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4.笑顔
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「――私はグレイ公爵家のサミュエル。ぜひ名前で呼んで」
「さ、サミュエル様……?」
いいのだろうかと戸惑う。挨拶くらいしかしたことのない仲なのに、この言葉を真に受けて、馴れ馴れしいと思われないか。不安が心を占める。
サミュエルはじっとノアを見つめたかと思うと、爽やかな笑みを浮かべた。
「ああ。代わりに、君のことをノアと呼んでも?」
「え、ええ……もちろん……」
そんなことが代わりになるのかと疑問だけれど、サミュエルが嬉しそうに笑うから。つられたノアも口元に笑みを浮かべた。ノアにとって、慣れない人へ曖昧な笑みを浮かべるのは癖のようなものだ。
「……ノアはここで何をしていたんだい?」
「ここで……」
僅かに目を細めたサミュエルの美貌から目を逸らす。膝上の猫が、サミュエルを気にせずごろごろと寛いでいた。神経が図太すぎて、尊敬を通り越して呆れを覚える。
「――猫と、戯れていました……?」
手に持ったままのブラシ。どう見たって、何をしていたかは一目瞭然だろう。高位貴族らしくないと叱られるだろうか。憧れのサミュエルに呆れられるのは、恥ずかしくて悲しい。
眉尻を下げて少し項垂れたノアに、軽やかな笑い声が響いた。
「この猫、ノアにも愛想を振り撒いていたのか。私にエサをねだっておいて」
「え……エサ?」
「そう。これだよ」
しぃ、と口元で指を立てたサミュエルが、上着の内ポケットから何かを取り出した。ビーフジャーキーだ。まさか、あのサミュエルの上着からそんなものが出てくるとは思わず、ぽかんと口を開けてしまう。
――みゃー。
「ゆっくりお食べ」
「……飼い猫ではないんですよね? エサをあげても大丈夫ですか?」
「だから、私たちの秘密にしよう。まあ、この子、この学園の門番の飼い猫で、誰かにエサをもらっているというのはバレていると思うけど。見逃されているだけなのさ」
茶目っ気のある仕草でウインクされて、なんと返答のしようもない。ただ、カッコつけたように見えかねない仕草も、サミュエルがするとここまで似合うのかと感心した。
「……君は、門番さんの猫だったんだね」
ジャーキーを頬張る猫の頭を撫でる。気持ち良さそうに目を細めるのを見て、思わず微笑みが漏れた。
「ノア――」
呼び掛けられて視線を向ける。サミュエルが何故か目を見開いてノアを凝視していた。反射的に顔が強張る。何か失礼なことをしてしまっただろうか。
「あ、あの……」
「いや、なんでもないんだ。そう泣きそうな顔をしないでほしい」
サミュエルが慌てたように顔を振る。指先を落ち着きなく擦り合わせて、ノアから視線を逸らした。
「――ただ、ノアは普段の微笑みも素敵だけれど、その笑みの方が私は好きだな」
「え……」
思いがけない言葉に、ノアは固まった。瞬時に理解できなかった。聞き間違えでなかったら、サミュエルはノアの笑顔が好きだと言ったはずだ。咄嗟に手で隠した頬が、驚くほど熱い。
好き。
それが笑顔が好ましいという意味だと分かっていたけれど、ノアは憧れの人にそう言われて、嬉しくて頬が赤くなるのを抑えることができなかった。
「さ、サミュエル様……?」
いいのだろうかと戸惑う。挨拶くらいしかしたことのない仲なのに、この言葉を真に受けて、馴れ馴れしいと思われないか。不安が心を占める。
サミュエルはじっとノアを見つめたかと思うと、爽やかな笑みを浮かべた。
「ああ。代わりに、君のことをノアと呼んでも?」
「え、ええ……もちろん……」
そんなことが代わりになるのかと疑問だけれど、サミュエルが嬉しそうに笑うから。つられたノアも口元に笑みを浮かべた。ノアにとって、慣れない人へ曖昧な笑みを浮かべるのは癖のようなものだ。
「……ノアはここで何をしていたんだい?」
「ここで……」
僅かに目を細めたサミュエルの美貌から目を逸らす。膝上の猫が、サミュエルを気にせずごろごろと寛いでいた。神経が図太すぎて、尊敬を通り越して呆れを覚える。
「――猫と、戯れていました……?」
手に持ったままのブラシ。どう見たって、何をしていたかは一目瞭然だろう。高位貴族らしくないと叱られるだろうか。憧れのサミュエルに呆れられるのは、恥ずかしくて悲しい。
眉尻を下げて少し項垂れたノアに、軽やかな笑い声が響いた。
「この猫、ノアにも愛想を振り撒いていたのか。私にエサをねだっておいて」
「え……エサ?」
「そう。これだよ」
しぃ、と口元で指を立てたサミュエルが、上着の内ポケットから何かを取り出した。ビーフジャーキーだ。まさか、あのサミュエルの上着からそんなものが出てくるとは思わず、ぽかんと口を開けてしまう。
――みゃー。
「ゆっくりお食べ」
「……飼い猫ではないんですよね? エサをあげても大丈夫ですか?」
「だから、私たちの秘密にしよう。まあ、この子、この学園の門番の飼い猫で、誰かにエサをもらっているというのはバレていると思うけど。見逃されているだけなのさ」
茶目っ気のある仕草でウインクされて、なんと返答のしようもない。ただ、カッコつけたように見えかねない仕草も、サミュエルがするとここまで似合うのかと感心した。
「……君は、門番さんの猫だったんだね」
ジャーキーを頬張る猫の頭を撫でる。気持ち良さそうに目を細めるのを見て、思わず微笑みが漏れた。
「ノア――」
呼び掛けられて視線を向ける。サミュエルが何故か目を見開いてノアを凝視していた。反射的に顔が強張る。何か失礼なことをしてしまっただろうか。
「あ、あの……」
「いや、なんでもないんだ。そう泣きそうな顔をしないでほしい」
サミュエルが慌てたように顔を振る。指先を落ち着きなく擦り合わせて、ノアから視線を逸らした。
「――ただ、ノアは普段の微笑みも素敵だけれど、その笑みの方が私は好きだな」
「え……」
思いがけない言葉に、ノアは固まった。瞬時に理解できなかった。聞き間違えでなかったら、サミュエルはノアの笑顔が好きだと言ったはずだ。咄嗟に手で隠した頬が、驚くほど熱い。
好き。
それが笑顔が好ましいという意味だと分かっていたけれど、ノアは憧れの人にそう言われて、嬉しくて頬が赤くなるのを抑えることができなかった。
180
◇長編◇
本編完結
『貧乏子爵令息のオメガは王弟殿下に溺愛されているようです』
本編・続編完結
『雪豹くんは魔王さまに溺愛される』書籍化☆
完結『天翔ける獣の願いごと』
◇短編◇
本編完結『悪役令息になる前に自由に生きることにしました』
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