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続々.雪豹くんと新しい家族
3-16.種族の違い
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翌日の執務室。
ぽす……ぽす……。
ふわふわの尻尾が床を叩く。
時折身体を撫でられながら、スノウはアークの膝でぐてんと寝そべっていた。
「……随分と体力を消耗させたようで。部屋で休ませたらいいのでは?」
「また番欠乏症になっては可哀想だろう」
「陛下が離れたくないだけでしょう。スノウ様は十分満ち足りているように見えますよ」
ロウエンの呆れ気味の声がする。
身体が重くて、まぶたを上げるのも億劫で、スノウは耳をピコピコと動かせた。
(溢れるほどに満たされてるんだよ。十分なんだよ。……眠たい)
声を出すのも面倒くさくて、頭の中で呟く。誰にも聞こえないから意味はないのだけれど。
「まぁ、スノウ様も、陛下のお傍にいるのは好きですし――」
ルイスのとりなしで、ロウエンは口を噤んだ。
静かになった空間に響くのは、書類をめくったりサインをしたりする音。インクの匂いをかき消すように、ふわりと花の香りがしてきた。
「香茶をお淹れいたしました。気持ちが和らぐといいのですが」
「別に、私は苛立っているわけではないんだがね」
「ですが、いつもより刺々しい雰囲気ですよ」
「っ……」
ぐ、と言葉を飲み込むような沈黙。
ルイスは気にせず、香茶を配っているようだ。ロウエン相手に強気の態度である。
ロウエンは弱いものいじめをするタイプではないから、スノウがフォローをしなくても大丈夫だろう。でも、ルイスが普段と違うと評した雰囲気が気になった。
「んー……僕も、お茶飲む……」
ぐぐっと伸びをして、身を起こす。
真っ先に見えたのは残念そうなアークの顔。ちょっと離れただけなのに。
視線を移すと、香茶を睨むような表情のロウエンがいた。
(確かに、機嫌悪そう……)
パチリと目を瞬く。
いつも余裕たっぷりのロウエンに、いったい何があったのだろうか。ルイスの言動のせいとは思えない。
「スノウ様もどうぞ。今日は梅の香りの香茶にしてみました。昨日から何かと話題にでていらしたようなので」
ルイスがにこにこと笑う。
スノウ用のお皿には、香茶がなみなみと注がれていた。覚えがある香りがすると思ったら、梅の花だったらしい。
ルイスには、今朝梅の香りを放つ者がいないか聞いておいたから、そのせいだろう。「……心当たりがあるような、ないような?」という曖昧な返事だったけれど、気にしてくれているはずだ。
(マルモさんの番は、こんな香りなんだろうなぁ)
お皿に鼻を近づけて、舌でペロペロと飲む。
人型の方が飲みやすいのだけれど、今は獣型の方が多少なりとも疲労感がない。人型だとちょっと腕を動かすだけでもしんどいのだ。
「……昨日から、全員で私を追い立てている気がする」
「なんの話だ」
ロウエンの呟きに、アークが反応した。
二人の視線が無言で交わる。
「……いえ、なんでもありません」
「そうか。言っておくが、俺はお前の私生活はどうでもいい。好きにしろ。ただ、体調を崩すのはやめてほしい。眠れないならば、薬か催眠魔法を使え」
アークの淡々とした口調に、沈黙が返った。ロウエンがアークに負けているなんて珍しい。
スノウは少し顔を上げて、二人に視線を向けた。
(ロウエンさん、苦々しい顔をしてるなぁ……。アークはいつも通りだけど)
ふ、と疑問が生じた。
ロウエンはどんな香りを放っているのだろう、と。
スノウはアーク以外の者の香りに鈍感だ。どうやら、幼い内に運命の番に出会うと、それ以外の香りに上手く反応しなくなるらしい。
これまで、それによって何らかの問題が起きたことはないけれど、マルモの番探しには自分がほとんど役に立たないと自覚している。
「ルイスって、どんな香りがするの?」
「え、急に私について、興味を持ったんですか?」
「ルイスに、というか、皆の香りについてかな」
尋ねると、ルイスはパチパチと瞬きをした。その視線が一瞬ロウエンの方へ流れる。
ロウエンは少し強張った顔をしていた。
「……私はスライム族ですから。基本的には澄んだ水の香りと言われていますよ。何かを吸収した後は、若干香りが変わるらしいですが」
「へぇ、スライム族って特殊なんだね」
その特性は初めて聞いたので、スノウは目を丸くする。
澄んだ水の香りって、どんなのだろう。その香りに普通気付けるのだろうか。
「おかげさまで、スライム族は運命の番を見つけ出す確率はゼロに等しいと言われていますね」
「……それは、喜ばしいことなの?」
ルイスはクッキーを用意しながら肩をすくめる。
「うーん、どうでもいいことですかね。スライム族は感情が希薄な者が多いので。もし他種族に運命の番がいたとしても、同程度の愛情を抱けないと思います。不幸になる者を生まないという意味で、スライム族があまり香りを放たないのは、良いことなのでしょう」
「……そうなんだ」
色んな生き方、考え方があるものだ。
アークと出会えたスノウにとって、番は絶対的な存在だけれど、そうではない者もいるのだと分かった。
そうなると、マルモの番も同様に、運命の番にあまり興味がない可能性がある。
それは探し出しても幸せとは限らないということ。
(――アークが言っていたのは、そういうことか……)
マルモの番を探したい、と話した時に止められたことを思い出して、スノウはようやく納得した。
ぽす……ぽす……。
ふわふわの尻尾が床を叩く。
時折身体を撫でられながら、スノウはアークの膝でぐてんと寝そべっていた。
「……随分と体力を消耗させたようで。部屋で休ませたらいいのでは?」
「また番欠乏症になっては可哀想だろう」
「陛下が離れたくないだけでしょう。スノウ様は十分満ち足りているように見えますよ」
ロウエンの呆れ気味の声がする。
身体が重くて、まぶたを上げるのも億劫で、スノウは耳をピコピコと動かせた。
(溢れるほどに満たされてるんだよ。十分なんだよ。……眠たい)
声を出すのも面倒くさくて、頭の中で呟く。誰にも聞こえないから意味はないのだけれど。
「まぁ、スノウ様も、陛下のお傍にいるのは好きですし――」
ルイスのとりなしで、ロウエンは口を噤んだ。
静かになった空間に響くのは、書類をめくったりサインをしたりする音。インクの匂いをかき消すように、ふわりと花の香りがしてきた。
「香茶をお淹れいたしました。気持ちが和らぐといいのですが」
「別に、私は苛立っているわけではないんだがね」
「ですが、いつもより刺々しい雰囲気ですよ」
「っ……」
ぐ、と言葉を飲み込むような沈黙。
ルイスは気にせず、香茶を配っているようだ。ロウエン相手に強気の態度である。
ロウエンは弱いものいじめをするタイプではないから、スノウがフォローをしなくても大丈夫だろう。でも、ルイスが普段と違うと評した雰囲気が気になった。
「んー……僕も、お茶飲む……」
ぐぐっと伸びをして、身を起こす。
真っ先に見えたのは残念そうなアークの顔。ちょっと離れただけなのに。
視線を移すと、香茶を睨むような表情のロウエンがいた。
(確かに、機嫌悪そう……)
パチリと目を瞬く。
いつも余裕たっぷりのロウエンに、いったい何があったのだろうか。ルイスの言動のせいとは思えない。
「スノウ様もどうぞ。今日は梅の香りの香茶にしてみました。昨日から何かと話題にでていらしたようなので」
ルイスがにこにこと笑う。
スノウ用のお皿には、香茶がなみなみと注がれていた。覚えがある香りがすると思ったら、梅の花だったらしい。
ルイスには、今朝梅の香りを放つ者がいないか聞いておいたから、そのせいだろう。「……心当たりがあるような、ないような?」という曖昧な返事だったけれど、気にしてくれているはずだ。
(マルモさんの番は、こんな香りなんだろうなぁ)
お皿に鼻を近づけて、舌でペロペロと飲む。
人型の方が飲みやすいのだけれど、今は獣型の方が多少なりとも疲労感がない。人型だとちょっと腕を動かすだけでもしんどいのだ。
「……昨日から、全員で私を追い立てている気がする」
「なんの話だ」
ロウエンの呟きに、アークが反応した。
二人の視線が無言で交わる。
「……いえ、なんでもありません」
「そうか。言っておくが、俺はお前の私生活はどうでもいい。好きにしろ。ただ、体調を崩すのはやめてほしい。眠れないならば、薬か催眠魔法を使え」
アークの淡々とした口調に、沈黙が返った。ロウエンがアークに負けているなんて珍しい。
スノウは少し顔を上げて、二人に視線を向けた。
(ロウエンさん、苦々しい顔をしてるなぁ……。アークはいつも通りだけど)
ふ、と疑問が生じた。
ロウエンはどんな香りを放っているのだろう、と。
スノウはアーク以外の者の香りに鈍感だ。どうやら、幼い内に運命の番に出会うと、それ以外の香りに上手く反応しなくなるらしい。
これまで、それによって何らかの問題が起きたことはないけれど、マルモの番探しには自分がほとんど役に立たないと自覚している。
「ルイスって、どんな香りがするの?」
「え、急に私について、興味を持ったんですか?」
「ルイスに、というか、皆の香りについてかな」
尋ねると、ルイスはパチパチと瞬きをした。その視線が一瞬ロウエンの方へ流れる。
ロウエンは少し強張った顔をしていた。
「……私はスライム族ですから。基本的には澄んだ水の香りと言われていますよ。何かを吸収した後は、若干香りが変わるらしいですが」
「へぇ、スライム族って特殊なんだね」
その特性は初めて聞いたので、スノウは目を丸くする。
澄んだ水の香りって、どんなのだろう。その香りに普通気付けるのだろうか。
「おかげさまで、スライム族は運命の番を見つけ出す確率はゼロに等しいと言われていますね」
「……それは、喜ばしいことなの?」
ルイスはクッキーを用意しながら肩をすくめる。
「うーん、どうでもいいことですかね。スライム族は感情が希薄な者が多いので。もし他種族に運命の番がいたとしても、同程度の愛情を抱けないと思います。不幸になる者を生まないという意味で、スライム族があまり香りを放たないのは、良いことなのでしょう」
「……そうなんだ」
色んな生き方、考え方があるものだ。
アークと出会えたスノウにとって、番は絶対的な存在だけれど、そうではない者もいるのだと分かった。
そうなると、マルモの番も同様に、運命の番にあまり興味がない可能性がある。
それは探し出しても幸せとは限らないということ。
(――アークが言っていたのは、そういうことか……)
マルモの番を探したい、と話した時に止められたことを思い出して、スノウはようやく納得した。
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