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続々.雪豹くんと新しい家族
3-7.微かに香る
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昼ご飯を食べて執務室に行くと、だいぶ時間が経ってからアークとロウエンがやって来た。
午前の会議が長引いたらしい。
「おやつ用に持ってきたクッキー食べる?」
昼食を取っていないという二人に差し出すと、喜んで受け取ってもらえた。
ルイスが淹れてくれた紅茶の香りが部屋に広がる。
「……この甘さがいい。会議はエネルギーを使う」
「陛下がもっと強気でいけば楽にまとまると思いますがね」
「俺は独裁者になるつもりはない」
そんな言い合いをしながらも、お茶とクッキーでくつろぐ二人の表情は和らいでいた。
疲れたときには甘いものだよね。
「軽食を運ばせますか?」
「いや、執務を始めるから。今日こそは早く帰りたい」
「この書類の量を見て、早く帰れると思っているんですか」
ロウエンが執務机の上の書類の塔を指す。
アークは途端にげっそりとした顔になった。
「だ、大丈夫だよ! 僕、仕分けして、こっち側のは、そのまま差し戻していいんじゃないかなって判断したから。軽く確認だけしてね」
一番高い塔を指して教えると、アークとロウエンがパチリと目を瞬かせた。
「……俺の番が有能で優しい」
「それは異論ありません。――そちらの確認は私がしましょう」
ロウエンがごっそりと書類を持って自分の机に向かう。
確認するだけとはいえ、ロウエンが処理すべき書類もたくさんあるのに、大丈夫なのかな。もしかして、今日も夜遅くまで仕事をしたいから……?
「……あ、あの、ロウエンさんに贈り物があるの。と言っても、大したものじゃないんだけど」
「私に?」
早速仕事を始めようとしていたロウエンが、僅かに目を見開く。
スノウはその手にポプリを渡した。
淡い黄色の薄布に包まれているのは白百合の花びら。
ふわりと優雅な香りが漂う。
「……こ、れは……」
「白百合のポプリだよ。このくらい優しい香りだと、睡眠にもいいんじゃないかと思って。香りが気に入らなかったら、別のを作るけど……」
ロウエンが目を細める。
そして、ポプリに顔を寄せて、静かに香りを感じていた。
「……いえ。とても気に入りました。お気遣いありがとうございます」
ふわりと微笑む。普段よりも柔らかな笑みだった。ポプリに向ける眼差しは愛しげにも見える。
そこまで喜んでもらえたなら、作った甲斐があった。
「ふん。俺の番の優しさだから、許してやろう」
「それはそれは、寛大ですね」
アークの言葉に、すぐさま皮肉っぽく返すところは、いつも通りのロウエンだった。
その仲良しなやり取りに、スノウはクスクスと笑ってしまう。
「アークにもあるよ」
「ん? 俺に?」
蜂蜜と梅のポプリを渡す。アークのは、白地に濃灰の刺繍が施されたものだ。
香りを嗅いだアークは目を丸くした。
「――スノウの香りに似ている」
「うん。僕みたいな香りを選んでみたんだ。落ち着く?」
首を傾げて尋ねる。
すると、グイッと肩を抱き寄せられた。危うくアークの胸に顔が激突しそうになって、ギリギリのところで手をついてこらえる。
スノウの首のあたりをアークがかいでいた。
「……スノウの香りには敵わないが、気に入った」
「今、僕の香りをかがなくても……」
「比べるならちゃんと嗅いだ方がいいだろう?」
当然だと言いたげな顔で言われて、スノウは苦笑するしかない。
「――というか、スノウ、少し香りが濃くなったな。発情期が近いか……」
「あ、そうなの? あと一週間くらいかなって思っていたんだけど」
アークがボソリと呟いた。
その言葉に、スノウは自分の香りを嗅いでみようとしたけれど、よく分からない。午前中に色んな香りを嗅ぎすぎて、鼻がちょっと駄目になっているかも。
「……早めに執務を片付けていた方が良さそうだな」
「万が一の場合は、緊急のものだけ代理権を行使して私が処理しますよ」
既に仕事を始めていたロウエンが、書類から顔を上げないまま言う。
アークは少し難しい表情になった。
「……助かるが、最近、ロウエンに任せてばかりだからなぁ」
「発情期休暇は誰もが行使できる権利です。そこを気にするくらいなら、普段の執務をもっと迅速にこなしてください」
ロウエンの声がちょっと冷たい。怒っているわけではなく、叱っているだけのようだけれど。
アークは口笛を吹いて返答を避け、執務を始めた。でも、すぐに思い出したように顔を上げる。
「スノウは暫く絶対に一人で出歩かないように」
「そんなことしないよ」
「夜中に一人で部屋を出ようとするのも駄目だぞ?」
昨夜のことを話題に出されて、スノウは口笛を吹いて返答を避けた。
下手すぎて、アークだけでなく、ロウエンやルイスにも笑われてしまったけれど。アークを真似ただけなのに、ひどい!
午前の会議が長引いたらしい。
「おやつ用に持ってきたクッキー食べる?」
昼食を取っていないという二人に差し出すと、喜んで受け取ってもらえた。
ルイスが淹れてくれた紅茶の香りが部屋に広がる。
「……この甘さがいい。会議はエネルギーを使う」
「陛下がもっと強気でいけば楽にまとまると思いますがね」
「俺は独裁者になるつもりはない」
そんな言い合いをしながらも、お茶とクッキーでくつろぐ二人の表情は和らいでいた。
疲れたときには甘いものだよね。
「軽食を運ばせますか?」
「いや、執務を始めるから。今日こそは早く帰りたい」
「この書類の量を見て、早く帰れると思っているんですか」
ロウエンが執務机の上の書類の塔を指す。
アークは途端にげっそりとした顔になった。
「だ、大丈夫だよ! 僕、仕分けして、こっち側のは、そのまま差し戻していいんじゃないかなって判断したから。軽く確認だけしてね」
一番高い塔を指して教えると、アークとロウエンがパチリと目を瞬かせた。
「……俺の番が有能で優しい」
「それは異論ありません。――そちらの確認は私がしましょう」
ロウエンがごっそりと書類を持って自分の机に向かう。
確認するだけとはいえ、ロウエンが処理すべき書類もたくさんあるのに、大丈夫なのかな。もしかして、今日も夜遅くまで仕事をしたいから……?
「……あ、あの、ロウエンさんに贈り物があるの。と言っても、大したものじゃないんだけど」
「私に?」
早速仕事を始めようとしていたロウエンが、僅かに目を見開く。
スノウはその手にポプリを渡した。
淡い黄色の薄布に包まれているのは白百合の花びら。
ふわりと優雅な香りが漂う。
「……こ、れは……」
「白百合のポプリだよ。このくらい優しい香りだと、睡眠にもいいんじゃないかと思って。香りが気に入らなかったら、別のを作るけど……」
ロウエンが目を細める。
そして、ポプリに顔を寄せて、静かに香りを感じていた。
「……いえ。とても気に入りました。お気遣いありがとうございます」
ふわりと微笑む。普段よりも柔らかな笑みだった。ポプリに向ける眼差しは愛しげにも見える。
そこまで喜んでもらえたなら、作った甲斐があった。
「ふん。俺の番の優しさだから、許してやろう」
「それはそれは、寛大ですね」
アークの言葉に、すぐさま皮肉っぽく返すところは、いつも通りのロウエンだった。
その仲良しなやり取りに、スノウはクスクスと笑ってしまう。
「アークにもあるよ」
「ん? 俺に?」
蜂蜜と梅のポプリを渡す。アークのは、白地に濃灰の刺繍が施されたものだ。
香りを嗅いだアークは目を丸くした。
「――スノウの香りに似ている」
「うん。僕みたいな香りを選んでみたんだ。落ち着く?」
首を傾げて尋ねる。
すると、グイッと肩を抱き寄せられた。危うくアークの胸に顔が激突しそうになって、ギリギリのところで手をついてこらえる。
スノウの首のあたりをアークがかいでいた。
「……スノウの香りには敵わないが、気に入った」
「今、僕の香りをかがなくても……」
「比べるならちゃんと嗅いだ方がいいだろう?」
当然だと言いたげな顔で言われて、スノウは苦笑するしかない。
「――というか、スノウ、少し香りが濃くなったな。発情期が近いか……」
「あ、そうなの? あと一週間くらいかなって思っていたんだけど」
アークがボソリと呟いた。
その言葉に、スノウは自分の香りを嗅いでみようとしたけれど、よく分からない。午前中に色んな香りを嗅ぎすぎて、鼻がちょっと駄目になっているかも。
「……早めに執務を片付けていた方が良さそうだな」
「万が一の場合は、緊急のものだけ代理権を行使して私が処理しますよ」
既に仕事を始めていたロウエンが、書類から顔を上げないまま言う。
アークは少し難しい表情になった。
「……助かるが、最近、ロウエンに任せてばかりだからなぁ」
「発情期休暇は誰もが行使できる権利です。そこを気にするくらいなら、普段の執務をもっと迅速にこなしてください」
ロウエンの声がちょっと冷たい。怒っているわけではなく、叱っているだけのようだけれど。
アークは口笛を吹いて返答を避け、執務を始めた。でも、すぐに思い出したように顔を上げる。
「スノウは暫く絶対に一人で出歩かないように」
「そんなことしないよ」
「夜中に一人で部屋を出ようとするのも駄目だぞ?」
昨夜のことを話題に出されて、スノウは口笛を吹いて返答を避けた。
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