25 / 277
25.邂逅と誤解
しおりを挟む
廊下を歩いていくアシェルを見送る。今日の話はここまで。人気がない資料室とはいえ、あまり長く二人きりでいると誰かに知られる可能性があるから。
一応、ノアの家への連絡方法は教えたし、学園外で会えるようにしてある。ライアンたちとの関係についてどうするか話さなければならないから、近い内に家に呼ぶつもりだ。
「どうしようかなぁ……」
アシェルから聞いた話を全て理解できたわけではない。そのため、地道に交流を続けようと考えたけれど、果たしてこの問題はノアだけでどうにかできるものだろうか。
考え込みながらも、当初の目的通り図書室に向かう。慣れ親しんだ本とインクの香りに、ホッと頬が緩んだ。
「――ごきげんよう、ランドロフ侯爵令息」
「ごきげんよう、ハミルトン殿」
馴染みの司書に声を掛けられて微笑む。いつもはその挨拶で終わりのはずだけれど、今日は違ったようだ。差し出された本の表紙に目を落とす。
「お好きな詩集が新しく入りましたよ。いかがですか?」
「ありがとうございます……!」
気に入りの作者の詩集だった。限定の部数しか刷らないため、なかなか手に入らないのだ。ノアが嬉しさで顔を綻ばせると、ハミルトンも穏やかに微笑んだ。
「他にも今月は新しく入れた本が多いですよ。ゆっくりご覧ください」
「はい、そうさせてもらいます」
図書室内はさほど人が多くない。静謐な空間をゆっくりと奥まで歩いた。新作の詩集を手に入れられたので、同じ作者の詩集も読み直そうと思ったのだ。
「リンカー……リンカー……」
背表紙に指を滑らせ、作者の本を探す。見つけた本に指を掛けた瞬間、スッと背後から腕が伸びてきて心臓が跳ねた。
「――ノアはリンカーの詩集が好きなのかい?」
「っ、サミュエル様……ごきげんよう……」
振り返ると、サミュエルが翠の目を細めて微笑んでいた。その手にはノアが取ろうとした詩集。
気配を消されて近づかれると心臓に悪い。図書室だからあまり声を出すこともできず、跳ねる心臓のあたりを手で撫でて宥めた。
「ごきげんよう。……随分と講義室からここに来るまで時間がかかったね?」
「え……」
思わずサミュエルの顔を見上げた。なぜそれを知っているのか。まさか、ノアがアシェルと話しているところを見ていたのだろうか。
「ノアが居心地悪そうにして講義室から出ていくのを見て心配になったんだけど……新しい友人ができたのかな?」
これは完全にバレている。一体いつ、どこまで見ていたのか。
なんと答えようか迷い、じっとサミュエルを見上げていたら、困ったように首を傾げられた。
「――いじめているつもりはないんだけど、そう上目遣いに潤んだ目をされると……変な気になるな……」
変な気とはなんだろうか。よく分からないが、見つめるのは良くないということか。
とりあえずアシェルのことを話そうと口を開こうとしたところで、サミュエルの人差し指が唇に添えられる。沈黙を求められて、思わずぱちりと瞬いた。
「ここは少ないながら人がいるからね。詳しい話は放課後、あの場所で聞きたいな。……私が聞くべき話だろう?」
「……はい。僕もご相談したいと思っていました」
確かにアシェルのことについては、サミュエルに大きく関わりのあることだ。元々ノア一人の手には収まらない問題だと思っていたから、サミュエルが話を聞いてくれるなら助かる。
ノアの気持ちに気づいたのか、サミュエルが穏やかに微笑んだ。
「内緒の関係ではないのなら安心したよ。……では、放課後に。これは預かっておくね」
「……え? 内緒の関係……?」
首を傾げる。
去っていくサミュエルの背を見送りながら言葉を反芻して、ハッと気づいた。もしや、アシェルと資料室に籠っていたのを、誤解されていたのではないか、と。
だからどうしたという話なのかもしれないけれど、サミュエルにそのような誤解をされるのはなんとなく嫌だった。これは、放課後にちゃんと説明しなければならない。
「――あ、詩集、持って行かれてしまった……」
人質ならぬ物質? サミュエルの誘いを断るつもりなんて全くなかったけれど。今読みたかった詩集を持ち去られて少し恨めしい気分で、再び本棚に目を向けた。
一応、ノアの家への連絡方法は教えたし、学園外で会えるようにしてある。ライアンたちとの関係についてどうするか話さなければならないから、近い内に家に呼ぶつもりだ。
「どうしようかなぁ……」
アシェルから聞いた話を全て理解できたわけではない。そのため、地道に交流を続けようと考えたけれど、果たしてこの問題はノアだけでどうにかできるものだろうか。
考え込みながらも、当初の目的通り図書室に向かう。慣れ親しんだ本とインクの香りに、ホッと頬が緩んだ。
「――ごきげんよう、ランドロフ侯爵令息」
「ごきげんよう、ハミルトン殿」
馴染みの司書に声を掛けられて微笑む。いつもはその挨拶で終わりのはずだけれど、今日は違ったようだ。差し出された本の表紙に目を落とす。
「お好きな詩集が新しく入りましたよ。いかがですか?」
「ありがとうございます……!」
気に入りの作者の詩集だった。限定の部数しか刷らないため、なかなか手に入らないのだ。ノアが嬉しさで顔を綻ばせると、ハミルトンも穏やかに微笑んだ。
「他にも今月は新しく入れた本が多いですよ。ゆっくりご覧ください」
「はい、そうさせてもらいます」
図書室内はさほど人が多くない。静謐な空間をゆっくりと奥まで歩いた。新作の詩集を手に入れられたので、同じ作者の詩集も読み直そうと思ったのだ。
「リンカー……リンカー……」
背表紙に指を滑らせ、作者の本を探す。見つけた本に指を掛けた瞬間、スッと背後から腕が伸びてきて心臓が跳ねた。
「――ノアはリンカーの詩集が好きなのかい?」
「っ、サミュエル様……ごきげんよう……」
振り返ると、サミュエルが翠の目を細めて微笑んでいた。その手にはノアが取ろうとした詩集。
気配を消されて近づかれると心臓に悪い。図書室だからあまり声を出すこともできず、跳ねる心臓のあたりを手で撫でて宥めた。
「ごきげんよう。……随分と講義室からここに来るまで時間がかかったね?」
「え……」
思わずサミュエルの顔を見上げた。なぜそれを知っているのか。まさか、ノアがアシェルと話しているところを見ていたのだろうか。
「ノアが居心地悪そうにして講義室から出ていくのを見て心配になったんだけど……新しい友人ができたのかな?」
これは完全にバレている。一体いつ、どこまで見ていたのか。
なんと答えようか迷い、じっとサミュエルを見上げていたら、困ったように首を傾げられた。
「――いじめているつもりはないんだけど、そう上目遣いに潤んだ目をされると……変な気になるな……」
変な気とはなんだろうか。よく分からないが、見つめるのは良くないということか。
とりあえずアシェルのことを話そうと口を開こうとしたところで、サミュエルの人差し指が唇に添えられる。沈黙を求められて、思わずぱちりと瞬いた。
「ここは少ないながら人がいるからね。詳しい話は放課後、あの場所で聞きたいな。……私が聞くべき話だろう?」
「……はい。僕もご相談したいと思っていました」
確かにアシェルのことについては、サミュエルに大きく関わりのあることだ。元々ノア一人の手には収まらない問題だと思っていたから、サミュエルが話を聞いてくれるなら助かる。
ノアの気持ちに気づいたのか、サミュエルが穏やかに微笑んだ。
「内緒の関係ではないのなら安心したよ。……では、放課後に。これは預かっておくね」
「……え? 内緒の関係……?」
首を傾げる。
去っていくサミュエルの背を見送りながら言葉を反芻して、ハッと気づいた。もしや、アシェルと資料室に籠っていたのを、誤解されていたのではないか、と。
だからどうしたという話なのかもしれないけれど、サミュエルにそのような誤解をされるのはなんとなく嫌だった。これは、放課後にちゃんと説明しなければならない。
「――あ、詩集、持って行かれてしまった……」
人質ならぬ物質? サミュエルの誘いを断るつもりなんて全くなかったけれど。今読みたかった詩集を持ち去られて少し恨めしい気分で、再び本棚に目を向けた。
191
お気に入りに追加
4,583
