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18.無自覚
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微笑みの儚き麗人様。
その呼称の後に続いた話は、なんとなくノアが言ったことに近いと思う。けれど、あまりに合わない呼び名のせいでノアのことを話しているとは思えなかった。
サミュエルが、呆然と固まるノアを見て笑う。ノアは思考を停止させたまま、楽しそうで良かったな、と思った。廊下での出来事で苦しんでいてもおかしくないのだから、サミュエルが笑えるのは喜ばしいことだ。
「ははっ、やはり、そう呼ばれていることを知らなかったんだね?」
「え……もしかして、僕は本当にそう呼ばれているのですか……?」
あまりにも実像にそぐわない呼び名だ。その言葉を認めるのは、自意識過剰だと思われそうで躊躇う。
ノアは曖昧に微笑みを浮かべることは多いけれど、儚げではないし、麗人でもない。そもそも、麗人というのは本来女性に対して使われる言葉だ。儚げというのは、内気で自信がない様子を好意的に表してくれているのだろうか。
「そうだよ。窓辺の麗人なんて呼び方もあったね。よく窓辺で本を読んでいるだろう? 光の差し込み方も相まって、更に美しく見えるから。本当は皆ノアに話しかけたいと思っているけど、ノアの周囲の静けさを邪魔してはいけないって、配慮しているらしいよ」
「……もう、よく分かりません」
理解できない言葉に、ノアは潔く白旗を上げた。どうしても自分が周囲にそんな風に思われているとは考えられなかった。
確かに皆ノアの読書の時間を邪魔しないし、極力話しかけてこないけれど。それはノアに配慮してのことだった? それならば社交の時間でさえも話しかけてこないのは何故なのか。
「ノアは自分に自信を持てないみたいだからね。でも、事実だよ? 話したいけれど、面と向かうと気後れするから、社交の時間であっても話せないと嘆く者が多いんだけどね」
「そんな、ことが……?」
サミュエルには悪いが、信用できない。首を傾げるノアに、サミュエルが肩をすくめた。
「まぁ、それを頭において、周りを観察してみるといいよ。きっと理解できるようになるから」
「……サミュエル様がそう仰るのでしたら、試してみます」
曖昧に頷くノアに、サミュエルが再び笑みを向ける。翠の瞳が煌めいていた。その美しさに目を奪われる。
「それと、礼を言わせてほしい」
「礼?」
「ああ。……廊下での騒ぎ、ノアが瞬時に皆を諌めてくれなければ、更に騒ぎは大きくなっていただろう。アシェルやライアン殿下、側近二人への批判はもちろんのこと……私に対しても非難が高まっていたと思う。本当にありがとう」
真摯な眼差しだった。ノアは不意に泣きたくなる。
サミュエルの助けになればと思った。これ以上、学園の雰囲気が悪くなるのを防ぎたかった。
様々な思いから、奮い立たせた勇気だったけれど、こうしてサミュエルに認めてもらえて嬉しい。役に立てたのだと思えて、心から安堵した。
けれど、サミュエルがそこまで礼を伝えてくる必要はないのだ。だって――。
「サミュエル様。僕があの場で声を出せたのは、サミュエル様のお陰なんですよ」
「え、私? 私が何かしただろうか?」
きょとんと瞬きをして首を傾げるサミュエルを見て微笑む。ノアにとってのサミュエルが、どれ程大きな存在なのか分かっていないようだ。
「……僕には貴族としての務めがある。あの場で僕がすべきことを察し、行動に移せたのは、サミュエル様とこうしてお話させていただけるようになって、自分に少し自信を持てるようになったからなのです。……まだ、ほんの少しの成長ですけど」
語ってしまったことが恥ずかしくなってきて、ノアは俯いた。だから、サミュエルがどんな表情をしていたのかは分からない。
「……そうか。私がノアの助けになれたのか。それは……とても嬉しいよ」
その声音がとても柔らかくて慈しみに満ちていて、ノアの方こそ嬉しさでおかしくなりそうだった。
その呼称の後に続いた話は、なんとなくノアが言ったことに近いと思う。けれど、あまりに合わない呼び名のせいでノアのことを話しているとは思えなかった。
サミュエルが、呆然と固まるノアを見て笑う。ノアは思考を停止させたまま、楽しそうで良かったな、と思った。廊下での出来事で苦しんでいてもおかしくないのだから、サミュエルが笑えるのは喜ばしいことだ。
「ははっ、やはり、そう呼ばれていることを知らなかったんだね?」
「え……もしかして、僕は本当にそう呼ばれているのですか……?」
あまりにも実像にそぐわない呼び名だ。その言葉を認めるのは、自意識過剰だと思われそうで躊躇う。
ノアは曖昧に微笑みを浮かべることは多いけれど、儚げではないし、麗人でもない。そもそも、麗人というのは本来女性に対して使われる言葉だ。儚げというのは、内気で自信がない様子を好意的に表してくれているのだろうか。
「そうだよ。窓辺の麗人なんて呼び方もあったね。よく窓辺で本を読んでいるだろう? 光の差し込み方も相まって、更に美しく見えるから。本当は皆ノアに話しかけたいと思っているけど、ノアの周囲の静けさを邪魔してはいけないって、配慮しているらしいよ」
「……もう、よく分かりません」
理解できない言葉に、ノアは潔く白旗を上げた。どうしても自分が周囲にそんな風に思われているとは考えられなかった。
確かに皆ノアの読書の時間を邪魔しないし、極力話しかけてこないけれど。それはノアに配慮してのことだった? それならば社交の時間でさえも話しかけてこないのは何故なのか。
「ノアは自分に自信を持てないみたいだからね。でも、事実だよ? 話したいけれど、面と向かうと気後れするから、社交の時間であっても話せないと嘆く者が多いんだけどね」
「そんな、ことが……?」
サミュエルには悪いが、信用できない。首を傾げるノアに、サミュエルが肩をすくめた。
「まぁ、それを頭において、周りを観察してみるといいよ。きっと理解できるようになるから」
「……サミュエル様がそう仰るのでしたら、試してみます」
曖昧に頷くノアに、サミュエルが再び笑みを向ける。翠の瞳が煌めいていた。その美しさに目を奪われる。
「それと、礼を言わせてほしい」
「礼?」
「ああ。……廊下での騒ぎ、ノアが瞬時に皆を諌めてくれなければ、更に騒ぎは大きくなっていただろう。アシェルやライアン殿下、側近二人への批判はもちろんのこと……私に対しても非難が高まっていたと思う。本当にありがとう」
真摯な眼差しだった。ノアは不意に泣きたくなる。
サミュエルの助けになればと思った。これ以上、学園の雰囲気が悪くなるのを防ぎたかった。
様々な思いから、奮い立たせた勇気だったけれど、こうしてサミュエルに認めてもらえて嬉しい。役に立てたのだと思えて、心から安堵した。
けれど、サミュエルがそこまで礼を伝えてくる必要はないのだ。だって――。
「サミュエル様。僕があの場で声を出せたのは、サミュエル様のお陰なんですよ」
「え、私? 私が何かしただろうか?」
きょとんと瞬きをして首を傾げるサミュエルを見て微笑む。ノアにとってのサミュエルが、どれ程大きな存在なのか分かっていないようだ。
「……僕には貴族としての務めがある。あの場で僕がすべきことを察し、行動に移せたのは、サミュエル様とこうしてお話させていただけるようになって、自分に少し自信を持てるようになったからなのです。……まだ、ほんの少しの成長ですけど」
語ってしまったことが恥ずかしくなってきて、ノアは俯いた。だから、サミュエルがどんな表情をしていたのかは分からない。
「……そうか。私がノアの助けになれたのか。それは……とても嬉しいよ」
その声音がとても柔らかくて慈しみに満ちていて、ノアの方こそ嬉しさでおかしくなりそうだった。
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