内気な僕は悪役令息に恋をする

asagi

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1.家族会議

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 美しい美術品や調度が並ぶティールーム。
 いつもは穏やかにお茶を楽しむそこで、ノアは眉尻を下げて僅かに背を丸めていた。

「やっぱり、ノアの婚約者は男性がいいわ!」
「でも、うちが乗っ取られるのは困るぞ。ノアは口が上手くないしな」
「それもそうだけど……ノアに女性の婚約者の相手ができると思うの?」
「いや……」

 黙り込む両親。二人の言いたいことがよく理解できるだけに、ノアは自分のことなのに何も言えなかった。

 ランドロフ侯爵家の嫡男であるノアには、未だ婚約者がいない。幼少の頃の経験から女性不信となり、更に元々の内気な性格により、なかなか婚約者を決められなかったからだ。

 女性が駄目なら男性を。そう主張する母の言い分にはある程度納得できる。
 人口の七十%以上が男性のこの国では、男性同士での結婚は珍しくないから。それに、教会で宮種みやしゅという子を産むための薬さえ受け取れば、男性であっても妊娠できて、後継者の問題もない。つまり、婚約者を女性にこだわる必要がないということ。

 一方で、父の言い分にも納得できる。ノアは人と話すのが得意ではない。長く共に過ごした使用人たちとは普通に接することができるし、領地運営には問題ないが、婚約者を御せるかと問われると全く自信がない。
 男性を婚約者に迎えたとしても、家の頂点にあるべきは直系のノアなのだ。ノアにそれが可能だろうかと、父が危惧する気持ちはよく理解できる。不甲斐ないことに。

「――条件を整理しましょう」

 沈黙の末に冷静さを取り戻して、母が口を開いた。ノアは父と共に凝視する。自分のことだというのに、一切何も言えないのが情けない。そもそも、ノアにはまだ婚約者を迎える覚悟さえできていなかった。

「まず、女性は無理よ。ノアは女性相手では蒼白になって手を触れることもできないわ」
「……それは確かに。ノアが無理をして、不幸になるのは良くない」

 父が深く頷く。ノアも申し訳なくなりながら頷いた。
 ノアは女性に触れるくらい近づくと、幼い時の光景がフラッシュバックして、どうにもならなくなる。
 閉じ込められた部屋。ベッドに追い詰められて、食べられるのではないかというほどの恐怖。彼女が何をしたかったのかは未だによく分からないが、助けてくれた両親の険しい顔を考えると、相当良くないことだったのだろう。

「では、男性というのは決まりね。次は相手の立場」
「うちより下だろう」
「でも、ノアの代わりに社交をしてもらわなければならないわ。ある程度の生まれと教養は必要よ」
「それはそうだな。じゃあ、子爵以上侯爵以下で、教養があり社交的、かつ、うちの領地運営に口出ししない」
「そうね。……でも、そんな人いるかしら」

 再び両親が黙り込んだ。ノアも内心で頷く。そんな都合のいい人がいる気がしないし、いたとしてもノアを婚約者には選ばないだろう。
 ノアの婚約者になる利点は、侯爵家ということくらいだ。領地運営への口出しを禁じた時点で、多くの貴族男性からは嫌厭されるだろう。

「――社交期間と後継ぎを作る期間のことを考えると、ノアが子どもを産む方がいいのよね。相手方が産むとなると、ノアが一人で社交界に出ないといけない時期ができてしまうもの」
「え……?」
「そうだな。その方が血筋も確実だ。男のノアなら、妊娠中であっても、ある程度の領地運営は普通にできるからな」

 突然の母の言葉に戸惑うノアを置き去りにして、両親の話が進んでいく。
 ノアは自分が子どもを産むなんて考えたこともなかったけれど、このままだとそうなることになりそうだ。全く想像できないから、明確な拒否感があるわけではない。でも、現実味が薄い。

「それなら、それが利点にならないかしら」
「どういう意味だ?」
「ノアを好きな男性なら、ノアに子どもを産んでもらいたいって思う可能性があるでしょう? 領地運営の実権がなくても、社交界では侯爵家として振る舞えるのだもの。それで十分という男性もいるんじゃないかしら」
「ああ、確かに……。ノアのことが好きなら、受け入れる可能性は高いし、ノアのことを粗末に扱うこともないな」

 何故か納得している両親に、ノアはようやく口を挟んだ。

「そもそも、僕のことをそこまで好きな男性を探すのが難しいでしょう……」

 両親が困ったように目を細めてノアを見た。その眼差しに愛情を感じるから、身の置き所がないような話をされていても、両親の愛情故と受け止められる。

「……そんなことはないと思うけれど。ノアは美人で可愛らしいから」
「そうだよ。むしろ、本当にノアを大切にしてくれる人か、きちんと見定めて選ばないといけない」
「選ぶって……」

 ノアは苦笑する。両親はノアを溺愛しすぎだと思う。二人からの評価を信用しすぎたら、ノアは自惚れてしまいそうだ。

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