内気な僕は悪役令息に恋をする

asagi

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7.目配せ

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 決意をしたからといって、すぐさま自分の性格を変えられるなら、ノアはここまで苦労していない。

 今日も今日とて、講義室の隅で本を開きながら、穏やかに談笑にふける一団を横目で見つめた。
 サミュエルを中心にした、令息令嬢の集団だ。服装の流行やよその貴族たちの噂話、領地の話、商売の話。目まぐるしいほどに変わる話題に事も無げについていける彼らは凄い。
 ノアならばすぐに思考を停止させ、曖昧な微笑みを浮かべて黙り込んでしまうだろう。

 ため息をついたノアの視線を、不意にサミュエルが捉えた気がした。

「っ……!」

 息を詰めて凝視してしまったノアに、密やかな笑みが向けられる。周りを囲んだ令息令嬢たちに気づかれないほどさりげない目配せ。ふと外に向けられた視線は、あの秘密の隠れ場所を示しているのだろうか。
 再び交わった視線がノアに返答を求めている気がして、おずおずと頷く。サミュエルが嬉しそうに微笑んだ。

「――サミュエル様も、フルバのチョコレートがお好きなのですか?」
「ああ。贈り物にも最適だよね」

 確かにノアに向けられた笑みは、令息令嬢たちにとっては、話題への反応だったと感じられたらしい。そつなく返すサミュエルの対応は見事なものだ。

 サミュエルがノアに向けた視線。あれは勘違いではなければ、今日も秘密の隠れ場所に行くのかと問い掛けていた。行くのならば共をしていいか、と。

 ノアの心がふわりと浮き立つ。皆に隠れてサミュエルと視線でやり取りをしていたことに、落ち着かない気分になった。サミュエルの時間をノアが独占するなんて皆に知られたら、大騒ぎになるに違いない。
 それが分かっていても、再びサミュエルと話せることが、ノアは楽しみで仕方なかった。

 今日はどんな話を聞けるだろうか。少しは自分も話せるだろうか。話題をきちんと考えていかないと。たくさんの考えが頭を巡り、それすらも新鮮な喜びをもたらした。サミュエル限定とはいえ、人と話すということに、こうも前向きになれている自分に驚く。元々憧れていたからだろう。

 浮かれた気持ちを隠して、本に目を落とした。社交を頑張らないと、なんて思っていたけど、今日はそれどころではなさそうだ。すでにサミュエルとの放課後に向けて心が羽ばたいてしまっていて、他の人に勇気を出して話しかけるほどの気力がない。

「――今日だけ。今日だけは、大目にみて。明日から、頑張るから」

 誰に聞かせるわけでもない決意を呟いて、ノアは心の中で両親に謝罪した。

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