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6.家族
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家に帰ってきたノアは珍しく上機嫌な様子で、使用人たちを驚かせることになった。憧れの人サミュエルと話せたことが嬉しくて仕方なかったのだ。
当然、そんな様子は両親の元まで報告が行き、晩餐の後に楽しそうに呼び止められた。
「――今日は何か良いことがあったの? お友達ができたのかしら?」
「それならぜひ、お茶会でも開いて招待しないと」
両親のあまりの盛り上がりように、ノアは気恥ずかしさを覚える。それだけ、内気さのせいで交友関係が狭いノアを心配していたのだろう。大袈裟に思えるが、少し嬉しい。
「……あの、グレイ公爵家のサミュエル様とお話しました」
「え……!」
「サミュエル様というと……王太子殿下の婚約者か。凄い方とお話したなぁ」
両親は顔を見合わせて苦笑した。お茶会に招くのは無理だと悟ったからだろう。
ノアたちランドロフ侯爵家は、この国の侯爵家の中では一番歴史が古く格式の高い家柄だ。でも、王家と深い縁戚関係にあるグレイ公爵家にはまるで及ばない。格下が個人的にお茶会に招くなんて、親しい仲でないと無理だ。
それに、王太子の婚約者のサミュエルは、相当な多忙だと聞く。迷惑を掛けるのは良くないだろう。
「でも、ノアが話せるなんて珍しいわね。少しでもお話できて良かったじゃない。他にもお友達ができるといいわねぇ」
「そうだな。この調子で他の方々とも話せるといいんだが……。ノア、こちらで何人かお茶会に招待して話してみるかい?」
父の提案は、つまり婚約者の選定のためのお茶会を開催しようということだろう。不安と期待が浮かぶ眼差しに、なんと答えていいか分からない。ノアは小さく唇を噛んで押し黙った。
いつまでも逃げて過ごすわけにはいかないと分かっている。それでも一歩踏み出す勇気を持てない。
サミュエルと話せて浮かれていた気分が沈んでいくのが分かった。
今日のサミュエルとの話だって、ほとんど相手が話題を提供してくれて、ノアはそれに微笑んでばかりだったのだ。少しばかり話し掛けたことも、サミュエルは実は不快に感じていたかもしれない。みるみる内に、サミュエルと話す次の機会が訪れないような気がしてくる。
目を伏せたノアを、両親が申し訳なさそうに見つめていた。
「……少し急ぎすぎたかしら。まだ時間はあるのだから、色々とゆっくり考えて」
「そうだな。ノアは領地運営に関してとびきり優秀だ。ノアのおかげで、うちは収益が安定するようになったし、領民も皆ノアを慕っている。……どうしようもなくなったら、親戚から養子をとることを考えればいい」
「あなた……。でも、そうね。私たちは領民の生活を守る義務があるけれど、それができさえすれば、ノアの幸せが優先だもの。あなたの人生よ。自分が好きなように考えるべきね」
まさかの提案に、ノアは目を見開いた。長きに渡り直系で続いてきたランドロフ侯爵家の血筋を、容易く絶やしていいわけがない。それは両親も分かっているだろう。その上でノアの幸せを優先してくれると言っているのだ。
「……領地運営の務めは、僕も楽しんでしているのです。知識を蓄えることが好きで、その知識で皆を助けられるのが嬉しいから。だから、褒められるようなことではありません……」
「何を言う。ノアが優秀であることは誰もが知っていて、我が家の誇りでもあるんだ。もっと自分に自信を持ちなさい」
父の強い言葉にハッとする。確かにノアには自信が足りなかった。家の誇りとまで言ってくれた能力を否定することは、むしろ両親や信頼してくれる部下、領民に失礼なのではと思い至る。
「……はい。あの、婚約者の件ですが、もう少し時間をいただけますか?」
ノア自身、何をどこまでできるかはまだ分からない。それでも、両親や領民たちが誇れる存在でありたかった。そのためにも、やはり社交を頑張らなければならないだろう。
「もちろん。好きなだけ考えるといい」
「ええ。私たちはいつだってあなたの味方なのよ」
包容力のある両親の言葉に安堵して、ノアはふわりと微笑んだ。
