雪豹くんは魔王さまに溺愛される

asagi

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続々.雪豹くんと新しい家族

3-11.突然の変化

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 就業時間を超えて続いた執務に、ようやく終わりが見えてきた頃。
 スノウはムワッと強く感じる香りに「んん……?」と声を漏らした。

(なんだか……頭がぼーっとする……)

 ふわふわと浮つく意識。でも、甘い香りだけが焼きつくようにスノウを刺激する。

「ぁ……あーく……」

 覚束ない声で呼びかけ手を伸ばすと、力強く抱きしめられた。
 濃厚な香りに包まれて、うっとりと目を伏せる。頬を厚い胸板に擦り寄せるだけで、幸福感が押し寄せてきた。

「……発情期、ではなさそうですが」

 ロウエンが何か言っている。
 ぼんやりとした頭では、言葉が耳を通り過ぎていってしまって理解できない。

「そうだな。まだのようだが、近い感じはする。……とりあえず、部屋に連れ帰る。医師を呼んでおいてくれ」
「かしこまりました。どうぞお早く」

 身体が熱い。奥からふつふつと何かがこみ上げてくるような、不思議で煽られるような感覚がある。

「あついよ……」
「ああ、熱っぽいな。後で医師に診てもらおう」
「んん……離れないで……」

 アークの腕の力が弱まり、距離ができる。体温が遠くなるのが悲しくて寂しくて、スノウはポロポロと涙を零しながら手を伸ばした。

「俺が、スノウを離すわけがないだろう」

 力強い声と共に、身体が抱き上げられる。
 その慣れた感覚にスノウの手はいつも通り、アークの首元に回った。肩に頬を寄せ、強く抱きしめてくれる腕に身を任せる。

 この腕の中にいれば、スノウに危険なことなんて一つもない。
 絶対的な安心感に頬が緩んだ。

「――俺が焦っているのに、随分と幸せそうな顔だ」

 苦笑気味の声が降り注ぐ。歩き出したアークに揺られていたスノウは、重い目蓋を必死に開いた。

 珍しい表情のアークが見える。眉間にシワが寄り、目が気遣わしそうに細められていた。
 どうしてそんな顔をしているのか――。

(――あ、僕が、体調が、悪い? からだね……)

 身体は熱くて重いけれど、体調が悪いという感じはしない。だから、アークがそこまで心配する理由がいまいち分からなかった。

「だいじょうぶだよ……ぼく、つよいから……」
「分かっているさ。だが、俺の愛する番がぐったりしているんだから、心配しないでいられるわけがないだろう?」

 額に唇が触れる。
 いつもは熱いそれが、ひんやりしているように感じるのは、スノウの熱が相当高いからだろう。

 唇からそれを感じ取ったのか、アークの眉間のシワがさらに強くなった。

「……ルイス」
「はい。スライム式熱吸収体がご希望ですね」

 ルイスがアークの呼びかけにすぐさま反応した。
 一拍後には、額の上に冷たくてしっとりとしたものが乗せられる。

「私の分裂体ですよー。熱吸収効果があるから、暫く可愛がってくださいね」
「……ん、ルイスの」

 これが、マルモが言っていたスライムの役割の一つなのかな。ぷるぷるしていて気持ちがいい。
 アークが傍にいる安心感とあわせて、スノウをホッとさせてくれた。

「陛下、こちらに」

 いつの間にか寝室に辿り着いていたようで、慣れた香りが強く漂うベッドに寝かせられた。
 普段なら寂しくなってしまう冷たいシーツが、今日は心地よい。思わずすりすりと手で撫でた。

「アーク……もっと、傍にいて」

 離れてしまったアークに手を伸ばす。
 すぐさま隣に寝転んできたので、ぎゅっと抱きついた。

「やはり発情期という感じではないな。香りは強いが、性的欲求が弱い」
「ひたすら安心感を求めている感じですね。もしかしたら――」

 ルイスの言葉がノックの音で遮られた。
 すぐさま部屋に迎え入れられたのは、初めての香りの人だ。ぼんやりとした視界に、緑色の髪が飛び込んでくる。

「番様の体調はいかがですか?」
「ドリー。随分と熱が高いようだ。香りも強くなっているが、発情期とは違う」
「分かりました。――少し診させていただきますね」

 優しい声音で囁かれ、アークに絡んでいた腕を外された。アークとの間に隙間ができて寂しい。

「やぁだっ……」
「大丈夫だ。ここにいる」

 伸ばした手をアークが握りしめてくれた。
 寂しさはなくならないけれど、少し安心する。

「んー……。陛下の治癒魔法はお使いになられました?」
「いや。俺の魔法で診察しても異常はなかった。少なくとも魔力の乱れや肉体の損傷ではないようだ。判断できない内に治癒魔法を使うと、無駄に体力を消費させる可能性があるから使っていない」

 なるほど、と返る声。
 暫く何かをしていたようだけれど、ふと動きが止まる。

「――おそらく、軽度の番欠乏症ですね」
「なに?」

 アークがひどく衝撃を受けたように驚いていた。
 スノウはその理由が分からなかったけれど、慰めるために手を伸ばす。
 ぽんぽん、と背を叩いてあげたら、アークの気配が落ち着いてきた気がした。

「――取り乱した。悪い。ドリー、説明を続けてくれ」
「は、はい……。番欠乏症とは、番と長期間触れ合いがない状況で発生するものです。症状としては発熱、倦怠感、うつ症状、フェロモン異常など多岐に渡ります」
「……どうすれば治る?」
「満足させればいいんです」

 神妙なアークの声音に返ってきたのは、どこか明るい響きの言葉だった。

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