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続×3.雪豹くんとにぎやかな家族
4-11.可愛い君
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ルミシャンスはのんびり屋だ。そしてお寝坊さん。
そう改めて思ったのは、カリカリと卵を割る音がぴたりと聞こえなくなって、ドリーに診てもらってから。
心配するスノウに、ブレスラウを寝かせたカゴを渡しながら、ドリーが肩をすくめる。
「寝てますね」
「……寝てるの?」
「はい。寝息が聞こえてきそうな勢いで」
卵を診察したドリーに言われ、スノウはホッとしながらも少し呆れる。
ルミシャンスはいったい誰に似たのだろう。間違いなくアークではない。でも、スノウもこんなに寝汚くはなかったと思うのだけれど。卵がお腹にいる頃はよく寝ていたのは事実でも、それは特殊な状態だった。
「ブレスラウ。君の妹は随分と眠たがりみたいだよ」
「……ぐるる」
カゴの中で丸くなっていたブレスラウが、片目でスノウを見上げ、呆れたような声を漏らした。
それに対して、スノウは「やっぱりブレスラウもそう思うよねぇ」と返す。竜の鳴き声が何を言っているかは分からないけれど、心が通じ合っていた。
「ここまで割れれば、こちらから手を掛けてやってもいいんじゃないか?」
じっと卵を見下ろしたアークがドリーに問いかける。ドリーは悩ましげな表情だ。
「そうですねぇ……。竜族であられるブレスラウ様は、矜持の問題がありますし、最後まで自力で割っていただきましたが、雪豹族は、特にルミシャンス様はまったく気にされないように思えますね」
ドリーの言葉に、スノウはアークと視線を交わした。共に『それは間違いない』と思っているだろう。
再び、ブレスラウが呆れたように「ぐるる……」と鳴いた。
「……じゃあ、僕が卵をコンコンしてみる? えっと、どのくらいの力で割れるのかな」
「俺が爪でやるのは駄目なのか」
「ダメに決まってるよね?」
真面目な顔で言ったアークの頬を、軽く引っ張る。
竜族の爪での一撃なんて、卵を割るのに過剰すぎる。ルミシャンスまで傷ついてしまったら、さすがにスノウはアークを許せなくなるだろう。
「……そうか」
アークは頬を引っ張られるままに、神妙な面持ちで頷いた。駄目と言われる自覚はあったらしい。
ドリーが呆れながらも、卵を触って強度を確かめている。
「どのくらいの力か、というのは難しいですね。あまり強く叩くと、ルミシャンス様に響いて、驚かせるだけでなく、怯えられるかもしれません」
「それはダメだね」
うんうん、とスノウは深く頷く。
確かに急に殻を叩かれたら、ルミシャンスはびっくりしてしまうだろう。それは可哀想だ。
では、刃物でも使うかと考えるも、愛でてきた卵にそんなものを向けるのは気が咎める。
「——やっぱり、ルミシャンスのしたいようにさせれば……」
スノウがそう言った瞬間、膝の上が軽くなった気がした。
ぱちりと瞬いた視界に、ベッドへと飛び移る小さな竜体が映る。
「ぐるっ」
「え、ブレスラウ!?」
咄嗟に手を伸ばしたところで、ブレスラウには届かなかった。アークは動揺することなく、スノウの腰を抱いたまま事態を見守っている。
「おや……。ブレスラウ様はルミシャンス様のお手伝いをしてくださるのですか?」
ドリーが意外そうな表情で呟いた。
その顔をちらりと見上げたブレスラウはフン、と鼻で息を吐く。
生まれて一日も経っていないとは思えないほど堂々とした態度で、足取りにも不安がない。
竜族は成長が早いと言われていたけれど、スノウはようやく理解できた気がした。
「ぐるる」
ベッドの上を跳ねるように卵に近づいたブレスラウは、四分の一ほどひびが入った卵に、小さな爪を押し当てる。引っ掻くようにカリカリと動かすと少しずつひびが広がっていった。
しばらくすると、ルミシャンスがブレスラウの動きに気づいたのか、中からもカリカリと音がするようになる。
二人の力が合わさると、卵が割れるのにそう時間がかからなかった。
「……にー!」
その声を聞いた瞬間、スノウは獣型に変化して、ベッドに飛び乗っていた。さすがにコロリと転がりそうになったブレスラウを尻尾で支え、ルミシャンスに口元を寄せる。
目も開いていない小さな雪豹の姿に、胸から熱い思いが溢れ出てきた。
ぽろぽろと涙をこぼしながら、舐めて毛繕いをしてやる。気づいたら、ブレスラウがスノウに寄り添いながら、その様子を見守っていた。
「……誕生おめでとう、ルミシャンス。愛してる」
スノウからふわりと光が溢れてルミシャンスを包み込む。それはきっと、雪豹の里みんながスノウに残した贈り物だ。スノウだけでなく、ルミシャンスも守ってくれる。
「俺が祝福を贈る必要はなさそうだな」
「祝福はいくらあってもいいんだよ?」
近づいてきたアークを見上げてねだると、微笑みが返ってきた。アークの手がルミシャンスに触れる。
「——雪豹の子ルミシャンスに祝福を」
ブレスラウに贈ったものと同じ守護の魔法。雪豹の子にも分け隔てなく与えてもらえたことに、スノウはホッとすると同時に嬉しくてたまらなくなった。
「僕の大切な子たちがたくさん愛を受け取れますように」
ブレスラウとルミシャンスをまとめて腕に抱いて丸まる。二人が冷えてしまわないように、スノウの身体で温めてやるのだ。
ブレスラウは仕方なさそうに息を吐いている。でも、ルミシャンスと一緒なら、ここに留まるのに否やはないらしい。
卵の中にいる時からそうだったけれど、ブレスラウは随分と妹であるルミシャンスに甘いようだ。
そう改めて思ったのは、カリカリと卵を割る音がぴたりと聞こえなくなって、ドリーに診てもらってから。
心配するスノウに、ブレスラウを寝かせたカゴを渡しながら、ドリーが肩をすくめる。
「寝てますね」
「……寝てるの?」
「はい。寝息が聞こえてきそうな勢いで」
卵を診察したドリーに言われ、スノウはホッとしながらも少し呆れる。
ルミシャンスはいったい誰に似たのだろう。間違いなくアークではない。でも、スノウもこんなに寝汚くはなかったと思うのだけれど。卵がお腹にいる頃はよく寝ていたのは事実でも、それは特殊な状態だった。
「ブレスラウ。君の妹は随分と眠たがりみたいだよ」
「……ぐるる」
カゴの中で丸くなっていたブレスラウが、片目でスノウを見上げ、呆れたような声を漏らした。
それに対して、スノウは「やっぱりブレスラウもそう思うよねぇ」と返す。竜の鳴き声が何を言っているかは分からないけれど、心が通じ合っていた。
「ここまで割れれば、こちらから手を掛けてやってもいいんじゃないか?」
じっと卵を見下ろしたアークがドリーに問いかける。ドリーは悩ましげな表情だ。
「そうですねぇ……。竜族であられるブレスラウ様は、矜持の問題がありますし、最後まで自力で割っていただきましたが、雪豹族は、特にルミシャンス様はまったく気にされないように思えますね」
ドリーの言葉に、スノウはアークと視線を交わした。共に『それは間違いない』と思っているだろう。
再び、ブレスラウが呆れたように「ぐるる……」と鳴いた。
「……じゃあ、僕が卵をコンコンしてみる? えっと、どのくらいの力で割れるのかな」
「俺が爪でやるのは駄目なのか」
「ダメに決まってるよね?」
真面目な顔で言ったアークの頬を、軽く引っ張る。
竜族の爪での一撃なんて、卵を割るのに過剰すぎる。ルミシャンスまで傷ついてしまったら、さすがにスノウはアークを許せなくなるだろう。
「……そうか」
アークは頬を引っ張られるままに、神妙な面持ちで頷いた。駄目と言われる自覚はあったらしい。
ドリーが呆れながらも、卵を触って強度を確かめている。
「どのくらいの力か、というのは難しいですね。あまり強く叩くと、ルミシャンス様に響いて、驚かせるだけでなく、怯えられるかもしれません」
「それはダメだね」
うんうん、とスノウは深く頷く。
確かに急に殻を叩かれたら、ルミシャンスはびっくりしてしまうだろう。それは可哀想だ。
では、刃物でも使うかと考えるも、愛でてきた卵にそんなものを向けるのは気が咎める。
「——やっぱり、ルミシャンスのしたいようにさせれば……」
スノウがそう言った瞬間、膝の上が軽くなった気がした。
ぱちりと瞬いた視界に、ベッドへと飛び移る小さな竜体が映る。
「ぐるっ」
「え、ブレスラウ!?」
咄嗟に手を伸ばしたところで、ブレスラウには届かなかった。アークは動揺することなく、スノウの腰を抱いたまま事態を見守っている。
「おや……。ブレスラウ様はルミシャンス様のお手伝いをしてくださるのですか?」
ドリーが意外そうな表情で呟いた。
その顔をちらりと見上げたブレスラウはフン、と鼻で息を吐く。
生まれて一日も経っていないとは思えないほど堂々とした態度で、足取りにも不安がない。
竜族は成長が早いと言われていたけれど、スノウはようやく理解できた気がした。
「ぐるる」
ベッドの上を跳ねるように卵に近づいたブレスラウは、四分の一ほどひびが入った卵に、小さな爪を押し当てる。引っ掻くようにカリカリと動かすと少しずつひびが広がっていった。
しばらくすると、ルミシャンスがブレスラウの動きに気づいたのか、中からもカリカリと音がするようになる。
二人の力が合わさると、卵が割れるのにそう時間がかからなかった。
「……にー!」
その声を聞いた瞬間、スノウは獣型に変化して、ベッドに飛び乗っていた。さすがにコロリと転がりそうになったブレスラウを尻尾で支え、ルミシャンスに口元を寄せる。
目も開いていない小さな雪豹の姿に、胸から熱い思いが溢れ出てきた。
ぽろぽろと涙をこぼしながら、舐めて毛繕いをしてやる。気づいたら、ブレスラウがスノウに寄り添いながら、その様子を見守っていた。
「……誕生おめでとう、ルミシャンス。愛してる」
スノウからふわりと光が溢れてルミシャンスを包み込む。それはきっと、雪豹の里みんながスノウに残した贈り物だ。スノウだけでなく、ルミシャンスも守ってくれる。
「俺が祝福を贈る必要はなさそうだな」
「祝福はいくらあってもいいんだよ?」
近づいてきたアークを見上げてねだると、微笑みが返ってきた。アークの手がルミシャンスに触れる。
「——雪豹の子ルミシャンスに祝福を」
ブレスラウに贈ったものと同じ守護の魔法。雪豹の子にも分け隔てなく与えてもらえたことに、スノウはホッとすると同時に嬉しくてたまらなくなった。
「僕の大切な子たちがたくさん愛を受け取れますように」
ブレスラウとルミシャンスをまとめて腕に抱いて丸まる。二人が冷えてしまわないように、スノウの身体で温めてやるのだ。
ブレスラウは仕方なさそうに息を吐いている。でも、ルミシャンスと一緒なら、ここに留まるのに否やはないらしい。
卵の中にいる時からそうだったけれど、ブレスラウは随分と妹であるルミシャンスに甘いようだ。
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