6 / 277
6.家族
しおりを挟む
家に帰ってきたノアは珍しく上機嫌な様子で、使用人たちを驚かせることになった。憧れの人サミュエルと話せたことが嬉しくて仕方なかったのだ。
当然、そんな様子は両親の元まで報告が行き、晩餐の後に楽しそうに呼び止められた。
「――今日は何か良いことがあったの? お友達ができたのかしら?」
「それならぜひ、お茶会でも開いて招待しないと」
両親のあまりの盛り上がりように、ノアは気恥ずかしさを覚える。それだけ、内気さのせいで交友関係が狭いノアを心配していたのだろう。大袈裟に思えるが、少し嬉しい。
「……あの、グレイ公爵家のサミュエル様とお話しました」
「え……!」
「サミュエル様というと……王太子殿下の婚約者か。凄い方とお話したなぁ」
両親は顔を見合わせて苦笑した。お茶会に招くのは無理だと悟ったからだろう。
ノアたちランドロフ侯爵家は、この国の侯爵家の中では一番歴史が古く格式の高い家柄だ。でも、王家と深い縁戚関係にあるグレイ公爵家にはまるで及ばない。格下が個人的にお茶会に招くなんて、親しい仲でないと無理だ。
それに、王太子の婚約者のサミュエルは、相当な多忙だと聞く。迷惑を掛けるのは良くないだろう。
「でも、ノアが話せるなんて珍しいわね。少しでもお話できて良かったじゃない。他にもお友達ができるといいわねぇ」
「そうだな。この調子で他の方々とも話せるといいんだが……。ノア、こちらで何人かお茶会に招待して話してみるかい?」
父の提案は、つまり婚約者の選定のためのお茶会を開催しようということだろう。不安と期待が浮かぶ眼差しに、なんと答えていいか分からない。ノアは小さく唇を噛んで押し黙った。
いつまでも逃げて過ごすわけにはいかないと分かっている。それでも一歩踏み出す勇気を持てない。
サミュエルと話せて浮かれていた気分が沈んでいくのが分かった。
今日のサミュエルとの話だって、ほとんど相手が話題を提供してくれて、ノアはそれに微笑んでばかりだったのだ。少しばかり話し掛けたことも、サミュエルは実は不快に感じていたかもしれない。みるみる内に、サミュエルと話す次の機会が訪れないような気がしてくる。
目を伏せたノアを、両親が申し訳なさそうに見つめていた。
「……少し急ぎすぎたかしら。まだ時間はあるのだから、色々とゆっくり考えて」
「そうだな。ノアは領地運営に関してとびきり優秀だ。ノアのおかげで、うちは収益が安定するようになったし、領民も皆ノアを慕っている。……どうしようもなくなったら、親戚から養子をとることを考えればいい」
「あなた……。でも、そうね。私たちは領民の生活を守る義務があるけれど、それができさえすれば、ノアの幸せが優先だもの。あなたの人生よ。自分が好きなように考えるべきね」
まさかの提案に、ノアは目を見開いた。長きに渡り直系で続いてきたランドロフ侯爵家の血筋を、容易く絶やしていいわけがない。それは両親も分かっているだろう。その上でノアの幸せを優先してくれると言っているのだ。
「……領地運営の務めは、僕も楽しんでしているのです。知識を蓄えることが好きで、その知識で皆を助けられるのが嬉しいから。だから、褒められるようなことではありません……」
「何を言う。ノアが優秀であることは誰もが知っていて、我が家の誇りでもあるんだ。もっと自分に自信を持ちなさい」
父の強い言葉にハッとする。確かにノアには自信が足りなかった。家の誇りとまで言ってくれた能力を否定することは、むしろ両親や信頼してくれる部下、領民に失礼なのではと思い至る。
「……はい。あの、婚約者の件ですが、もう少し時間をいただけますか?」
ノア自身、何をどこまでできるかはまだ分からない。それでも、両親や領民たちが誇れる存在でありたかった。そのためにも、やはり社交を頑張らなければならないだろう。
「もちろん。好きなだけ考えるといい」
「ええ。私たちはいつだってあなたの味方なのよ」
包容力のある両親の言葉に安堵して、ノアはふわりと微笑んだ。
