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8.前触れ
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放課後。浮き立つ心を抑えて、学園の裏庭に足を運ぶ。その途中、ざわめく気配に気づいた。
学園の門に向かう道にライアン王太子の姿があった。その前には転んだと思わしき少年。
手を差し伸べるライアンに、周囲で立ち止まっている者たちから声が漏れる。
「殿下はなんとお優しいんだ」
「紳士的な方よね」
「あの少年、図々しくない?」
「綺麗な子だな」
「ちょっとぶつかっただけに見えたけど、ああも転ぶなんて体幹がなってない」
「彼、編入してきた男爵家の養子よね」
「平民上がりが殿下に触れるなんて」
「――噂通り、礼儀がなってない」
様々に溢れる声を聞いて、ようやくノアも少年のことを思い出した。確か先月編入してきたアシェルという名の少年のはず。平民の母親がグラシャ男爵と再婚したことにより、養子として貴族界に迎え入れられたのだ。
アシェルはこれまで平民として過ごしてきたのだから、当然貴族特有の礼儀や常識を身につけておらず、度々噂話で批判されていたのを、ノアはなんとなく聞いたことがあった。
その時は、もう少し家で学んでから編入すれば良かったのにと、グラシャ男爵の常識の方を疑ったけれど。子の教育ができていないというのは、本人以上に親の恥と考えられるのが貴族だ。
ひと月ほど経っているのに、振る舞いに貴族らしさの欠片もないのを見るに、本人の資質も苦笑もののようだけど。内気で未だに社交に慣れないノアが指摘できることでもない。
「――怪我はなかったか?」
「はい……! 手を貸してくれて、ありがとうございます……!」
観察を終えて歩き出したノアの耳に、ライアンとアシェルの会話が届く。ライアンが身分に関係なく優しく振る舞うのは良いことだけど、アシェルの話し方に苦笑が漏れた。敬語も使えないとは、場所が場所なら即追い出されてしまうだろう。
「殿下はどうしてあんな子に……」
「平民って敬語もできないの?」
「ちょっと近すぎないか?」
「馴れ馴れしい」
巻き起こる批判。ちらりと振り返ると、何故か手を握って見つめ合う二人の姿があった。貴族の令息令嬢が眉を顰めて批判するのも当然の距離感だ。
「――こんなところ、グレイ公爵令息がご覧になられたらなんと思われるかね」
不意に聞こえた名に、ノアは思わず息を詰めて、そっと柱の陰に身を寄せた。二人の令息がライアンとアシェルを見つめながら噂話に興じていた。
「でも、殿下とグレイ公爵令息は元々仲が良くないらしいぞ」
「あー、それ聞いたことある。殿下って、アシェル殿みたいな可愛いタイプが好きみたいだからな」
「グレイ公爵令息って、どう考えてもそっち側じゃないよなぁ。美形だけど、下品な言い方すると、抱く側?」
「それは下品だ! 夫側とかオブラートに包めよ」
「悪い悪い。でも、殿下たちの婚約、しきたりで生まれたときから決まってたって残酷だよなぁ」
笑いながら話している姿は貴族と思えない。下位の貴族からしたら、ライアンもサミュエルも雲の上の存在すぎて、仲間内で話すことに不敬とも感じないのかもしれない。でも、公共の場だと忘れて話に熱中してしまうのは大きな減点だ。
現に、近くにいたグレイ公爵家と付き合いの深い家の者が、不快げにその様子を見ていた。彼は噂話に興じている一人の家と関わりがあったはず。家を通して注意がいく可能性が高い。
「……大丈夫かな」
アシェルとライアンの行動によって、サミュエルに好奇の目が向くことにならないかと心配になった。ノアの心配なんて、サミュエルには全く必要ないだろうけど。
学園の門に向かう道にライアン王太子の姿があった。その前には転んだと思わしき少年。
手を差し伸べるライアンに、周囲で立ち止まっている者たちから声が漏れる。
「殿下はなんとお優しいんだ」
「紳士的な方よね」
「あの少年、図々しくない?」
「綺麗な子だな」
「ちょっとぶつかっただけに見えたけど、ああも転ぶなんて体幹がなってない」
「彼、編入してきた男爵家の養子よね」
「平民上がりが殿下に触れるなんて」
「――噂通り、礼儀がなってない」
様々に溢れる声を聞いて、ようやくノアも少年のことを思い出した。確か先月編入してきたアシェルという名の少年のはず。平民の母親がグラシャ男爵と再婚したことにより、養子として貴族界に迎え入れられたのだ。
アシェルはこれまで平民として過ごしてきたのだから、当然貴族特有の礼儀や常識を身につけておらず、度々噂話で批判されていたのを、ノアはなんとなく聞いたことがあった。
その時は、もう少し家で学んでから編入すれば良かったのにと、グラシャ男爵の常識の方を疑ったけれど。子の教育ができていないというのは、本人以上に親の恥と考えられるのが貴族だ。
ひと月ほど経っているのに、振る舞いに貴族らしさの欠片もないのを見るに、本人の資質も苦笑もののようだけど。内気で未だに社交に慣れないノアが指摘できることでもない。
「――怪我はなかったか?」
「はい……! 手を貸してくれて、ありがとうございます……!」
観察を終えて歩き出したノアの耳に、ライアンとアシェルの会話が届く。ライアンが身分に関係なく優しく振る舞うのは良いことだけど、アシェルの話し方に苦笑が漏れた。敬語も使えないとは、場所が場所なら即追い出されてしまうだろう。
「殿下はどうしてあんな子に……」
「平民って敬語もできないの?」
「ちょっと近すぎないか?」
「馴れ馴れしい」
巻き起こる批判。ちらりと振り返ると、何故か手を握って見つめ合う二人の姿があった。貴族の令息令嬢が眉を顰めて批判するのも当然の距離感だ。
「――こんなところ、グレイ公爵令息がご覧になられたらなんと思われるかね」
不意に聞こえた名に、ノアは思わず息を詰めて、そっと柱の陰に身を寄せた。二人の令息がライアンとアシェルを見つめながら噂話に興じていた。
「でも、殿下とグレイ公爵令息は元々仲が良くないらしいぞ」
「あー、それ聞いたことある。殿下って、アシェル殿みたいな可愛いタイプが好きみたいだからな」
「グレイ公爵令息って、どう考えてもそっち側じゃないよなぁ。美形だけど、下品な言い方すると、抱く側?」
「それは下品だ! 夫側とかオブラートに包めよ」
「悪い悪い。でも、殿下たちの婚約、しきたりで生まれたときから決まってたって残酷だよなぁ」
笑いながら話している姿は貴族と思えない。下位の貴族からしたら、ライアンもサミュエルも雲の上の存在すぎて、仲間内で話すことに不敬とも感じないのかもしれない。でも、公共の場だと忘れて話に熱中してしまうのは大きな減点だ。
現に、近くにいたグレイ公爵家と付き合いの深い家の者が、不快げにその様子を見ていた。彼は噂話に興じている一人の家と関わりがあったはず。家を通して注意がいく可能性が高い。
「……大丈夫かな」
アシェルとライアンの行動によって、サミュエルに好奇の目が向くことにならないかと心配になった。ノアの心配なんて、サミュエルには全く必要ないだろうけど。
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