内気な僕は悪役令息に恋をする

asagi

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25.邂逅と誤解

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 廊下を歩いていくアシェルを見送る。今日の話はここまで。人気がない資料室とはいえ、あまり長く二人きりでいると誰かに知られる可能性があるから。
 一応、ノアの家への連絡方法は教えたし、学園外で会えるようにしてある。ライアンたちとの関係についてどうするか話さなければならないから、近い内に家に呼ぶつもりだ。

「どうしようかなぁ……」

 アシェルから聞いた話を全て理解できたわけではない。そのため、地道に交流を続けようと考えたけれど、果たしてこの問題はノアだけでどうにかできるものだろうか。
 考え込みながらも、当初の目的通り図書室に向かう。慣れ親しんだ本とインクの香りに、ホッと頬が緩んだ。

「――ごきげんよう、ランドロフ侯爵令息」
「ごきげんよう、ハミルトン殿」

 馴染みの司書に声を掛けられて微笑む。いつもはその挨拶で終わりのはずだけれど、今日は違ったようだ。差し出された本の表紙に目を落とす。

「お好きな詩集が新しく入りましたよ。いかがですか?」
「ありがとうございます……!」

 気に入りの作者の詩集だった。限定の部数しか刷らないため、なかなか手に入らないのだ。ノアが嬉しさで顔を綻ばせると、ハミルトンも穏やかに微笑んだ。

「他にも今月は新しく入れた本が多いですよ。ゆっくりご覧ください」
「はい、そうさせてもらいます」

 図書室内はさほど人が多くない。静謐な空間をゆっくりと奥まで歩いた。新作の詩集を手に入れられたので、同じ作者の詩集も読み直そうと思ったのだ。

「リンカー……リンカー……」

 背表紙に指を滑らせ、作者の本を探す。見つけた本に指を掛けた瞬間、スッと背後から腕が伸びてきて心臓が跳ねた。

「――ノアはリンカーの詩集が好きなのかい?」
「っ、サミュエル様……ごきげんよう……」

 振り返ると、サミュエルが翠の目を細めて微笑んでいた。その手にはノアが取ろうとした詩集。
 気配を消されて近づかれると心臓に悪い。図書室だからあまり声を出すこともできず、跳ねる心臓のあたりを手で撫でて宥めた。

「ごきげんよう。……随分と講義室からここに来るまで時間がかかったね?」
「え……」

 思わずサミュエルの顔を見上げた。なぜそれを知っているのか。まさか、ノアがアシェルと話しているところを見ていたのだろうか。

「ノアが居心地悪そうにして講義室から出ていくのを見て心配になったんだけど……新しい友人ができたのかな?」

 これは完全にバレている。一体いつ、どこまで見ていたのか。
 なんと答えようか迷い、じっとサミュエルを見上げていたら、困ったように首を傾げられた。

「――いじめているつもりはないんだけど、そう上目遣いに潤んだ目をされると……変な気になるな……」

 変な気とはなんだろうか。よく分からないが、見つめるのは良くないということか。
 とりあえずアシェルのことを話そうと口を開こうとしたところで、サミュエルの人差し指が唇に添えられる。沈黙を求められて、思わずぱちりと瞬いた。

「ここは少ないながら人がいるからね。詳しい話は放課後、あの場所で聞きたいな。……私が聞くべき話だろう?」
「……はい。僕もご相談したいと思っていました」

 確かにアシェルのことについては、サミュエルに大きく関わりのあることだ。元々ノア一人の手には収まらない問題だと思っていたから、サミュエルが話を聞いてくれるなら助かる。
 ノアの気持ちに気づいたのか、サミュエルが穏やかに微笑んだ。

「内緒の関係ではないのなら安心したよ。……では、放課後に。これは預かっておくね」
「……え? 内緒の関係……?」

 首を傾げる。
 去っていくサミュエルの背を見送りながら言葉を反芻して、ハッと気づいた。もしや、アシェルと資料室に籠っていたのを、誤解されていたのではないか、と。
 だからどうしたという話なのかもしれないけれど、サミュエルにそのような誤解をされるのはなんとなく嫌だった。これは、放課後にちゃんと説明しなければならない。

「――あ、詩集、持って行かれてしまった……」

 人質ならぬ物質ものじち? サミュエルの誘いを断るつもりなんて全くなかったけれど。今読みたかった詩集を持ち去られて少し恨めしい気分で、再び本棚に目を向けた。

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