内気な僕は悪役令息に恋をする

asagi

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10.違う見方

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 暫く静かな時間が流れる。ノアは講義室で必死に考えた話題もどこかに忘れ、ただ猫を見つめてサミュエルの反応を待っていた。
 それだけでも、面倒な奴だと思われないか不安になる。

「ノアはさ――」

 不意に聞こえた呼び掛けに、ノアはハッと顔を上げた。穏やかに微笑むサミュエルを見て、ようやく少しだけ肩の力が抜ける。
 どうやらノアの態度に不快さは感じていないようだ。

「見た目通りの繊細さんなんだね。それはノアの良いところだと思うよ」
「え……?」

 予想もしない言葉だった。思わず目を見張って凝視するノアに、サミュエルが気まずそうに頬を掻く。

「ちゃんと話すようになって二度目の私が言うことでもないんだろうけどね。ノアの繊細さはとにかく相手を不快にさせないように、って気遣いから生まれてるんだろう? それは良いことだと思うんだ。私も、ノアと過ごすのは凄く気が休まるしね」
「……そうで、しょうか。サミュエル様がご不快でないなら安心しましたが」

 なんとか滑らかに言葉が出た。それにホッとしながら、サミュエルの言葉を消化する。
 ノアが人と話せないのは、単に内気で自分に自信がないからだと思っていた。今でもその思いは強いけれど、サミュエルの言うように考えても良いのだろうか。人を気遣う故なのだと。

「全く不快に思ったことはないよ。誰しも苦手なことはあるものだからね。ノアが人と話すのを苦手に思っていても、それは咎められることじゃない。……まあ、貴族という立場上、どうにかしなければならない部分もあるけど、無理をする必要はないと思うんだ」
「でも、社交ができないと、貴族としての務めが――」

 無意識に心の内の葛藤を声に出していた。こんなことをサミュエルに言っても仕方ないのに。ノアのことを理解したように、優しい言葉をかけてくれるから、甘えてしまっているのか。

「社交? そんなの得意な人に任せてしまってもいいんだよ。大切なことだけ、忘れないでいたらね」
「大切なこと、ですか?」
「そう――」

 サミュエルの自信に溢れた瞳が、ノアを捉えて柔らかく細められた。思わずノアが見惚れるほど、サミュエルはかっこ良くて魅力的な男性だ。

「貴族は生まれながらに義務を持つ。それは領民の命と生活を守り、国を健全に保つことだ。その他の務めは、その義務を果たすための手段の一つでしかない」
「義務と、手段……」
「社交をしなければ、領民を守れないだろうか? 国は傾くだろうか? ……そんなことはない。領民や国を守る術は、他にいくらでもあるんだから」

 サミュエルの言葉一つ一つに頷く。
 確かに社交は一つの手段でしかない。貴族なら誰もが当たり前にこなしていることだから、ノアもできなければならないと自分を追い詰めていた。周りに合わせる必要はないのに。ノアは自分なりのやり方で、領民と国のことを考えて義務を全うすればいいのだ。両親もそう言っていたではないか。
 そのことに気づいた瞬間、心を占めていた不安が、フッと軽くなったように感じた。

「……ありがとうございます。サミュエル様にそう仰っていただいて、少し安心しました。僕は、僕のままでいてもいいんですね」

 感情そのままに微笑みが溢れていた。いつもの取り繕った曖昧な笑みとは違うだろう。でも、サミュエルにはノアらしさを見せても拒否されない気がする。

「っ……ああ、そのままの君が、素敵だと思うよ」

 なんだかノアの言葉とは少しズレた返事に思えたけれど、憧れの人に『素敵』と言ってもらえたことは素直に嬉しくて。暫く微笑みは止められそうになかった。

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