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続×3.雪豹くんとにぎやかな家族
4-25.纏わり付く匂い
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スノウに纏わり付く匂いを嗅ぎ終えたのか、ブレスラウが正面で立ち止まった。
半眼で見つめられて、思わずスノウは姿勢を正す。アークとの夜の営みを咎められている気がした。
「ママは湯浴みをするべき」
「え、そんなに匂う?」
ブレスラウは真剣な声音だった。
スノウは思わず自分の腕をくんくんと嗅ぐ。アークの匂いはするけれど、普段との違いが分からない。
「パパ、いない?」
ルミシャンスがきょろきょろと周囲を見渡し、不思議そうに首を傾げた後、スノウの服の中にズボッと頭を突っ込んだ。
「みっ!?」
「ルミ、そんなところに父者はいない」
「におい、する」
「ママに父者のニオイがこびりついているだけだ」
「いない?」
「ここにはいない」
子どもたちの会話が、どうにも気まずいのはスノウだけだろうか。
思わず助けを求めてルイスを見る。すると、ルイスは静かに爆笑していた。何がそんなに面白かったのだろうかと、軽く睨んでしまう。
「……湯浴みしてくる」
「くふっ、……たぶん、落とせるものじゃ、ないと思います、けど」
「どういうこと?」
笑いすぎて苦しそうなルイスに、なんだか呆れが先んじた。それでも聞き流せない言葉を捉えて尋ねる。湯浴みに行こうと立ち上がりかけていた身体を再びソファに沈めた。
「今、スノウ様が身に纏っていらっしゃる香りは、普通のものではありませんから」
「普通じゃない……?」
「ええ。おそらく、一部の強い魔族が発するという、縄張りを主張するフェロモンに似たものですよ。スノウ様は陛下のものだと主張されている感じですね」
スノウはぱちぱちと目を瞬かせた。
そのような話は初めて聞いた。これまでにもあったのだろうか、と記憶を振り返っても心当たりがない。
「……今更、どうしてそんな主張を」
「どうしてですかねぇ。もしかしたら、お子様方への牽制……?」
ルイスが悩みながらそう告げたので、スノウは思わず真顔になった。
子どもたちへの牽制。その可能性がないとは言えない。アークはこれまでにも時折、子どもたちへの嫉妬心を口にすることがあったから。
「俺、今のママには近づかない」
「え!?」
「ルミ、だめ……?」
「ダメなわけないよー!」
ブレスラウの言葉に傷ついた後、ルミシャンスの寂しげな眼差しにすぐさま首を横に振る。アークの考えがどうであろうと、スノウが子どもたちを拒むことは絶対にないのだ。
ぎゅっとルミシャンスを抱きしめると、幸せそうに「にーにー」と鳴かれて、スノウも頬が緩んだ。
ブレスラウに嫌がられたのは、もう仕方ない。よくよく考えると、普段からベタベタされるのは拒まれるのだから当然の態度だと納得できた。
「……父者に怒る」
「あーっと、今は執務中ですから、帰ってこられてからにしましょう!」
部屋の外へ向かおうとするブレスラウの前にルイスが立ち塞がった。ブレスラウに睨まれてルイスは困りきった表情だ。
「ニオイがひどい」
「相当お気に召さないんですね……」
「ママの匂いが分からない」
「……なるほど?」
ルイスがなんとも言えない表情になった。見下ろされているブレスラウは、スノウから背中しか見えないのだけれど、随分とご立腹の様子であることは分かる。
その理由が、スノウの匂いがアークの匂いで隠されてしまっているから、とは——。
「え、可愛い!」
「グルッ」
「怒らないでよー」
反射的に威嚇されたのを聞き流しながら、スノウはにこにこと微笑んでしまった。
ブレスラウがスノウの存在を匂いで判断しているとは知らなかったし、その匂いに安心感を覚えているなんて気づかなかった。
あまり甘えてこないと思っていたけれど、スノウを母親として慕っている気持ちが伝わってきて、嬉しくてたまらない。
「……寝る」
不貞腐れた表情で、ブレスラウが窓際へと歩いていった。
アークに文句を言うのを諦めて、できる限り匂いを嗅がないようにしたらしい。
離れてしまうのは寂しいので、アークにはスノウからも文句を言おうと心に決めた。
ひょんなことからブレスラウの愛情を知ることができたので、怒ることはしないけれど。
「にーにー、パパとママ!」
「ルミシャンスはそのままでいていいからねー」
二人分の匂いがして、お得気分になっているらしいルミシャンスの純粋さに頬を緩めながら、スノウの時間は穏やかに流れた。
半眼で見つめられて、思わずスノウは姿勢を正す。アークとの夜の営みを咎められている気がした。
「ママは湯浴みをするべき」
「え、そんなに匂う?」
ブレスラウは真剣な声音だった。
スノウは思わず自分の腕をくんくんと嗅ぐ。アークの匂いはするけれど、普段との違いが分からない。
「パパ、いない?」
ルミシャンスがきょろきょろと周囲を見渡し、不思議そうに首を傾げた後、スノウの服の中にズボッと頭を突っ込んだ。
「みっ!?」
「ルミ、そんなところに父者はいない」
「におい、する」
「ママに父者のニオイがこびりついているだけだ」
「いない?」
「ここにはいない」
子どもたちの会話が、どうにも気まずいのはスノウだけだろうか。
思わず助けを求めてルイスを見る。すると、ルイスは静かに爆笑していた。何がそんなに面白かったのだろうかと、軽く睨んでしまう。
「……湯浴みしてくる」
「くふっ、……たぶん、落とせるものじゃ、ないと思います、けど」
「どういうこと?」
笑いすぎて苦しそうなルイスに、なんだか呆れが先んじた。それでも聞き流せない言葉を捉えて尋ねる。湯浴みに行こうと立ち上がりかけていた身体を再びソファに沈めた。
「今、スノウ様が身に纏っていらっしゃる香りは、普通のものではありませんから」
「普通じゃない……?」
「ええ。おそらく、一部の強い魔族が発するという、縄張りを主張するフェロモンに似たものですよ。スノウ様は陛下のものだと主張されている感じですね」
スノウはぱちぱちと目を瞬かせた。
そのような話は初めて聞いた。これまでにもあったのだろうか、と記憶を振り返っても心当たりがない。
「……今更、どうしてそんな主張を」
「どうしてですかねぇ。もしかしたら、お子様方への牽制……?」
ルイスが悩みながらそう告げたので、スノウは思わず真顔になった。
子どもたちへの牽制。その可能性がないとは言えない。アークはこれまでにも時折、子どもたちへの嫉妬心を口にすることがあったから。
「俺、今のママには近づかない」
「え!?」
「ルミ、だめ……?」
「ダメなわけないよー!」
ブレスラウの言葉に傷ついた後、ルミシャンスの寂しげな眼差しにすぐさま首を横に振る。アークの考えがどうであろうと、スノウが子どもたちを拒むことは絶対にないのだ。
ぎゅっとルミシャンスを抱きしめると、幸せそうに「にーにー」と鳴かれて、スノウも頬が緩んだ。
ブレスラウに嫌がられたのは、もう仕方ない。よくよく考えると、普段からベタベタされるのは拒まれるのだから当然の態度だと納得できた。
「……父者に怒る」
「あーっと、今は執務中ですから、帰ってこられてからにしましょう!」
部屋の外へ向かおうとするブレスラウの前にルイスが立ち塞がった。ブレスラウに睨まれてルイスは困りきった表情だ。
「ニオイがひどい」
「相当お気に召さないんですね……」
「ママの匂いが分からない」
「……なるほど?」
ルイスがなんとも言えない表情になった。見下ろされているブレスラウは、スノウから背中しか見えないのだけれど、随分とご立腹の様子であることは分かる。
その理由が、スノウの匂いがアークの匂いで隠されてしまっているから、とは——。
「え、可愛い!」
「グルッ」
「怒らないでよー」
反射的に威嚇されたのを聞き流しながら、スノウはにこにこと微笑んでしまった。
ブレスラウがスノウの存在を匂いで判断しているとは知らなかったし、その匂いに安心感を覚えているなんて気づかなかった。
あまり甘えてこないと思っていたけれど、スノウを母親として慕っている気持ちが伝わってきて、嬉しくてたまらない。
「……寝る」
不貞腐れた表情で、ブレスラウが窓際へと歩いていった。
アークに文句を言うのを諦めて、できる限り匂いを嗅がないようにしたらしい。
離れてしまうのは寂しいので、アークにはスノウからも文句を言おうと心に決めた。
ひょんなことからブレスラウの愛情を知ることができたので、怒ることはしないけれど。
「にーにー、パパとママ!」
「ルミシャンスはそのままでいていいからねー」
二人分の匂いがして、お得気分になっているらしいルミシャンスの純粋さに頬を緩めながら、スノウの時間は穏やかに流れた。
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