あなたにおすすめの小説
妹を侮辱した馬鹿の兄を嫁に貰います
ひづき
BL
妹のべルティシアが馬鹿王子ラグナルに婚約破棄を言い渡された。
フェルベードが怒りを露わにすると、馬鹿王子の兄アンセルが命を持って償うと言う。
「よし。お前が俺に嫁げ」
幽閉王子は最強皇子に包まれる
皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。
表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。
結婚式当日に「ちょっと待った」されたので、転生特典(執事)と旅に出たい
オオトリ
BL
とある教会で、今日一組の若い男女が結婚式を挙げようとしていた。
今、まさに新郎新婦が手を取り合おうとしたその時―――
「ちょっと待ったー!」
乱入者の声が響き渡った。
これは、とある事情で異世界転生した主人公が、結婚式当日に「ちょっと待った」されたので、
白米を求めて 俺TUEEEEせずに、執事TUEEEEな旅に出たい
そんなお話
※主人公は当初女性と婚約しています(タイトルの通り)
※主人公ではない部分で、男女の恋愛がお話に絡んでくることがあります
※BLは読むことも初心者の作者の初作品なので、タグ付けなど必要があれば教えてください
※完結しておりますが、今後番外編及び小話、続編をいずれ追加して参りたいと思っています
※小説家になろうさんでも同時公開中
転生悪役令息、雌落ち回避で溺愛地獄!?義兄がラスボスです!
めがねあざらし
BL
人気BLゲーム『ノエル』の悪役令息リアムに転生した俺。
ゲームの中では「雌落ちエンド」しか用意されていない絶望的な未来が待っている。
兄の過剰な溺愛をかわしながらフラグを回避しようと奮闘する俺だが、いつしか兄の目に奇妙な影が──。
義兄の溺愛が執着へと変わり、ついには「ラスボス化」!?
このままじゃゲームオーバー確定!?俺は義兄を救い、ハッピーエンドを迎えられるのか……。
※タイトル変更(2024/11/27)
嫁側男子になんかなりたくない! 絶対に女性のお嫁さんを貰ってみせる!!
棚から現ナマ
BL
リュールが転生した世界は女性が少なく男性同士の結婚が当たりまえ。そのうえ全ての人間には魔力があり、魔力量が少ないと嫁側男子にされてしまう。10歳の誕生日に魔力検査をすると魔力量はレベル3。滅茶苦茶少ない! このままでは嫁側男子にされてしまう。家出してでも嫁側男子になんかなりたくない。それなのにリュールは公爵家の息子だから第2王子のお茶会に婚約者候補として呼ばれてしまう……どうする俺! 魔力量が少ないけど女性と結婚したいと頑張るリュールと、リュールが好きすぎて自分の婚約者にどうしてもしたい第1王子と第2王子のお話。頑張って長編予定。他にも投稿しています。
もう人気者とは付き合っていられません
花果唯
BL
僕の恋人は頭も良くて、顔も良くておまけに優しい。
モテるのは当然だ。でも――。
『たまには二人だけで過ごしたい』
そう願うのは、贅沢なのだろうか。
いや、そんな人を好きになった僕の方が間違っていたのだ。
「好きなのは君だ」なんて言葉に縋って耐えてきたけど、それが間違いだったってことに、ようやく気がついた。さようなら。
ちょうど生徒会の補佐をしないかと誘われたし、そっちの方に専念します。
生徒会長が格好いいから見ていて癒やされるし、一石二鳥です。
※ライトBL学園モノ ※2024再公開・改稿中
【完結】伴侶がいるので、溺愛ご遠慮いたします
*
BL
3歳のノィユが、カビの生えてないご飯を求めて結ばれることになったのは、北の最果ての領主のおじいちゃん……え、おじいちゃん……!?
しあわせの絶頂にいるのを知らない王子たちが吃驚して憐れんで溺愛してくれそうなのですが、結構です!
めちゃくちゃかっこよくて可愛い伴侶がいますので!
本編完結しました!
時々おまけを更新しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる