雪豹くんは魔王さまに溺愛される

asagi

文字の大きさ
上 下
139 / 224
続々.雪豹くんと新しい家族

3-26.尖る理由(アーク)

しおりを挟む
 アークの姿を認めた騎士が、すっと扉を開ける。
 足を止めずに執務室に入ると、鋭い眼差しが貫いた。

「……随分と長いお休みで」
「ああ、幸せな時間だったぞ」

 咎めるつもりなんてないくせに、皮肉混じりの挨拶をするロウエンは、普段通りの余裕がないらしい。

 執務椅子に腰掛けながら、じっとロウエンを観察する。
 ペラリ、ペラリとめくられる紙の音。既にロウエンの視線はアークから離れ、仕事に没頭しているようだった。
 そう見えるだけで、頭の大部分を違うものが占めているのを、アークはよく分かっている。

「……お前、休んだ方がいいんじゃないか」
「仕事がありますから」
「俺が戻ってきたというのに、まだ仕事をするのか。顔が白いぞ」
「吸血鬼族は白いのが当たり前ですよ」

 気遣った言葉はさらりと受け流されるばかりか、鬱陶しそうな顔をされる。
 ますます普段とは違う態度だ。いつもなら、これくらいの時期になれば余裕を取り戻すのに。

(さて、どれが原因だろう?)

 机に積み上がった書類に気が遠くなりながら手を伸ばす。
 文字を頭に入れる一方で考えるのは、ロウエンのことだ。あまりにも様子がおかしすぎて、放っておけない。

 スノウ以外に対しては情が無に等しいアークだが、ロウエンは数少ない近しい相手だ。不調を感じれば多少なりとも心配する。

(人間たちの動向に問題があれば、すぐに報告してくるだろう)

 ロウエンが憎む存在を思い出し、それがロウエンを不調に導いた可能性を消去する。
 人間に攻撃を加えられる機会が見つかれば、ロウエンはむしろ嬉々とした様子になるに違いない。アークが止めているだけで、ロウエンはいつだって復讐の機会を窺っているのだから。

(今更、俺とスノウの関係を羨んで疎ましがる性格ではないしな)

 次に浮かんだ可能性も、すぐに消去できた。
 ロウエンは皮肉屋で素直ではないが、心からアークとスノウの幸せを喜んでいる。アークが一人で過ごしてきた時間の長さをよく知っているからこそ、その喜びは大きいのだ。

(いつもと違うことといえば――)

 様々な可能性を消して、導かれた普段との相違点は一つだけ。それがロウエンを不調に導くのは、なんとなく理解できるような、不思議なような。

「……マルモのことで、何か報告はなかったか?」

 ビクッと気配が揺れるのを感じた。当たりだ。
 呆れるような、それでいて憐れむような心持ちで、ロウエンを眺める。その顔に動揺は見えなかった。つくづく隠すのが得意な男だ。可愛げがない。

「私に、どうしてそのような報告が届くと思われたのです?」
「スノウが騎士たちに梅の香りの者を探すよう頼んでいたようだからな。スノウがしばらくここに顔を出さなかった以上、その報告がロウエンに来ていてもおかしくないだろう」

 用心深い静かな声音を、あっさりと退ける。
 そんなこと、問い返さなくてもロウエンなら分かっていただろうに。やはり不調が際立っているようだ。

(まさか、ロウエンがこれほどまでに調子を狂わせるとはなぁ……)

 黙り込むロウエンを横目に、思考に耽る。
 アークは先代の魔王の下で激しい戦争を目の当たりにした。ロウエンがその戦争の中で大切な存在を失ったことも、よく知っている。

(あの時ほどではないが、少し心配だ)

 憎しみに溢れた目で、人間を屠り続けていた姿を思い出す。
 ロウエンは頭が良く、理性的だ。そうあれるよう、努力し続けてきたことを知っている。それにもかかわらず、大切な存在を失った後は、憐れなほど狂っていた。

(俺は、こいつの私情にかかわるつもりはなかったんだが……)

 頬杖をつき、ロウエンを眺める。
 たくさんの仕事があることは分かっていたが、今はそれよりも大事なことがあった。優先すべきはこの頭の固い友人だ。
 ――たとえ、心底嫌そうな顔で睨まれても。

「……報告は何も。スノウ様がいらっしゃったら、報告するのでは?」

 つまらない会話を続けるつもりらしい。
 ロウエンらしくない悪あがきに、思わず失笑する。途端に鋭い眼差しを感じて、さらに笑ってしまった。
 あまりに余裕がなさすぎる。まるで破裂寸前の風船のようだ。

(俺は、ロウエンが弾け飛んでしまったら困るんだが)

 ちらりと書類の束に視線を向ける。アークと同じくらいの場所にいてくれるのはロウエンだけだ。スノウもアークの理解者だが、その立場はまるで異なる。

 アークがこれからもつつがなく魔王としてあり続けるためには、ロウエンにいてもらわなくては困るのだ。勝手にいなくなられでもしたら、その損害が大きすぎる。

「ふぅ……面倒くさいやつめ……」

 思わず呟いたら、ロウエンの耳に届いてしまったらしい。
 じろりと睨まれながら、アークはぼんやりと考える。ロウエンのために、何をしてやれるか、と。

しおりを挟む
感想 55

あなたにおすすめの小説

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

幽閉王子は最強皇子に包まれる

皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。 表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。

こわいかおの獣人騎士が、仕事大好きトリマーに秒で堕とされた結果

てへぺろ
恋愛
仕事大好きトリマーである黒木優子(クロキ)が召喚されたのは、毛並みの手入れが行き届いていない、犬系獣人たちの国だった。 とりあえず、護衛兼監視役として来たのは、ハスキー系獣人であるルーサー。不機嫌そうににらんでくるものの、ハスキー大好きなクロキにはそんなの関係なかった。 「とりあえずブラッシングさせてくれません?」 毎日、獣人たちのお手入れに精を出しては、ルーサーを(犬的に)愛でる日々。 そのうち、ルーサーはクロキを女性として意識するようになるものの、クロキは彼を犬としかみていなくて……。 ※獣人のケモ度が高い世界での恋愛話ですが、ケモナー向けではないです。ズーフィリア向けでもないです。

悪役令息の七日間

リラックス@ピロー
BL
唐突に前世を思い出した俺、ユリシーズ=アディンソンは自分がスマホ配信アプリ"王宮の花〜神子は7色のバラに抱かれる〜"に登場する悪役だと気付く。しかし思い出すのが遅過ぎて、断罪イベントまで7日間しか残っていない。 気づいた時にはもう遅い、それでも足掻く悪役令息の話。【お知らせ:2024年1月18日書籍発売!】

宰相閣下の執愛は、平民の俺だけに向いている

飛鷹
BL
旧題:平民のはずの俺が、規格外の獣人に絡め取られて番になるまでの話 アホな貴族の両親から生まれた『俺』。色々あって、俺の身分は平民だけど、まぁそんな人生も悪くない。 無事に成長して、仕事に就くこともできたのに。 ここ最近、夢に魘されている。もう一ヶ月もの間、毎晩毎晩………。 朝起きたときには忘れてしまっている夢に疲弊している平民『レイ』と、彼を手に入れたくてウズウズしている獣人のお話。 連載の形にしていますが、攻め視点もUPするためなので、多分全2〜3話で完結予定です。 ※6/20追記。 少しレイの過去と気持ちを追加したくて、『連載中』に戻しました。 今迄のお話で完結はしています。なので以降はレイの心情深堀の形となりますので、章を分けて表示します。 1話目はちょっと暗めですが………。 宜しかったらお付き合い下さいませ。 多分、10話前後で終わる予定。軽く読めるように、私としては1話ずつを短めにしております。 ストックが切れるまで、毎日更新予定です。

魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました

タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。 クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。 死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。 「ここは天国ではなく魔界です」 天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。 「至上様、私に接吻を」 「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」 何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?

異世界で8歳児になった僕は半獣さん達と仲良くスローライフを目ざします

み馬
BL
志望校に合格した春、桜の樹の下で意識を失った主人公・斗馬 亮介(とうま りょうすけ)は、気がついたとき、異世界で8歳児の姿にもどっていた。 わけもわからず放心していると、いきなり巨大な黒蛇に襲われるが、水の精霊〈ミュオン・リヒテル・リノアース〉と、半獣属の大熊〈ハイロ〉があらわれて……!? これは、異世界へ転移した8歳児が、しゃべる動物たちとスローライフ?を目ざす、ファンタジーBLです。 おとなサイド(半獣×精霊)のカプありにつき、R15にしておきました。 ※ 設定ゆるめ、造語、出産描写あり。幕開け(前置き)長め。第21話に登場人物紹介を載せましたので、ご参考ください。 ★お試し読みは、第1部(第22〜27話あたり)がオススメです。物語の傾向がわかりやすいかと思います★ ★第11回BL小説大賞エントリー作品★最終結果2773作品中/414位★応援ありがとうございました★

僕がハーブティーを淹れたら、筆頭魔術師様(♂)にプロポーズされました

楠結衣
BL
貴族学園の中庭で、婚約破棄を告げられたエリオット伯爵令息。可愛らしい見た目に加え、ハーブと刺繍を愛する彼は、女よりも女の子らしいと言われていた。女騎士を目指す婚約者に「妹みたい」とバッサリ切り捨てられ、婚約解消されてしまう。 ショックのあまり実家のハーブガーデンに引きこもっていたところ、王宮魔術塔で働く兄から助手に誘われる。 喜ぶ家族を見たら断れなくなったエリオットは筆頭魔術師のジェラール様の執務室へ向かう。そこでエリオットがいつものようにハーブティーを淹れたところ、なぜかプロポーズされてしまい……。   「エリオット・ハワード――俺と結婚しよう」 契約結婚の打診からはじまる男同士の恋模様。 エリオットのハーブティーと刺繍に特別な力があることは、まだ秘密──。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。