを考えると、ノアの顔は引き攣ってしまう。
この中では最もライアンに近く、その悩みにも関わっているだろうサミュエルは、どこかつまらなそうな表情だった。
「……なんだ、聞くまでもない悩みだったな。もっと、国政のこととか考えているのかと思っていたけど」
「サミュエル様……人の悩みをそのようにおっしゃられるのは、不謹慎ですよ」
ノアもサミュエルがライアンのその悩みを把握しているのは知っていた。それでも、面倒くさそうに片づけていい話ではないだろう。
サミュエルは少し罰が悪そうに視線を逸らす。
「……そうだね。つい」
「そういうとこ! そういうとこなんですよ!」
「アシェルさん……?」
不意に声を大きくして身を乗り出したアシェルが、サミュエルに指を突き付ける。その無作法な仕草に、ノアは驚き戸惑いながら、そっと手を伸ばした。貴族という立場だろうとなかろうと、人を指さすのは無作法だ。
大人しくノアに従って手を膝に戻したアシェルは、それでも嫌そうな顔でサミュエルを睨むのをやめない。
「そういうところ、というのはどういうことかな?」
「そのすかした感じが、ライアンに嫌われてるんですよ!」
「アシェルさん、その言い方は失礼ですよ」
さすがにノアが咎めると、頬を膨らませたアシェルはプイッと顔を背けた。拗ねてしまったらしい。
ノアは困ってサミュエルに視線を向ける。幸いに、サミュエルは機嫌を悪くした様子はなく、むしろ興味深そうにアシェルを眺めていた。
「まず、私が知っている話と、君の記憶に相違がないか確認したい」
「サミュエル、様、の傍には、僕と同じ転生者がいるんですね……。その人の名前とか――」
「悪いけど、それは今のところ話せない」
「そうですか……」
少し不満そうに黙るアシェル。
もう一人の転生者の話についてはノアも気になっていたけれど、サミュエルが話す気がないのは察していた。おそらくそれなりの地位にある人だと思う。
「君の話を聞いてから、その人にも話を聞き直したんだけどね。BLゲームという世界において、恋の相手になるのは、ライアン殿下、リカルド侯爵家マシュー殿、トラドール伯爵家リオン殿……そして、ランドロフ侯爵家のノア。この四人でいいかい?」
ノアの名を言う時だけ、サミュエルの眉間に僅かに皺が寄った。その理由が分からなくて尋ねようとしたけれど、それより先にアシェルが話し始める。
「もう一人、隠しルートとなる人がいるはずです。僕は知らないんですけど……その人は何も言ってないんですか?」
「隠しルート、ね……。聞いていないけど、そもそも彼が知らなかったのか、それとも故意に誤魔化したのか……?」
考え込むサミュエルを見ながら、ノアは頭の中で情報を整理した。
アシェルがBLゲームのシナリオにそって行動して現状になっているのは確かだけれど、ここまでその情報を気にする必要があるのだろうか。
「……アシェルさんが、その隠しルートとなる人に関わっていないのでしたら、今は考える必要はないのではありませんか?」
「まぁ……そうだね。とりあえず置いておこう」
サミュエルが肩をすくめる。やけに隠しルートというのに拘っているようだ。
それでも時間は有限。こうしてサミュエルを交えて三人で話す機会は、そう多くとれないのだから、さっさと話を進めなければ。
「――それで、君は、家から解放されるために、シナリオにそって行動することにした。正確に言うと、ライアン殿下、マシュー殿、リオン殿に言い寄った、ということかな」
「言い寄ったって……。わりと向こうの方から近づいて来たんですけど?」
「おや、失礼。君の気分を害すつもりはなかったよ」
アシェルが不機嫌そうにサミュエルを睨む。部外者から見るとサミュエルが言った通りの状況だったはずだけれど、アシェルに言わせれば全く違うらしい。
「そもそも、このBLゲームって、攻略対象の悩みを聞いて癒していくことで恋が実るってストーリーなんですよ。つまり、みんな何かコンプレックスを持っているっていうこと。僕はイベント通りにライアンたちが悩みを打ち明けてくるのを聞いて、慰めていただけです」
「……へぇ、悩み。それは聞いていなかったな。それで、それぞれどんな悩みを抱えているんだい?」
足を組み、頬杖をついたサミュエルが、興味深そうな口ぶりでアシェルに話を促す。ノアはそれを止めようとして、サミュエルの視線を受けて口籠もった。
人の悩みなどを、こうして他人の口から聞くのはあまりいいことではないと思う。アシェルの話をサミュエルにしてしまったノアが言えることでもないけれど。
「ライアンは、優秀な婚約者にコンプレックスがあるんですよ。サミュエルの方が人に好かれるから。サミュエルに追従している貴族たちに不信感もある。そもそも、生まれながらに決められた婚約に納得してなくて。でも、王太子である以上、覆すわけにもいかず、苛立っているんですね」
アシェルはゲームの話になると、普段以上に滑らかに話す。それだけそのゲームを好んでいたのだろう。
これが、ただ笑って済まされる話なら、ノアは穏やかに受け止められた。でも、国の中でも王の次に重要な立場の王太子の話であることを考えると、ノアの顔は引き攣ってしまう。
この中では最もライアンに近く、その悩みにも関わっているだろうサミュエルは、どこかつまらなそうな表情だった。
「……なんだ、聞くまでもない悩みだったな。もっと、国政のこととか考えているのかと思っていたけど」
「サミュエル様……人の悩みをそのようにおっしゃられるのは、不謹慎ですよ」
ノアもサミュエルがライアンのその悩みを把握しているのは知っていた。それでも、面倒くさそうに片づけていい話ではないだろう。
サミュエルは少し罰が悪そうに視線を逸らす。
「……そうだね。つい」
「そういうとこ! そういうとこなんですよ!」
「アシェルさん……?」
不意に声を大きくして身を乗り出したアシェルが、サミュエルに指を突き付ける。その無作法な仕草に、ノアは驚き戸惑いながら、そっと手を伸ばした。貴族という立場だろうとなかろうと、人を指さすのは無作法だ。
大人しくノアに従って手を膝に戻したアシェルは、それでも嫌そうな顔でサミュエルを睨むのをやめない。
「そういうところ、というのはどういうことかな?」
「そのすかした感じが、ライアンに嫌われてるんですよ!」
「アシェルさん、その言い方は失礼ですよ」
さすがにノアが咎めると、頬を膨らませたアシェルはプイッと顔を背けた。拗ねてしまったらしい。
ノアは困ってサミュエルに視線を向ける。幸いに、サミュエルは機嫌を悪くした様子はなく、むしろ興味深そうにアシェルを眺めていた。
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◇長編◇
本編完結
『貧乏子爵令息のオメガは王弟殿下に溺愛されているようです』
本編・続編完結
『雪豹くんは魔王さまに溺愛される』書籍化☆
完結『天翔ける獣の願いごと』
◇短編◇
本編完結『悪役令息になる前に自由に生きることにしました』
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