上 下
188 / 251
続々.雪豹くんと新しい家族

3-48.意外な姿

しおりを挟む
 久しぶりに感じる執務室。
 拗ねたアークにねだられて、スノウは傍に侍ることにした。今日は体調が良かったので、出歩いた方が気分転換にいい。

 そして、ロウエンに挨拶も兼ねて、ドリーに言われたことを語ったところ、たいそう笑われてしまった。

「ふぉっふぉっふぉっ! なんと無様。魔族の王ともあろうお方が!」
「ものすごく楽しんでるな。そんなに俺の悲しみが面白いか」
「ええ、とても。久しぶりに胸がすく思いです」

 鬱憤を晴らすように、輝かしい笑みである。
 スノウが執務室に来ていない間、いったいなにがあったのだろうか。

「……ロウエンさんも、ドリーのことよく知っているの?」
「ええ。口が悪い男でしょう?」
「それは、今日知ったけど……」

 荒々しい口調はドリーの見た目に合わないようで、実際はさほど違和感がなかった。
 スノウが悪い状態でなければ、元気だなぁとほのぼのと受け入れられてしまいそうなくらいには。

 なにせ、ドリーは言葉こそ悪かったけれど、一心にアークやスノウの体調を心配してくれている気持ちが伝わってくる態度だったから。
 さすがお医者さんである。

「——ロウエン。久しぶりにスノウが来たのだから、マルモのことを話しておいたらどうだ」
「マルモのこと?」

 きょとんと瞬きをするスノウの前で、ロウエンの顔から一気に笑顔が失われていくのを目撃してしまった。
 なんだか気まずい。

 頬を掻いて目を逸らすスノウとは対照的に、やり込めたアークは涼しい表情で書類に手を伸ばす。

「……そうですね。スノウ様にご協力をいただく以上、私自身の言葉でお願いする必要があるでしょう」
「なんでも言って。僕がんばるよ!」

 少しでもロウエンの心が軽くなるようにと、スノウは殊更明るい声で宣言する。
 ロウエンは一瞬目を丸くしたかと思うと、くすりと仕方なさそうに微笑んだ。

「スノウ様にそう言われては、陛下に苛立つ己が情けなく思えますね」
「ロウエンさんは情けなくないよ! アークが煽るのがいけないと思う!」

 咄嗟にアークを悪者にしてしまったけれど、たぶん間違っていないと思う。
 アークはスノウ以外に対しても多少は感情を注ぐようになった。でも、そのやり方は結構強引で、反感を煽っているのかと思わずにはいられないことも多い。

「……ですってよ、陛下。改めるおつもりは?」
「スノウが傷つくわけではないから、必要ないだろう」
「こういうところですよね」

 半目になったロウエンに同意を求められて、曖昧に頷き返した。そういうところがアークらしさであるとも思うから、安易に改善しろなんてスノウの口から言うことはできない。

「……それで、僕が協力することってなぁに?」

 話を逸らすというより本題に戻して、スノウは首を傾げた。
 ロウエンのためになんでもしてあげたい、という思いは嘘ではない。それがマルモに関わることであるならば、是非とも協力したいところだ。

「あー……それは、ですね……」

 珍しく躊躇いがちに言葉を濁すロウエンを、アークが不気味そうに眺めていた。
 スノウは思わずその目を手のひらで塞ぐ。ロウエンが気づいたら、また怒って話が逸れてしまいそうだったから。

「——明々後日、マルモと会う予定になっているんです」
「あ、そっか。また会う約束をしていたもんね」

 以前のお茶会の別れ際を思い出して、スノウはニコリと微笑む。
 また、二人が話す場に立ち会えばいいのだろうか。今度はどれくらい、二人が近づくのだろう。——なんて思いを巡らせていたら、ロウエンと目が合った。

「それで、立ち会っていただくのをお願いしたい、というのはもちろんなのですが。……どういう場をセッティングするか、ご意見をいただければ」
「えっ、そこから!?」

 思わず目を丸くする。
 ロウエンから、そんな依頼をされるとは思ってもいなかった。

 最初のお茶会は、あまり気乗りしていないロウエンの背中を押すために、スノウとルイスで考えた。

 でも、今はロウエンだって、前向きにマルモのことを認めようとしているはず。それならば、口説く場くらい自分で考えたっていいと思うのだ。むしろ、自分で考えてしかるべきである。

「スノウ」

 目を塞いでいた手を握られて外される。ついでのように指先にキスされながら、スノウはアークの呆れが籠った声を静かに聞いた。

「——こいつはな。誰かを口説いたことなんて、一度もないんだ」
「え、番さんは?」

 今でも忘れられないでいるはずのロウエンの番。その女性と結ばれるに至った過程で、一度も口説かないなんてことがあるだろうか。

 ぽかんとしながら問い返すと、視界の端でロウエンが気まずそうに目を逸らすのが見えた。

「ロウエンと以前の番は、幼馴染だった。生まれた頃から許嫁で、ただ順当に番になっただけ。おそらく亡くすまで、想いに気づくことも、口にすることもなかっただろう」
「え……えー、それは、どうなの……」

 思いがけないロウエンの恋愛談に、スノウは少し引いてしまった。
 亡くなってから想いに気づくなんて、どうしようもなくて憐れである。そしてそんな鈍感さが、ロウエンらしくないとシンプルに思った。

「……どうせ、私は、恋愛音痴ですよ」
「自覚ができたようでなにより」

 不貞腐れたようなロウエンの言葉を、アークが涼しい顔で聞き流す。
 つまり、ロウエンも認める事実だということだ。あまりに意外すぎて、開いた口が塞がらない。

「……フハッ! 鈍感男×繊細青年、萌えますね!」
「ルイスはちょっと、黙ってようか」

 スノウは頭が痛くなるような気分で、とりあえずルイスのよく分からないテンションを咎めておいた。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

転生令息は冒険者を目指す!?

