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続々.雪豹くんと新しい家族
3-56.新しい光
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雪が降る雲間から光が差し込んできた。
それを僅かに開いたカーテンから見て、スノウは胸に満ちる幸福感にほぅ、と息を吐く。
雪が積もった世界に差す光は、まるでこの子たちみたいな希望そのもののようだと思った。
生まれたばかりの卵は大きな籠に寝せられて、微動だにしない。お腹の中にいたときは、あんなに主張をしていたのに。気配を感じないことが心配になる。
「たまご……」
「スノウ、大丈夫だ。ちゃんと生きてる」
「そう……?」
掠れた小さな声にすぐさま返事があって、少し安心した。そこでようやく、スノウは自分と卵以外の存在を思い出す。
「——アーク……ぼく、がんばった……」
「ああ、よく頑張った。体調はどうだ?」
「体調……」
どうだ、と聞かれたら『これまで感じたことのないほど悪い』としか答えられないのだけれど。
そんなこと、見たことないほど心配した表情のアークに言えない。
卵の出産は思った以上に大変だった。どうやら、華奢なスノウの体格に対して、卵が大きく育ちすぎていたらしい。それが二つもあったのだから、意識が遠のきかけていた中で、険しい顔のドリーを見ることになったも当然である。
「陛下、くれぐれも治癒魔法は掛けないでくださいね。今は魔力が揺らいでいる状態です。スノウ様におかしな風に作用しかねないんですから」
「……分かってる。どれほど待てばいい」
「あと二時間もすれば、スノウ様の魔力が安定します。治癒魔法を掛けられるようになったら、きちんとお伝えしますよ」
疲労困憊な様子のドリーとアークが睨み合っている。どちらもスノウを心配しているからこその態度なのだと分かっているけれど、正直今は穏やかに過ごさせてほしい。
「お二人ともお静かに。今のスノウに必要なのは、いたわりと休養です」
ラトがぴしゃりと叱りつけながら、スノウの頭を撫でてくれる。卵が生まれる前の穏やかさを思い出して、スノウはゆったりとした気分で目を伏せた。
「たまご……」
「傍に置きたい?」
「うん……」
重い手を動かすと、柔らかな布で包まれた卵が腕の中に置かれた。
温かい。でも、子どもたちの気配をやっぱり感じられない。
「——声が、聞こえないの……」
「……子どもたちの?」
「みーみー、クルル、って鳴いてたはずなのに……」
お腹の中にいた時は、あんなにはっきりと分かったのに、遠く隔たれてしまったみたいで寂しい。
ぽつりと呟くスノウの手に、アークの手が触れた。
「俺はそんな声一度も聞いたことがないぞ」
「母体の特権でしょうね」
アークの言葉に、ラトがクスリと笑い、スノウの耳を撫でる。
「——卵は、もうそれぞれの命としてこの世界に生まれ落ちたんだ。まだ姿を見られなくても、もう立派な魔族。母体に依存しないということは、母体としての特権も、ほぼ失われてる」
「……もう聞けないの?」
あんなに可愛い声で、心癒やされていたのに。
寂しさと不満がスノウの声に滲んだ。
「聞けるさ。この子たちが卵から孵ったら」
「……長いなぁ」
スノウの中で過ごすより長く、子どもたちは卵の状態で生きるのだ。
声が聞こえなくなって、親子としての繋がりが細くなったように思えてしまう。
「不安に思っている場合じゃないよ。スノウは元気になって、この子たちを守らなきゃいけないんだから」
力強い声に、気弱になっていた神経を叩き直された気がした。
ぱちり、と目を瞬かせて、スノウは改めて卵を見つめる。
(そっか……これからこの子たちを守っていけるのも、僕なんだ。声が聞こえないくらいで、弱音を吐いてる場合じゃない)
瞳に力が戻ったスノウの頬に、アークの手が触れる。
「……母親というのは、強いものだな」
「命を育むんですから当然でしょう」
「ああ、そうだな。——スノウ」
「なぁに?」
名残惜しくなりながら卵から視線を移す。アークは真剣な眼差しでスノウを見つめていた。
「この子たちを守るのは、俺の役目でもある。一人で頑張ろうなんて、考える必要はない」
「……うん。アークがいてくれるから、大丈夫だって思えるよ」
手に手を重ねて、頬を擦り寄せる。
アークは魔族一強い魔王だ。これほど心強い味方が他にいるだろうか。この信頼は絶対に揺らぐことはない。
「取り急ぎ、卵を守護する布を用意しておいた。大丈夫、スノウの守護の腕輪よりも効果が限定されているが、例え上から竜に潰されようと、卵は傷一つない」
思わずぽかんとした。
そんなプレゼントを用意していたことを知らなかった。でも、それよりも、あまりにも過剰に思える効果に驚いてしまう。
「……竜に潰される状況って起こり得るの?」
「俺が寝ぼけて踏みつけてしまうかもしれない」
