雪豹くんは魔王さまに溺愛される

asagi

文字の大きさ
上 下
181 / 224
続×3.雪豹くんとにぎやかな家族

4-11.可愛い君

しおりを挟む
 ルミシャンスはのんびり屋だ。そしてお寝坊さん。
 そう改めて思ったのは、カリカリと卵を割る音がぴたりと聞こえなくなって、ドリーに診てもらってから。

 心配するスノウに、ブレスラウを寝かせたカゴを渡しながら、ドリーが肩をすくめる。

「寝てますね」
「……寝てるの?」
「はい。寝息が聞こえてきそうな勢いで」

 卵を診察したドリーに言われ、スノウはホッとしながらも少し呆れる。

 ルミシャンスはいったい誰に似たのだろう。間違いなくアークではない。でも、スノウもこんなに寝汚くはなかったと思うのだけれど。卵がお腹にいる頃はよく寝ていたのは事実でも、それは特殊な状態だった。

「ブレスラウ。君の妹は随分と眠たがりみたいだよ」
「……ぐるる」

 カゴの中で丸くなっていたブレスラウが、片目でスノウを見上げ、呆れたような声を漏らした。

 それに対して、スノウは「やっぱりブレスラウもそう思うよねぇ」と返す。竜の鳴き声が何を言っているかは分からないけれど、心が通じ合っていた。

「ここまで割れれば、こちらから手を掛けてやってもいいんじゃないか?」

 じっと卵を見下ろしたアークがドリーに問いかける。ドリーは悩ましげな表情だ。

「そうですねぇ……。竜族であられるブレスラウ様は、矜持の問題がありますし、最後まで自力で割っていただきましたが、雪豹族は、特にルミシャンス様はまったく気にされないように思えますね」

 ドリーの言葉に、スノウはアークと視線を交わした。共に『それは間違いない』と思っているだろう。
 再び、ブレスラウが呆れたように「ぐるる……」と鳴いた。

「……じゃあ、僕が卵をコンコンしてみる? えっと、どのくらいの力で割れるのかな」
「俺が爪でやるのは駄目なのか」
「ダメに決まってるよね?」

 真面目な顔で言ったアークの頬を、軽く引っ張る。
 竜族の爪での一撃なんて、卵を割るのに過剰すぎる。ルミシャンスまで傷ついてしまったら、さすがにスノウはアークを許せなくなるだろう。

「……そうか」

 アークは頬を引っ張られるままに、神妙な面持ちで頷いた。駄目と言われる自覚はあったらしい。
 ドリーが呆れながらも、卵を触って強度を確かめている。

「どのくらいの力か、というのは難しいですね。あまり強く叩くと、ルミシャンス様に響いて、驚かせるだけでなく、怯えられるかもしれません」
「それはダメだね」

 うんうん、とスノウは深く頷く。
 確かに急に殻を叩かれたら、ルミシャンスはびっくりしてしまうだろう。それは可哀想だ。

 では、刃物でも使うかと考えるも、愛でてきた卵にそんなものを向けるのは気が咎める。

「——やっぱり、ルミシャンスのしたいようにさせれば……」

 スノウがそう言った瞬間、膝の上が軽くなった気がした。
 ぱちりと瞬いた視界に、ベッドへと飛び移る小さな竜体が映る。

「ぐるっ」
「え、ブレスラウ!?」

 咄嗟に手を伸ばしたところで、ブレスラウには届かなかった。アークは動揺することなく、スノウの腰を抱いたまま事態を見守っている。

「おや……。ブレスラウ様はルミシャンス様のお手伝いをしてくださるのですか?」

 ドリーが意外そうな表情で呟いた。
 その顔をちらりと見上げたブレスラウはフン、と鼻で息を吐く。

 生まれて一日も経っていないとは思えないほど堂々とした態度で、足取りにも不安がない。
 竜族は成長が早いと言われていたけれど、スノウはようやく理解できた気がした。

「ぐるる」

 ベッドの上を跳ねるように卵に近づいたブレスラウは、四分の一ほどひびが入った卵に、小さな爪を押し当てる。引っ掻くようにカリカリと動かすと少しずつひびが広がっていった。

 しばらくすると、ルミシャンスがブレスラウの動きに気づいたのか、中からもカリカリと音がするようになる。
 二人の力が合わさると、卵が割れるのにそう時間がかからなかった。

「……にー!」

 その声を聞いた瞬間、スノウは獣型に変化して、ベッドに飛び乗っていた。さすがにコロリと転がりそうになったブレスラウを尻尾で支え、ルミシャンスに口元を寄せる。

 目も開いていない小さな雪豹の姿に、胸から熱い思いが溢れ出てきた。
 ぽろぽろと涙をこぼしながら、舐めて毛繕いをしてやる。気づいたら、ブレスラウがスノウに寄り添いながら、その様子を見守っていた。

「……誕生おめでとう、ルミシャンス。愛してる」

 スノウからふわりと光が溢れてルミシャンスを包み込む。それはきっと、雪豹の里みんながスノウに残した贈り物だ。スノウだけでなく、ルミシャンスも守ってくれる。

「俺が祝福を贈る必要はなさそうだな」
「祝福はいくらあってもいいんだよ?」

 近づいてきたアークを見上げてねだると、微笑みが返ってきた。アークの手がルミシャンスに触れる。

「——雪豹の子ルミシャンスに祝福を」

 ブレスラウに贈ったものと同じ守護の魔法。雪豹の子にも分け隔てなく与えてもらえたことに、スノウはホッとすると同時に嬉しくてたまらなくなった。

「僕の大切な子たちがたくさん愛を受け取れますように」

 ブレスラウとルミシャンスをまとめて腕に抱いて丸まる。二人が冷えてしまわないように、スノウの身体で温めてやるのだ。

 ブレスラウは仕方なさそうに息を吐いている。でも、ルミシャンスと一緒なら、ここに留まるのに否やはないらしい。
 卵の中にいる時からそうだったけれど、ブレスラウは随分と妹であるルミシャンスに甘いようだ。

しおりを挟む
感想 55

あなたにおすすめの小説

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

侯爵令息セドリックの憂鬱な日

めちゅう
BL
 第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける——— ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

そばかす糸目はのんびりしたい

楢山幕府
BL
由緒ある名家の末っ子として生まれたユージン。 母親が後妻で、眉目秀麗な直系の遺伝を受け継がなかったことから、一族からは空気として扱われていた。 ただ一人、溺愛してくる老いた父親を除いて。 ユージンは、のんびりするのが好きだった。 いつでも、のんびりしたいと思っている。 でも何故か忙しい。 ひとたび出張へ出れば、冒険者に囲まれる始末。 いつになったら、のんびりできるのか。もう開き直って、のんびりしていいのか。 果たして、そばかす糸目はのんびりできるのか。 懐かれ体質が好きな方向けです。今のところ主人公は、のんびり重視の恋愛未満です。 全17話、約6万文字。

性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました

まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。 性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。 (ムーンライトノベルにも掲載しています)

余命僅かの悪役令息に転生したけど、攻略対象者達が何やら離してくれない

上総啓
BL
ある日トラックに轢かれて死んだ成瀬は、前世のめり込んでいたBLゲームの悪役令息フェリアルに転生した。 フェリアルはゲーム内の悪役として15歳で断罪される運命。 前世で周囲からの愛情に恵まれなかった成瀬は、今世でも誰にも愛されない事実に絶望し、転生直後にゲーム通りの人生を受け入れようと諦観する。 声すら発さず、家族に対しても無反応を貫き人形のように接するフェリアル。そんなフェリアルに周囲の過保護と溺愛は予想外に増していき、いつの間にかゲームのシナリオとズレた展開が巻き起こっていく。 気付けば兄達は勿論、妖艶な魔塔主や最恐の暗殺者、次期大公に皇太子…ゲームの攻略対象者達がフェリアルに執着するようになり…――? 周囲の愛に疎い悪役令息の無自覚総愛されライフ。 ※最終的に固定カプ

悪役令息の七日間

リラックス@ピロー
BL
唐突に前世を思い出した俺、ユリシーズ=アディンソンは自分がスマホ配信アプリ"王宮の花〜神子は7色のバラに抱かれる〜"に登場する悪役だと気付く。しかし思い出すのが遅過ぎて、断罪イベントまで7日間しか残っていない。 気づいた時にはもう遅い、それでも足掻く悪役令息の話。【お知らせ:2024年1月18日書籍発売!】

【完】僕の弟と僕の護衛騎士は、赤い糸で繋がっている

たまとら
BL
赤い糸が見えるキリルは、自分には糸が無いのでやさぐれ気味です

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。