当然、そんな様子は両親の元まで報告が行き、晩餐の後に楽しそうに呼び止められた。
「――今日は何か良いことがあったの? お友達ができたのかしら?」
「それならぜひ、お茶会でも開いて招待しないと」
両親のあまりの盛り上がりように、ノアは気恥ずかしさを覚える。それだけ、内気さのせいで交友関係が狭いノアを心配していたのだろう。大袈裟に思えるが、少し嬉しい。
「……あの、グレイ公爵家のサミュエル様とお話しました」
「え……!」
「サミュエル様というと……王太子殿下の婚約者か。凄い方とお話したなぁ」
両親は顔を見合わせて苦笑した。お茶会に招くのは無理だと悟ったからだろう。
ノアたちランドロフ侯爵家は、この国の侯爵家の中では一番歴史が古く格式の高い家柄だ。でも、王家と深い縁戚関係にあるグレイ公爵家にはまるで及ばない。格下が個人的にお茶会に招くなんて、親しい仲でないと無理だ。
それに、王太子の婚約者のサミュエルは、相当な多忙だと聞く。迷惑を掛けるのは良くないだろう。
「でも、ノアが話せるなんて珍しいわね。少しでもお話できて良かったじゃない。他にもお友達ができるといいわねぇ」
「そうだな。この調子で他の方々とも話せるといいんだが……。ノア、こちらで何人かお茶会に招待して話してみるかい?」
父の提案は、つまり婚約者の選定のためのお茶会を開催しようということだろう。不安と期待が浮かぶ眼差しに、なんと答えていいか分からない。ノアは小さく唇を噛んで押し黙った。
いつまでも逃げて過ごすわけにはいかないと分かっている。それでも一歩踏み出す勇気を持てない。
サミュエルと話せて浮かれていた気分が沈んでいくのが分かった。
今日のサミュエルとの話だって、ほとんど相手が話題を提供してくれて、ノアはそれに微笑んでばかりだったのだ。少しばかり話し掛けたことも、サミュエルは実は不快に感じていたかもしれない。みるみる内に、サミュエルと話す次の機会が訪れないような気がしてくる。
目を伏せたノアを、両親が申し訳なさそうに見つめていた。
「……少し急ぎすぎたかしら。まだ時間はあるのだから、色々とゆっくり考えて」
「そうだな。ノアは領地運営に関してとびきり優秀だ。ノアのおかげで、うちは収益が安定するようになったし、領民も皆ノアを慕っている。……どうしようもなくなったら、親戚から養子をとることを考えればいい」
「あなた……。でも、そうね。私たちは領民の生活を守る義務があるけれど、それができさえすれば、ノアの幸せが優先だもの。あなたの人生よ。自分が好きなように考えるべきね」
まさかの提案に、ノアは目を見開いた。長きに渡り直系で続いてきたランドロフ侯爵家の血筋を、容易く絶やしていいわけがない。それは両親も分かっているだろう。その上でノアの幸せを優先してくれると言っているのだ。
「……領地運営の務めは、僕も楽しんでしているのです。知識を蓄えることが好きで、その知識で皆を助けられるのが嬉しいから。だから、褒められるようなことではありません……」
「何を言う。ノアが優秀であることは誰もが知っていて、我が家の誇りでもあるんだ。もっと自分に自信を持ちなさい」
父の強い言葉にハッとする。確かにノアには自信が足りなかった。家の誇りとまで言ってくれた能力を否定することは、むしろ両親や信頼してくれる部下、領民に失礼なのではと思い至る。
「……はい。あの、婚約者の件ですが、もう少し時間をいただけますか?」
ノア自身、何をどこまでできるかはまだ分からない。それでも、両親や領民たちが誇れる存在でありたかった。そのためにも、やはり社交を頑張らなければならないだろう。
「もちろん。好きなだけ考えるといい」
「ええ。私たちはいつだってあなたの味方なのよ」
包容力のある両親の言葉に安堵して、ノアはふわりと微笑んだ。
201
◇長編◇
本編完結
『貧乏子爵令息のオメガは王弟殿下に溺愛されているようです』
本編・続編完結
『雪豹くんは魔王さまに溺愛される』書籍化☆
完結『天翔ける獣の願いごと』
◇短編◇
本編完結『悪役令息になる前に自由に生きることにしました』
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