笑み混じりに言われたから冗談なのだと分かる。けれど、スノウが『アークを卵に近付けさせないようにした方がいいのかな?』と真面目に考えてしまったのも事実だった。
それを僅かに開いたカーテンから見て、スノウは胸に満ちる幸福感にほぅ、と息を吐く。
雪が積もった世界に差す光は、まるでこの子たちみたいな希望そのもののようだと思った。
生まれたばかりの卵は大きな籠に寝せられて、微動だにしない。お腹の中にいたときは、あんなに主張をしていたのに。気配を感じないことが心配になる。
「たまご……」
「スノウ、大丈夫だ。ちゃんと生きてる」
「そう……?」
掠れた小さな声にすぐさま返事があって、少し安心した。そこでようやく、スノウは自分と卵以外の存在を思い出す。
「——アーク……ぼく、がんばった……」
「ああ、よく頑張った。体調はどうだ?」
「体調……」
どうだ、と聞かれたら『これまで感じたことのないほど悪い』としか答えられないのだけれど。
そんなこと、見たことないほど心配した表情のアークに言えない。
卵の出産は思った以上に大変だった。どうやら、華奢なスノウの体格に対して、卵が大きく育ちすぎていたらしい。それが二つもあったのだから、意識が遠のきかけていた中で、険しい顔のドリーを見ることになったも当然である。
「陛下、くれぐれも治癒魔法は掛けないでくださいね。今は魔力が揺らいでいる状態です。スノウ様におかしな風に作用しかねないんですから」
「……分かってる。どれほど待てばいい」
「あと二時間もすれば、スノウ様の魔力が安定します。治癒魔法を掛けられるようになったら、きちんとお伝えしますよ」
疲労困憊な様子のドリーとアークが睨み合っている。どちらもスノウを心配しているからこその態度なのだと分かっているけれど、正直今は穏やかに過ごさせてほしい。
「お二人ともお静かに。今のスノウに必要なのは、いたわりと休養です」
ラトがぴしゃりと叱りつけながら、スノウの頭を撫でてくれる。卵が生まれる前の穏やかさを思い出して、スノウはゆったりとした気分で目を伏せた。
「たまご……」
「傍に置きたい?」
「うん……」
重い手を動かすと、柔らかな布で包まれた卵が腕の中に置かれた。
温かい。でも、子どもたちの気配をやっぱり感じられない。
「——声が、聞こえないの……」
「……子どもたちの?」
「みーみー、クルル、って鳴いてたはずなのに……」
お腹の中にいた時は、あんなにはっきりと分かったのに、遠く隔たれてしまったみたいで寂しい。
ぽつりと呟くスノウの手に、アークの手が触れた。
「俺はそんな声一度も聞いたことがないぞ」
「母体の特権でしょうね」
アークの言葉に、ラトがクスリと笑い、スノウの耳を撫でる。
「——卵は、もうそれぞれの命としてこの世界に生まれ落ちたんだ。まだ姿を見られなくても、もう立派な魔族。母体に依存しないということは、母体としての特権も、ほぼ失われてる」
「……もう聞けないの?」
あんなに可愛い声で、心癒やされていたのに。
寂しさと不満がスノウの声に滲んだ。
「聞けるさ。この子たちが卵から孵ったら」
「……長いなぁ」
スノウの中で過ごすより長く、子どもたちは卵の状態で生きるのだ。
声が聞こえなくなって、親子としての繋がりが細くなったように思えてしまう。
「不安に思っている場合じゃないよ。スノウは元気になって、この子たちを守らなきゃいけないんだから」
力強い声に、気弱になっていた神経を叩き直された気がした。
ぱちり、と目を瞬かせて、スノウは改めて卵を見つめる。
(そっか……これからこの子たちを守っていけるのも、僕なんだ。声が聞こえないくらいで、弱音を吐いてる場合じゃない)
瞳に力が戻ったスノウの頬に、アークの手が触れる。
「……母親というのは、強いものだな」
「命を育むんですから当然でしょう」
「ああ、そうだな。——スノウ」
「なぁに?」
名残惜しくなりながら卵から視線を移す。アークは真剣な眼差しでスノウを見つめていた。
「この子たちを守るのは、俺の役目でもある。一人で頑張ろうなんて、考える必要はない」
「……うん。アークがいてくれるから、大丈夫だって思えるよ」
手に手を重ねて、頬を擦り寄せる。
アークは魔族一強い魔王だ。これほど心強い味方が他にいるだろうか。この信頼は絶対に揺らぐことはない。
「取り急ぎ、卵を守護する布を用意しておいた。大丈夫、スノウの守護の腕輪よりも効果が限定されているが、例え上から竜に潰されようと、卵は傷一つない」
思わずぽかんとした。
そんなプレゼントを用意していたことを知らなかった。でも、それよりも、あまりにも過剰に思える効果に驚いてしまう。
「……竜に潰される状況って起こり得るの?」
「俺が寝ぼけて踏みつけてしまうかもしれない」
笑み混じりに言われたから冗談なのだと分かる。けれど、スノウが『アークを卵に近付けさせないようにした方がいいのかな?』と真面目に考えてしまったのも事実だった。
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