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続々.雪豹くんと新しい家族

3-26.尖る理由(アーク)

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 アークの姿を認めた騎士が、すっと扉を開ける。
 足を止めずに執務室に入ると、鋭い眼差しが貫いた。

「……随分と長いお休みで」
「ああ、幸せな時間だったぞ」

 咎めるつもりなんてないくせに、皮肉混じりの挨拶をするロウエンは、普段通りの余裕がないらしい。

 執務椅子に腰掛けながら、じっとロウエンを観察する。
 ペラリ、ペラリとめくられる紙の音。既にロウエンの視線はアークから離れ、仕事に没頭しているようだった。
 そう見えるだけで、頭の大部分を違うものが占めているのを、アークはよく分かっている。

「……お前、休んだ方がいいんじゃないか」
「仕事がありますから」
「俺が戻ってきたというのに、まだ仕事をするのか。顔が白いぞ」
「吸血鬼族は白いのが当たり前ですよ」

 気遣った言葉はさらりと受け流されるばかりか、鬱陶しそうな顔をされる。
 ますます普段とは違う態度だ。いつもなら、これくらいの時期になれば余裕を取り戻すのに。

(さて、どれが原因だろう?)

 机に積み上がった書類に気が遠くなりながら手を伸ばす。
 文字を頭に入れる一方で考えるのは、ロウエンのことだ。あまりにも様子がおかしすぎて、放っておけない。

 スノウ以外に対しては情が無に等しいアークだが、ロウエンは数少ない近しい相手だ。不調を感じれば多少なりとも心配する。

(人間たちの動向に問題があれば、すぐに報告してくるだろう)

 ロウエンが憎む存在を思い出し、それがロウエンを不調に導いた可能性を消去する。
 人間に攻撃を加えられる機会が見つかれば、ロウエンはむしろ嬉々とした様子になるに違いない。アークが止めているだけで、ロウエンはいつだって復讐の機会を窺っているのだから。

(今更、俺とスノウの関係を羨んで疎ましがる性格ではないしな)

 次に浮かんだ可能性も、すぐに消去できた。
 ロウエンは皮肉屋で素直ではないが、心からアークとスノウの幸せを喜んでいる。アークが一人で過ごしてきた時間の長さをよく知っているからこそ、その喜びは大きいのだ。

(いつもと違うことといえば――)

 様々な可能性を消して、導かれた普段との相違点は一つだけ。それがロウエンを不調に導くのは、なんとなく理解できるような、不思議なような。

「……マルモのことで、何か報告はなかったか?」

 ビクッと気配が揺れるのを感じた。当たりだ。
 呆れるような、それでいて憐れむような心持ちで、ロウエンを眺める。その顔に動揺は見えなかった。つくづく隠すのが得意な男だ。可愛げがない。

「私に、どうしてそのような報告が届くと思われたのです?」
「スノウが騎士たちに梅の香りの者を探すよう頼んでいたようだからな。スノウがしばらくここに顔を出さなかった以上、その報告がロウエンに来ていてもおかしくないだろう」

 用心深い静かな声音を、あっさりと退ける。
 そんなこと、問い返さなくてもロウエンなら分かっていただろうに。やはり不調が際立っているようだ。

(まさか、ロウエンがこれほどまでに調子を狂わせるとはなぁ……)

 黙り込むロウエンを横目に、思考に耽る。
 アークは先代の魔王の下で激しい戦争を目の当たりにした。ロウエンがその戦争の中で大切な存在を失ったことも、よく知っている。

(あの時ほどではないが、少し心配だ)

 憎しみに溢れた目で、人間を屠り続けていた姿を思い出す。
 ロウエンは頭が良く、理性的だ。そうあれるよう、努力し続けてきたことを知っている。それにもかかわらず、大切な存在を失った後は、憐れなほど狂っていた。

(俺は、こいつの私情にかかわるつもりはなかったんだが……)

 頬杖をつき、ロウエンを眺める。
 たくさんの仕事があることは分かっていたが、今はそれよりも大事なことがあった。優先すべきはこの頭の固い友人だ。
 ――たとえ、心底嫌そうな顔で睨まれても。

「……報告は何も。スノウ様がいらっしゃったら、報告するのでは?」

 つまらない会話を続けるつもりらしい。
 ロウエンらしくない悪あがきに、思わず失笑する。途端に鋭い眼差しを感じて、さらに笑ってしまった。
 あまりに余裕がなさすぎる。まるで破裂寸前の風船のようだ。

(俺は、ロウエンが弾け飛んでしまったら困るんだが)

 ちらりと書類の束に視線を向ける。アークと同じくらいの場所にいてくれるのはロウエンだけだ。スノウもアークの理解者だが、その立場はまるで異なる。

 アークがこれからもつつがなく魔王としてあり続けるためには、ロウエンにいてもらわなくては困るのだ。勝手にいなくなられでもしたら、その損害が大きすぎる。

「ふぅ……面倒くさいやつめ……」

 思わず呟いたら、ロウエンの耳に届いてしまったらしい。
 じろりと睨まれながら、アークはぼんやりと考える。ロウエンのために、何をしてやれるか、と。

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