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続々.雪豹くんと新しい家族
3-44.不安定な心
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真夜中に騒動を起こしてしまったため、スノウの起床はだいぶ遅く、昼近くになってからだった。
冷たいシーツに触れて、思わずむぅと唇を尖らせる。
アークは執務があるのだから、いつまでもスノウに付き合っているわけにはいかないと分かっている。スノウもアークが執務をサボったら叱りつけるだろう。
それなのに、一人きりのベッドが寂しくて、アークに文句を言いたくなってしまった。
(僕、こんなにわがままだったかな? もっと我慢できたと思うんだけど)
ざわざわとする胸を撫でて首を傾げる。
なんだか自分がいつもと違っている気がして落ち着かない。こんな時こそアークに傍にいてほしいのに、とやはり苛立ちが湧いてしまうから、いよいよおかしい気がしてきた。
「おはようございます、スノウ様。ゆっくりお休みになられましたか?」
ルイスがカーテンを開けながら微笑む。
降り注ぐ日差しに昼を感じて、スノウは一日を無駄にしてしまった気がして気落ちした。
「……うん、休めたよ」
体に不調なんて一切残っていないのに、心がついていかない。
変な気分は言葉にできるほど明確ではなく、スノウはぼそりと呟き返すことしかできなかった。
「おや……なるほど、心が不安定ですね」
カーテンの形を整え終えたルイスは、スノウの傍に寄りながら懐から何かを取り出した。
厚みのある本だ。表紙には『初めての妊娠・出産・育児教本』と書かれている。今一番スノウが必要としていそうな代物だった。
「何を確認しているの?」
「妊娠初期段階の症状ですよ。男同士の運命の番の場合、普通の妊娠出産とは状況が違いますが、症状は共通していることが多いのだと、ドリー様がおっしゃっておられましたので」
ルイスが得意げな顔で「昨夜から読み込んでいるんです」と続けた。心強いお世話係である。
スノウはふふっと微かに笑い「ありがとう」と告げた。ルイスの思いやりが伝わってきて、波打っていた心が少し凪いだ気がする。
「礼を言っていただけるほどのことではありませんよ」
にこりと微笑んだルイスは、本をパラパラと捲った。昨夜から読み込んでいるというのは嘘ではないようで、目的の文章を見つけ出す仕草に迷いがない。
「——スノウ様、ここをご覧になってみてください」
「なぁに?」
首を傾げながら、差し出された本に視線を落とす。
そこには『妊娠初期段階の症状』というタイトルがあった。そして、その下の方に続くのは、『精神症状:わけもなく苛立ったり、悲しくなったり、精神の不安定が生じる』という文章だ。
「——僕のこれ、卵ができたからなんだ……」
胸を撫でて、次いでお腹を慈しむように抱える。
ストンと腑に落ちて、少し心が安らいだ。理解できれば受け入れるだけ。守るべき存在のための不調なら、スノウは微笑んで愛すことができる。
「そうだと思います。気になるのでしたら、ドリー様に診察をお願いしますか?」
「ううん、大丈夫。納得したから」
「分かりました。他に気になることがありましたら、ご遠慮なくお知らせください」
ルイスが頷き、本を懐にしまう。
そして、「良いお天気です。体調がよろしければ、テラスで昼食にしましょう」と提案してきた。
スノウの心に寄り添ってくれるルイスの配慮に、自然と気分が明るく上向いていく。
「うん! お昼は外で食べよう」
「陛下もお昼休憩はこちらでとられるようですよ」
「え……アーク、そんなに休めるほど余裕があるの?」
不意打ちのように知らされて、スノウは喜ぶより先に心配になってしまった。
昨日も真夜中に帰ってきたようだし、アークに無理をさせるのは心が痛む。
そんなスノウを、ルイスは優しく包み込むような眼差しで見つめ返した。
「陛下にとっての一番の安らぎはスノウ様なのですから、お昼休憩くらいは許して差し上げましょうよ」
「……僕が、許すの?」
望んでいるのは僕の方なのに、という言葉はスノウの胸の内に消える。それを口にするのは、なんだか違う気がした。
ルイスはスノウの全ての思いを理解して肯定するように、にこりと笑う。
「当然でしょう。陛下はスノウ様の番なのですから」
「……当然なんだ」
「もちろん。ですから、スノウ様は陛下に何でもねだっていいんですよ」
起き抜けに自分をわがままだと思って苦しくなったスノウには、あまりに効果的な言葉だった。思わず視界が潤み始める。
これくらいのことで涙腺が緩むのも、きっと卵ができた影響だと、頭の隅で冷静な自分が判断していた。でも、それで堪えられるようなものではない。
「……うん。じゃあ、アークに、いっぱいわがまま言っちゃおうかな」
なんとか明るい声音を絞り出したスノウに、ルイスが強く頷く。
「陛下は甲斐性も魔族最強ですから、ドーンッと頼っていいと思います」
グッとガッツポーズで励ましてきた。
そんなおちゃらけた姿を見て、スノウは「甲斐性に最強とかあるの?!」と言いながら、お腹を抱えて笑ってしまう。
子どもたちも楽しく鳴いているように思えて、さらに幸せいっぱいな気持ちで、アークの訪れが楽しみになってきた。
冷たいシーツに触れて、思わずむぅと唇を尖らせる。
アークは執務があるのだから、いつまでもスノウに付き合っているわけにはいかないと分かっている。スノウもアークが執務をサボったら叱りつけるだろう。
それなのに、一人きりのベッドが寂しくて、アークに文句を言いたくなってしまった。
(僕、こんなにわがままだったかな? もっと我慢できたと思うんだけど)
ざわざわとする胸を撫でて首を傾げる。
なんだか自分がいつもと違っている気がして落ち着かない。こんな時こそアークに傍にいてほしいのに、とやはり苛立ちが湧いてしまうから、いよいよおかしい気がしてきた。
「おはようございます、スノウ様。ゆっくりお休みになられましたか?」
ルイスがカーテンを開けながら微笑む。
降り注ぐ日差しに昼を感じて、スノウは一日を無駄にしてしまった気がして気落ちした。
「……うん、休めたよ」
体に不調なんて一切残っていないのに、心がついていかない。
変な気分は言葉にできるほど明確ではなく、スノウはぼそりと呟き返すことしかできなかった。
「おや……なるほど、心が不安定ですね」
カーテンの形を整え終えたルイスは、スノウの傍に寄りながら懐から何かを取り出した。
厚みのある本だ。表紙には『初めての妊娠・出産・育児教本』と書かれている。今一番スノウが必要としていそうな代物だった。
「何を確認しているの?」
「妊娠初期段階の症状ですよ。男同士の運命の番の場合、普通の妊娠出産とは状況が違いますが、症状は共通していることが多いのだと、ドリー様がおっしゃっておられましたので」
ルイスが得意げな顔で「昨夜から読み込んでいるんです」と続けた。心強いお世話係である。
スノウはふふっと微かに笑い「ありがとう」と告げた。ルイスの思いやりが伝わってきて、波打っていた心が少し凪いだ気がする。
「礼を言っていただけるほどのことではありませんよ」
にこりと微笑んだルイスは、本をパラパラと捲った。昨夜から読み込んでいるというのは嘘ではないようで、目的の文章を見つけ出す仕草に迷いがない。
「——スノウ様、ここをご覧になってみてください」
「なぁに?」
首を傾げながら、差し出された本に視線を落とす。
そこには『妊娠初期段階の症状』というタイトルがあった。そして、その下の方に続くのは、『精神症状:わけもなく苛立ったり、悲しくなったり、精神の不安定が生じる』という文章だ。
「——僕のこれ、卵ができたからなんだ……」
胸を撫でて、次いでお腹を慈しむように抱える。
ストンと腑に落ちて、少し心が安らいだ。理解できれば受け入れるだけ。守るべき存在のための不調なら、スノウは微笑んで愛すことができる。
「そうだと思います。気になるのでしたら、ドリー様に診察をお願いしますか?」
「ううん、大丈夫。納得したから」
「分かりました。他に気になることがありましたら、ご遠慮なくお知らせください」
ルイスが頷き、本を懐にしまう。
そして、「良いお天気です。体調がよろしければ、テラスで昼食にしましょう」と提案してきた。
スノウの心に寄り添ってくれるルイスの配慮に、自然と気分が明るく上向いていく。
「うん! お昼は外で食べよう」
「陛下もお昼休憩はこちらでとられるようですよ」
「え……アーク、そんなに休めるほど余裕があるの?」
不意打ちのように知らされて、スノウは喜ぶより先に心配になってしまった。
昨日も真夜中に帰ってきたようだし、アークに無理をさせるのは心が痛む。
そんなスノウを、ルイスは優しく包み込むような眼差しで見つめ返した。
「陛下にとっての一番の安らぎはスノウ様なのですから、お昼休憩くらいは許して差し上げましょうよ」
「……僕が、許すの?」
望んでいるのは僕の方なのに、という言葉はスノウの胸の内に消える。それを口にするのは、なんだか違う気がした。
ルイスはスノウの全ての思いを理解して肯定するように、にこりと笑う。
「当然でしょう。陛下はスノウ様の番なのですから」
「……当然なんだ」
「もちろん。ですから、スノウ様は陛下に何でもねだっていいんですよ」
起き抜けに自分をわがままだと思って苦しくなったスノウには、あまりに効果的な言葉だった。思わず視界が潤み始める。
これくらいのことで涙腺が緩むのも、きっと卵ができた影響だと、頭の隅で冷静な自分が判断していた。でも、それで堪えられるようなものではない。
「……うん。じゃあ、アークに、いっぱいわがまま言っちゃおうかな」
なんとか明るい声音を絞り出したスノウに、ルイスが強く頷く。
「陛下は甲斐性も魔族最強ですから、ドーンッと頼っていいと思います」
グッとガッツポーズで励ましてきた。
そんなおちゃらけた姿を見て、スノウは「甲斐性に最強とかあるの?!」と言いながら、お腹を抱えて笑ってしまう。
子どもたちも楽しく鳴いているように思えて、さらに幸せいっぱいな気持ちで、アークの訪れが楽しみになってきた。
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