葛城 惶
BL
ある時、日本に大規模災害が発生した。  救助活動中に取り残された少女を助けた自衛官、天海隆司は直後に土砂の崩落に巻き込まれ、意識を失う。  再び目を開けた時、彼は全く知らない世界に転生していた。  異世界で美貌の貴族令息に転生した脳筋の元自衛官は憧れの冒険者になれるのか?!  とってもお馬鹿なコメディです(;^_^A

そばかす糸目はのんびりしたい

楢山幕府
BL
由緒ある名家の末っ子として生まれたユージン。 母親が後妻で、眉目秀麗な直系の遺伝を受け継がなかったことから、一族からは空気として扱われていた。 ただ一人、溺愛してくる老いた父親を除いて。 ユージンは、のんびりするのが好きだった。 いつでも、のんびりしたいと思っている。 でも何故か忙しい。 ひとたび出張へ出れば、冒険者に囲まれる始末。 いつになったら、のんびりできるのか。もう開き直って、のんびりしていいのか。 果たして、そばかす糸目はのんびりできるのか。 懐かれ体質が好きな方向けです。今のところ主人公は、のんびり重視の恋愛未満です。 全17話、約6万文字。

【完結】マジで滅びるんで、俺の為に怒らないで下さい

白井のわ
BL
人外✕人間(人外攻め)体格差有り、人外溺愛もの、基本受け視点です。 村長一家に奴隷扱いされていた受けが、村の為に生贄に捧げられたのをきっかけに、双子の龍の神様に見初められ結婚するお話です。 攻めの二人はひたすら受けを可愛がり、受けは二人の為に立派なお嫁さんになろうと奮闘します。全編全年齢、少し受けが可哀想な描写がありますが基本的にはほのぼのイチャイチャしています。

巻き込まれ異世界転移者(俺)は、村人Aなので探さないで下さい。

はちのす
BL
異世界転移に巻き込まれた憐れな俺。 騎士団や勇者に見つからないよう、村人Aとしてスローライフを謳歌してやるんだからな!! *********** 異世界からの転移者を血眼になって探す人達と、ヒラリヒラリと躱す村人A(俺)の日常。 イケメン(複数)×平凡? 全年齢対象、すごく健全

モフモフになった魔術師はエリート騎士の愛に困惑中

risashy
BL
魔術師団の落ちこぼれ魔術師、ローランド。 任務中にひょんなことからモフモフに変幻し、人間に戻れなくなってしまう。そんなところを騎士団の有望株アルヴィンに拾われ、命拾いしていた。 快適なペット生活を満喫する中、実はアルヴィンが自分を好きだと知る。 アルヴィンから語られる自分への愛に、ローランドは戸惑うものの——? 24000字程度の短編です。 ※BL(ボーイズラブ)作品です。 この作品は小説家になろうさんでも公開します。

異世界で8歳児になった僕は半獣さん達と仲良くスローライフを目ざします。……やっぱり狙われちゃう感じ?

み馬
BL
※ 完結しました。お読みくださった方々、誠にありがとうございました! 志望校に合格した春、桜の樹の下で意識を失った主人公・斗馬 亮介(とうま りょうすけ)は、気がついたとき、異世界で8歳児の姿にもどっていた。 わけもわからず放心していると、いきなり巨大な黒蛇に襲われるが、水の精霊〈ミュオン・リヒテル・リノアース〉と、半獣属の大熊〈ハイロ〉があらわれて……!? これは、とある加護を受けた8歳児が、しゃべる動物たちとスローライフ?を目ざす、ファンタジーBLです。 おとなサイド(半獣×精霊)のカプありにつき、R15にしておきました。 ※ 独自設定、造語、下ネタあり。出産描写あり。幕開け(前置き)長め。第21話に登場人物紹介を載せましたので、ご参考ください。 ★お試し読みは、第1部(第22〜27話あたり)がオススメです。物語の傾向がわかりやすいかと思います★ ★第11回BL小説大賞エントリー作品★最終結果2773作品中/414位★応援ありがとうございました★

【完結】守護霊さん、それは余計なお世話です。

N2O
BL
番のことが好きすぎる第二王子(熊の獣人/実は割と可愛い) × 期間限定で心の声が聞こえるようになった黒髪青年(人間/番/実は割と逞しい) Special thanks illustration by 白鯨堂こち ※ご都合主義です。 ※素人作品です。温かな目で見ていただけると助かります。

Switch!〜僕とイケメンな地獄の裁判官様の溺愛異世界冒険記〜

天咲 琴葉
BL
幼い頃から精霊や神々の姿が見えていた悠理。 彼は美しい神社で、家族や仲間達に愛され、幸せに暮らしていた。 しかし、ある日、『燃える様な真紅の瞳』をした男と出逢ったことで、彼の運命は大きく変化していく。 幾重にも襲い掛かる運命の荒波の果て、悠理は一度解けてしまった絆を結び直せるのか――。 運命に翻弄されても尚、出逢い続ける――宿命と絆の和風ファンタジー。

処理中です...