当然、そんな様子は両親の元まで報告が行き、晩餐の後に楽しそうに呼び止められた。
「――今日は何か良いことがあったの? お友達ができたのかしら?」
「それならぜひ、お茶会でも開いて招待しないと」
両親のあまりの盛り上がりように、ノアは気恥ずかしさを覚える。それだけ、内気さのせいで交友関係が狭いノアを心配していたのだろう。大袈裟に思えるが、少し嬉しい。
「……あの、グレイ公爵家のサミュエル様とお話しました」
「え……!」
「サミュエル様というと……王太子殿下の婚約者か。凄い方とお話したなぁ」
両親は顔を見合わせて苦笑した。お茶会に招くのは無理だと悟ったからだろう。
ノアたちランドロフ侯爵家は、この国の侯爵家の中では一番歴史が古く格式の高い家柄だ。でも、王家と深い縁戚関係にあるグレイ公爵家にはまるで及ばない。格下が個人的にお茶会に招くなんて、親しい仲でないと無理だ。
それに、王太子の婚約者のサミュエルは、相当な多忙だと聞く。迷惑を掛けるのは良くないだろう。
「でも、ノアが話せるなんて珍しいわね。少しでもお話できて良かったじゃない。他にもお友達ができるといいわねぇ」
「そうだな。この調子で他の方々とも話せるといいんだが……。ノア、こちらで何人かお茶会に招待して話してみるかい?」
父の提案は、つまり婚約者の選定のためのお茶会を開催しようということだろう。不安と期待が浮かぶ眼差しに、なんと答えていいか分からない。ノアは小さく唇を噛んで押し黙った。
いつまでも逃げて過ごすわけにはいかないと分かっている。それでも一歩踏み出す勇気を持てない。
サミュエルと話せて浮かれていた気分が沈んでいくのが分かった。
今日のサミュエルとの話だって、ほとんど相手が話題を提供してくれて、ノアはそれに微笑んでばかりだったのだ。少しばかり話し掛けたことも、サミュエルは実は不快に感じていたかもしれない。みるみる内に、サミュエルと話す次の機会が訪れないような気がしてくる。
目を伏せたノアを、両親が申し訳なさそうに見つめていた。
「……少し急ぎすぎたかしら。まだ時間はあるのだから、色々とゆっくり考えて」
「そうだな。ノアは領地運営に関してとびきり優秀だ。ノアのおかげで、うちは収益が安定するようになったし、領民も皆ノアを慕っている。……どうしようもなくなったら、親戚から養子をとることを考えればいい」
「あなた……。でも、そうね。私たちは領民の生活を守る義務があるけれど、それができさえすれば、ノアの幸せが優先だもの。あなたの人生よ。自分が好きなように考えるべきね」
まさかの提案に、ノアは目を見開いた。長きに渡り直系で続いてきたランドロフ侯爵家の血筋を、容易く絶やしていいわけがない。それは両親も分かっているだろう。その上でノアの幸せを優先してくれると言っているのだ。
「……領地運営の務めは、僕も楽しんでしているのです。知識を蓄えることが好きで、その知識で皆を助けられるのが嬉しいから。だから、褒められるようなことではありません……」
「何を言う。ノアが優秀であることは誰もが知っていて、我が家の誇りでもあるんだ。もっと自分に自信を持ちなさい」
父の強い言葉にハッとする。確かにノアには自信が足りなかった。家の誇りとまで言ってくれた能力を否定することは、むしろ両親や信頼してくれる部下、領民に失礼なのではと思い至る。
「……はい。あの、婚約者の件ですが、もう少し時間をいただけますか?」
ノア自身、何をどこまでできるかはまだ分からない。それでも、両親や領民たちが誇れる存在でありたかった。そのためにも、やはり社交を頑張らなければならないだろう。
「もちろん。好きなだけ考えるといい」
「ええ。私たちはいつだってあなたの味方なのよ」
包容力のある両親の言葉に安堵して、ノアはふわりと微笑んだ。
171
お気に入りに追加
4,578
あなたにおすすめの小説
悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!
梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!?
【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】
▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。
▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。
▼毎日18時投稿予定
もう人気者とは付き合っていられません
花果唯
BL
僕の恋人は頭も良くて、顔も良くておまけに優しい。
モテるのは当然だ。でも――。
『たまには二人だけで過ごしたい』
そう願うのは、贅沢なのだろうか。
いや、そんな人を好きになった僕の方が間違っていたのだ。
「好きなのは君だ」なんて言葉に縋って耐えてきたけど、それが間違いだったってことに、ようやく気がついた。さようなら。
ちょうど生徒会の補佐をしないかと誘われたし、そっちの方に専念します。
生徒会長が格好いいから見ていて癒やされるし、一石二鳥です。
※ライトBL学園モノ ※2024再公開・改稿中
主人公のライバルポジにいるようなので、主人公のカッコ可愛さを特等席で愛でたいと思います。
小鷹けい
BL
以前、なろうサイトさまに途中まであげて、結局書きかけのまま放置していたものになります(アカウントごと削除済み)タイトルさえもうろ覚え。
そのうち続きを書くぞ、の意気込みついでに数話分投稿させていただきます。
先輩×後輩
攻略キャラ×当て馬キャラ
総受けではありません。
嫌われ→からの溺愛。こちらも面倒くさい拗らせ攻めです。
ある日、目が覚めたら大好きだったBLゲームの当て馬キャラになっていた。死んだ覚えはないが、そのキャラクターとして生きてきた期間の記憶もある。
だけど、ここでひとつ問題が……。『おれ』の推し、『僕』が今まで嫌がらせし続けてきた、このゲームの主人公キャラなんだよね……。
え、イジめなきゃダメなの??死ぬほど嫌なんだけど。絶対嫌でしょ……。
でも、主人公が攻略キャラとBLしてるところはなんとしても見たい!!ひっそりと。なんなら近くで見たい!!
……って、なったライバルポジとして生きることになった『おれ(僕)』が、主人公と仲良くしつつ、攻略キャラを巻き込んでひっそり推し活する……みたいな話です。
本来なら当て馬キャラとして冷たくあしらわれ、手酷くフラれるはずの『ハルカ先輩』から、バグなのかなんなのか徐々に距離を詰めてこられて戸惑いまくる当て馬の話。
こちらは、ゆるゆる不定期更新になります。
嫁側男子になんかなりたくない! 絶対に女性のお嫁さんを貰ってみせる!!
棚から現ナマ
BL
リュールが転生した世界は女性が少なく男性同士の結婚が当たりまえ。そのうえ全ての人間には魔力があり、魔力量が少ないと嫁側男子にされてしまう。10歳の誕生日に魔力検査をすると魔力量はレベル3。滅茶苦茶少ない! このままでは嫁側男子にされてしまう。家出してでも嫁側男子になんかなりたくない。それなのにリュールは公爵家の息子だから第2王子のお茶会に婚約者候補として呼ばれてしまう……どうする俺! 魔力量が少ないけど女性と結婚したいと頑張るリュールと、リュールが好きすぎて自分の婚約者にどうしてもしたい第1王子と第2王子のお話。頑張って長編予定。他にも投稿しています。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
幽閉王子は最強皇子に包まれる
皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。
表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。
美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜
飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。
でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。
しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。
秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。
美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。
秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。
身体検査
RIKUTO
BL
次世代優生保護法。この世界の日本は、最適な遺伝子を残し、日本民族の優秀さを維持するとの目的で、
選ばれた青少年たちの体を徹底的に検査する。厳正な検査だというが、異常なほどに性器と排泄器の検査をするのである。それに選ばれたとある少年の全記録。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる