187 / 251
続々.雪豹くんと新しい家族
3-47.やりすぎ注意
しおりを挟む
昼下がりの私室。
スノウの好きなものに囲まれて、どこよりも落ち着く場所であるはずのそこで、今日は少しばかり身を縮めている。
「——まぁ、なんと言いますか……」
走らせていたペンを止め、ドリーが視線を上げた。
その声に呆れがこもっていることを敏感に察して、スノウはそっと目を逸らす。何を言われるか、なんとなく予想がついていた。
「言いたいことがあるならはっきり言え」
アークの声は少々冷たく、それがスノウ以外に対しての常だと分かっているものの、今はもう少し穏やかにしてほしいと思わなくもない。
だって、ドリーが呆れているのは、絶対にスノウとアークの我慢のなさのせいなのだ。
「では言わせていただきますが」
ドリーがニコリと微笑んだ。そのこめかみに青筋が立っているのは、見なかったふりをしてもいいだろうか。
再び視線を逸した先で、ルイスがふわりと微笑み返してくれた。癒やされる。
「——あなた、どんだけ魔力を注いでいるんですか。卵が溺れるでしょうが!」
ピシャリと鞭を打つような声で叱りつけられて、悄気げるような神経を持っていたのはスノウだけだったようだ。
「なんだ。卵は魔力で溺れるのか? なんと不甲斐ない。俺の子どもならば——」
「不甲斐ないとか、そういう問題じゃないんです! まだ生まれてもない子どもに対しての要求が高すぎる!」
ウガーッと吠えるように言いながら、髪を掻き乱すドリーに、スノウは本気で申し訳なくなった。
けっして、魔力を注いだのはスノウではないのだけれど。キスをねだった事実はなくならない。
言い訳をさせてもらえるなら。それくらいの接触で、魔力が溢れるなんて思いもしなかったのだ。
「キスで、魔力が溢れるなんて、今までなかったんだけどなぁ……」
思わずポツリと呟く。
途端にドリーから疲れきった目を向けられて、ぴゃっと自分の尻尾を掴んだ。口に咥えたいけど、さすがに今それをしたらだめなことは分かる。
「……陛下は規格外なんです。飛び抜けてるから、魔王なんです。でも、普段なら加減ができているはずなんですけど」
じとりと視線を向けられたアークは、涼しい顔でルイスにお茶を頼んでいる。
スノウが言うことではないかもしれないけれど、今はそんなにのんびりしている状態ではないと思う。
「——このっ、野獣陛下! てめぇの不手際なんとかしてやった、私に何か言うことはねぇのか!?」
「ひぇっ!」
ドリーがご乱心だ。
聞いたこともないような荒々しい言葉遣いに、スノウは目を丸くしながら固まった。そんな姿を「可愛いですねぇ」なんてルイスが言っているけれど、今は助けがほしい。
「ドリー。スノウが驚いている。身体に障るから、声を荒らげるな」
「っ、っ、っ……この、クソ野郎……!」
我慢を重ねた果てに、低い声音で吐き捨てたドリーが、なんだか哀れになってきた。
元凶のひとつがスノウであることは、ちゃんと分かっているけれど。
「あ、あのね……ごめん、なさい……」
「……番様が、謝る必要は、まっっっったく、ありません。すべてはこれが悪いのです」
ビシッと、敬意も何もかなぐり捨てて、ドリーがアークを指差す。
アークは涼しい顔でお茶を飲みながら、スノウの背中を撫でて宥めてくれていた。でも、スノウはやっぱり今は、その優しさを向ける対象が違うと思う。
「でもね……手間をとらせちゃったのは、僕だから……」
「手間と、言うほどの、ことでは……」
曖昧に言葉を濁らせたのは、それがスノウへの思いやりにすぎない言葉だったから。
ドリーの顔は治療を行ってから、ずっと青いままだ。
どうやら、昨夜のキスの際、アークは大量の魔力をスノウに注いでいたらしい。それはおそらく、スノウが魔力不足で危ない状態に陥った経験から、本能で魔力を注がなくてはと判断したものと思われる。
でも、昨夜はすでに十分魔力が足りていて。過剰は魔力はむしろ、卵にとって害だった。
それこそ、ドリーが言っていたように『卵が溺れる』という状態だったのだ。
それをすぐに見て取ったドリーは、スノウから強制的に魔力を取り出す処置を行った。
普通なら魔法などで発散すればいいのだけれど、妊娠中はそうした魔力の消失が著しく制限されるらしい。本能的に卵のために魔力を保持しようとしてしまうのだ。
外部から強制的に魔力を取り出す処置は、患者にかかる負担をすべて施行者が肩代わりするらしい。
そのせいで、今はドリーが魔力過多状態で青い顔をしているのだ。時間の経過とともに解消されるそうだけれど、心配になってしまう。
「ドリー、今日は早く休んでね。元気になってよ。僕、こんなこと、もう二度としないし、させないから……!」
勢い込んで宣言すると、ドリーの目がキラリと輝いた。
それを、少々不吉な光だと感じたのはスノウだけではなかったようで、アークが警戒するようにドリーを睨む。
その視線を受けて、ドリーは凄味さえ感じる笑みを浮かべながら、口を開いた。
「ありがたいお言葉です。是非に、卵のためにも、そのお言葉を全うしていただきたく存じます。——分かっておりますよね、へ・い・か?」
「……なにを、だ」
ぐ、と息を呑んだアークに、ドリーは首を傾げた。
「もちろん、決まっているでしょう。夜の営みですよ。キスだけでこの調子なら、到底認められません。お預け延長です!」
「は……」
アークがぽかんと口を開いた。
スノウの好きなものに囲まれて、どこよりも落ち着く場所であるはずのそこで、今日は少しばかり身を縮めている。
「——まぁ、なんと言いますか……」
走らせていたペンを止め、ドリーが視線を上げた。
その声に呆れがこもっていることを敏感に察して、スノウはそっと目を逸らす。何を言われるか、なんとなく予想がついていた。
「言いたいことがあるならはっきり言え」
アークの声は少々冷たく、それがスノウ以外に対しての常だと分かっているものの、今はもう少し穏やかにしてほしいと思わなくもない。
だって、ドリーが呆れているのは、絶対にスノウとアークの我慢のなさのせいなのだ。
「では言わせていただきますが」
ドリーがニコリと微笑んだ。そのこめかみに青筋が立っているのは、見なかったふりをしてもいいだろうか。
再び視線を逸した先で、ルイスがふわりと微笑み返してくれた。癒やされる。
「——あなた、どんだけ魔力を注いでいるんですか。卵が溺れるでしょうが!」
ピシャリと鞭を打つような声で叱りつけられて、悄気げるような神経を持っていたのはスノウだけだったようだ。
「なんだ。卵は魔力で溺れるのか? なんと不甲斐ない。俺の子どもならば——」
「不甲斐ないとか、そういう問題じゃないんです! まだ生まれてもない子どもに対しての要求が高すぎる!」
ウガーッと吠えるように言いながら、髪を掻き乱すドリーに、スノウは本気で申し訳なくなった。
けっして、魔力を注いだのはスノウではないのだけれど。キスをねだった事実はなくならない。
言い訳をさせてもらえるなら。それくらいの接触で、魔力が溢れるなんて思いもしなかったのだ。
「キスで、魔力が溢れるなんて、今までなかったんだけどなぁ……」
思わずポツリと呟く。
途端にドリーから疲れきった目を向けられて、ぴゃっと自分の尻尾を掴んだ。口に咥えたいけど、さすがに今それをしたらだめなことは分かる。
「……陛下は規格外なんです。飛び抜けてるから、魔王なんです。でも、普段なら加減ができているはずなんですけど」
じとりと視線を向けられたアークは、涼しい顔でルイスにお茶を頼んでいる。
スノウが言うことではないかもしれないけれど、今はそんなにのんびりしている状態ではないと思う。
「——このっ、野獣陛下! てめぇの不手際なんとかしてやった、私に何か言うことはねぇのか!?」
「ひぇっ!」
ドリーがご乱心だ。
聞いたこともないような荒々しい言葉遣いに、スノウは目を丸くしながら固まった。そんな姿を「可愛いですねぇ」なんてルイスが言っているけれど、今は助けがほしい。
「ドリー。スノウが驚いている。身体に障るから、声を荒らげるな」
「っ、っ、っ……この、クソ野郎……!」
我慢を重ねた果てに、低い声音で吐き捨てたドリーが、なんだか哀れになってきた。
元凶のひとつがスノウであることは、ちゃんと分かっているけれど。
「あ、あのね……ごめん、なさい……」
「……番様が、謝る必要は、まっっっったく、ありません。すべてはこれが悪いのです」
ビシッと、敬意も何もかなぐり捨てて、ドリーがアークを指差す。
アークは涼しい顔でお茶を飲みながら、スノウの背中を撫でて宥めてくれていた。でも、スノウはやっぱり今は、その優しさを向ける対象が違うと思う。
「でもね……手間をとらせちゃったのは、僕だから……」
「手間と、言うほどの、ことでは……」
曖昧に言葉を濁らせたのは、それがスノウへの思いやりにすぎない言葉だったから。
ドリーの顔は治療を行ってから、ずっと青いままだ。
どうやら、昨夜のキスの際、アークは大量の魔力をスノウに注いでいたらしい。それはおそらく、スノウが魔力不足で危ない状態に陥った経験から、本能で魔力を注がなくてはと判断したものと思われる。
でも、昨夜はすでに十分魔力が足りていて。過剰は魔力はむしろ、卵にとって害だった。
それこそ、ドリーが言っていたように『卵が溺れる』という状態だったのだ。
それをすぐに見て取ったドリーは、スノウから強制的に魔力を取り出す処置を行った。
普通なら魔法などで発散すればいいのだけれど、妊娠中はそうした魔力の消失が著しく制限されるらしい。本能的に卵のために魔力を保持しようとしてしまうのだ。
外部から強制的に魔力を取り出す処置は、患者にかかる負担をすべて施行者が肩代わりするらしい。
そのせいで、今はドリーが魔力過多状態で青い顔をしているのだ。時間の経過とともに解消されるそうだけれど、心配になってしまう。
「ドリー、今日は早く休んでね。元気になってよ。僕、こんなこと、もう二度としないし、させないから……!」
勢い込んで宣言すると、ドリーの目がキラリと輝いた。
それを、少々不吉な光だと感じたのはスノウだけではなかったようで、アークが警戒するようにドリーを睨む。
その視線を受けて、ドリーは凄味さえ感じる笑みを浮かべながら、口を開いた。
「ありがたいお言葉です。是非に、卵のためにも、そのお言葉を全うしていただきたく存じます。——分かっておりますよね、へ・い・か?」
「……なにを、だ」
ぐ、と息を呑んだアークに、ドリーは首を傾げた。
「もちろん、決まっているでしょう。夜の営みですよ。キスだけでこの調子なら、到底認められません。お預け延長です!」
「は……」
アークがぽかんと口を開いた。
54
お気に入りに追加
3,180
あなたにおすすめの小説
転生令息は冒険者を目指す!?
葛城 惶
BL
ある時、日本に大規模災害が発生した。
救助活動中に取り残された少女を助けた自衛官、天海隆司は直後に土砂の崩落に巻き込まれ、意識を失う。
再び目を開けた時、彼は全く知らない世界に転生していた。
異世界で美貌の貴族令息に転生した脳筋の元自衛官は憧れの冒険者になれるのか?!
とってもお馬鹿なコメディです(;^_^A
そばかす糸目はのんびりしたい
楢山幕府
BL
由緒ある名家の末っ子として生まれたユージン。
母親が後妻で、眉目秀麗な直系の遺伝を受け継がなかったことから、一族からは空気として扱われていた。
ただ一人、溺愛してくる老いた父親を除いて。
ユージンは、のんびりするのが好きだった。
いつでも、のんびりしたいと思っている。
でも何故か忙しい。
ひとたび出張へ出れば、冒険者に囲まれる始末。
いつになったら、のんびりできるのか。もう開き直って、のんびりしていいのか。
果たして、そばかす糸目はのんびりできるのか。
懐かれ体質が好きな方向けです。今のところ主人公は、のんびり重視の恋愛未満です。
全17話、約6万文字。
【完結】マジで滅びるんで、俺の為に怒らないで下さい
白井のわ
BL
人外✕人間(人外攻め)体格差有り、人外溺愛もの、基本受け視点です。
村長一家に奴隷扱いされていた受けが、村の為に生贄に捧げられたのをきっかけに、双子の龍の神様に見初められ結婚するお話です。
攻めの二人はひたすら受けを可愛がり、受けは二人の為に立派なお嫁さんになろうと奮闘します。全編全年齢、少し受けが可哀想な描写がありますが基本的にはほのぼのイチャイチャしています。
巻き込まれ異世界転移者(俺)は、村人Aなので探さないで下さい。
はちのす
BL
異世界転移に巻き込まれた憐れな俺。
騎士団や勇者に見つからないよう、村人Aとしてスローライフを謳歌してやるんだからな!!
***********
異世界からの転移者を血眼になって探す人達と、ヒラリヒラリと躱す村人A(俺)の日常。
イケメン(複数)×平凡?
全年齢対象、すごく健全
モフモフになった魔術師はエリート騎士の愛に困惑中
risashy
BL
魔術師団の落ちこぼれ魔術師、ローランド。
任務中にひょんなことからモフモフに変幻し、人間に戻れなくなってしまう。そんなところを騎士団の有望株アルヴィンに拾われ、命拾いしていた。
快適なペット生活を満喫する中、実はアルヴィンが自分を好きだと知る。
アルヴィンから語られる自分への愛に、ローランドは戸惑うものの——?
24000字程度の短編です。
※BL(ボーイズラブ)作品です。
この作品は小説家になろうさんでも公開します。
異世界で8歳児になった僕は半獣さん達と仲良くスローライフを目ざします。……やっぱり狙われちゃう感じ?
み馬
BL
※ 完結しました。お読みくださった方々、誠にありがとうございました!
志望校に合格した春、桜の樹の下で意識を失った主人公・斗馬 亮介(とうま りょうすけ)は、気がついたとき、異世界で8歳児の姿にもどっていた。
わけもわからず放心していると、いきなり巨大な黒蛇に襲われるが、水の精霊〈ミュオン・リヒテル・リノアース〉と、半獣属の大熊〈ハイロ〉があらわれて……!?
これは、とある加護を受けた8歳児が、しゃべる動物たちとスローライフ?を目ざす、ファンタジーBLです。
おとなサイド(半獣×精霊)のカプありにつき、R15にしておきました。
※ 独自設定、造語、下ネタあり。出産描写あり。幕開け(前置き)長め。第21話に登場人物紹介を載せましたので、ご参考ください。
★お試し読みは、第1部(第22〜27話あたり)がオススメです。物語の傾向がわかりやすいかと思います★
★第11回BL小説大賞エントリー作品★最終結果2773作品中/414位★応援ありがとうございました★
【完結】守護霊さん、それは余計なお世話です。
N2O
BL
番のことが好きすぎる第二王子(熊の獣人/実は割と可愛い)
×
期間限定で心の声が聞こえるようになった黒髪青年(人間/番/実は割と逞しい)
Special thanks
illustration by 白鯨堂こち
※ご都合主義です。
※素人作品です。温かな目で見ていただけると助かります。
Switch!〜僕とイケメンな地獄の裁判官様の溺愛異世界冒険記〜
天咲 琴葉
BL
幼い頃から精霊や神々の姿が見えていた悠理。
彼は美しい神社で、家族や仲間達に愛され、幸せに暮らしていた。
しかし、ある日、『燃える様な真紅の瞳』をした男と出逢ったことで、彼の運命は大きく変化していく。
幾重にも襲い掛かる運命の荒波の果て、悠理は一度解けてしまった絆を結び直せるのか――。
運命に翻弄されても尚、出逢い続ける――宿命と絆の和風ファンタジー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる