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続々.雪豹くんと新しい家族
3-2.いたずら心①
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夜ご飯を食べて、お風呂に入って、寝る支度を整えた頃になっても、アークは帰ってこなかった。
「むぅ……」
最近は毎晩、寝る前に顔を見られないという状況だ。
執務が忙しいから仕方ない、と分かっていても寂しさはなくならない。一人で過ごすベッドは大きくて冷たい。
「……よし、アークに会いに行こう」
ベッドの中で抱えていた枕を離し、起き上がる。
寝室の扉のところで耳を澄ませても物音は聞こえない。ルイスも自室に戻ったみたいだ。
「うん。ルイスは寝かせておいてあげよう」
ルイスは呼べばすぐに現れるだろう。
でも、気が利くお世話係もたまにはちゃんと休まないと。これからのスノウの行動は、ただのわがままなのだから、付き合わせるのは忍びないし。
「静かに……静かに……」
扉の開閉音に気づかれないよう慎重に動き、絨毯の敷かれた廊下を静かに駆ける。
既に多くの使用人たちも眠りについているのか、城の中はシーンと静まり返っていた。
いつもとは違う雰囲気なので、なんだか楽しくなってくる。冒険しているみたいだ。
「ふふ……アーク、驚くかなぁ」
尻尾の先が揺れる。アークの驚く顔を想像したのだ。
包容力のある態度のアークは好きだけれど、たまに情けなかったり可愛らしかったりする様子を見るのもなかなか楽しい。
「――……いけない子はだれですかぁ」
「みっ!?」
不意に背後から聞こえた声に、スノウは尻尾の毛を逆立てて驚いた。
ぎこちなく振り返ると、嘘っぽいほどに満面の笑みを浮かべたルイスが、腰に手を当てて首を傾げていた。
「ふっふっふー……悪戯好きの子猫ちゃん、みぃつけた……」
「僕、子猫じゃないもん!」
咄嗟に文句を言う。
スノウは子どもじゃないし、猫でもない。猫科ではあるけれど。
「気にするところ、そこですか?」
「あ……。ルイス、どうしてここにいるの……?」
苦笑するルイスに、スノウはホッとした。満面の笑みとおどろおどろしい声は少し怖かったのだ。
引けていた腰を戻し、スノウが首を傾げて問いかけると、ルイスは「はぁー……」と大きなため息をつく。
「私の大事なだーいじなご主人様が部屋から脱走されたようなので? 追わないわけがないですよね??」
「そうなの? 休んでいてくれて良かったのに――」
「そういうわけにはいかないのですよー。スノウ様に万が一のことがあれば、私の責任です。職務じゃなくたって、スノウ様の身を案じるに決まっているでしょう?」
ルイスは真剣な表情だ。
説かれてルイスの考えは理解したけれど、納得には至らない。
「……アークのお城で、万が一なんて起こるのかな?」
「お馬鹿な竜族のお嬢様の件をお忘れですか、コノヤロー」
ルイスの悪態がなげやりである。テンションがおかしくなっているみたいだ。
それが少しおもしろくて、申し訳なくもなる。
相当ルイスを心配させてしまったのだと悟ったから。
「……そういうこともあったね……?」
スノウの中では既に過去の出来事として片付いているけれど、城で攻撃してこようとした者がいたのは確かだ。
スノウはアークからもらった守護の腕輪で守られている。もし、なにかあっても、アークがすぐに駆けつけてくれると確信している。
それによって危機感が薄いと言われても否定できない。
「そういうこともあったのですよー。陛下の唯一の番なのだとご自覚くださいね。世界で二番目に尊い御身なんですから。――というわけで、陛下の元に行かれるのでしたら、お伴いたしますー」
にこにこと笑っているけれど、これは説教だ。
スノウは粛々と受け止めて、「うん」と頷いた。拒否できるわけがないし、する必要もない。
そもそも、ルイスに声を掛けずに行動しようと思ったのは、ゆっくり休んでほしいという思いやりの気持ちからだったのだから。
思いやりが空回りしてしまったのは、少し残念だけれど。
「じゃあ、行こ」
「はいはい。お手々繋いでー逃げちゃ駄目ですよー」
「……そんなことしなくても、僕は勝手に一人にならないもん」
ぷくっと頬を膨らませて抗議する。でも、ルイスはまったく気にせず、スノウと繋いだ手をゆらゆらと揺らした。
「私が安心するためだと思って、お許しくださいませー」
そういう風に言われたら、強く拒否できるわけがない。それにルイスの手はほのかに温かくて心地よかった。
寂しさが少し紛れて、夜の城を歩く楽しさが増す。
「ふふ……僕はもう大人だから、ルイスが安心できるように付き合ってあげる」
「ありがたき幸せー」
ははぁ、と大げさに頭を下げる仕草をしているけれど、手を繋いでいるからいまいち格好がついていない。
でも、そんな剽軽な態度が面白くて、スノウはまた微笑んだ。
「むぅ……」
最近は毎晩、寝る前に顔を見られないという状況だ。
執務が忙しいから仕方ない、と分かっていても寂しさはなくならない。一人で過ごすベッドは大きくて冷たい。
「……よし、アークに会いに行こう」
ベッドの中で抱えていた枕を離し、起き上がる。
寝室の扉のところで耳を澄ませても物音は聞こえない。ルイスも自室に戻ったみたいだ。
「うん。ルイスは寝かせておいてあげよう」
ルイスは呼べばすぐに現れるだろう。
でも、気が利くお世話係もたまにはちゃんと休まないと。これからのスノウの行動は、ただのわがままなのだから、付き合わせるのは忍びないし。
「静かに……静かに……」
扉の開閉音に気づかれないよう慎重に動き、絨毯の敷かれた廊下を静かに駆ける。
既に多くの使用人たちも眠りについているのか、城の中はシーンと静まり返っていた。
いつもとは違う雰囲気なので、なんだか楽しくなってくる。冒険しているみたいだ。
「ふふ……アーク、驚くかなぁ」
尻尾の先が揺れる。アークの驚く顔を想像したのだ。
包容力のある態度のアークは好きだけれど、たまに情けなかったり可愛らしかったりする様子を見るのもなかなか楽しい。
「――……いけない子はだれですかぁ」
「みっ!?」
不意に背後から聞こえた声に、スノウは尻尾の毛を逆立てて驚いた。
ぎこちなく振り返ると、嘘っぽいほどに満面の笑みを浮かべたルイスが、腰に手を当てて首を傾げていた。
「ふっふっふー……悪戯好きの子猫ちゃん、みぃつけた……」
「僕、子猫じゃないもん!」
咄嗟に文句を言う。
スノウは子どもじゃないし、猫でもない。猫科ではあるけれど。
「気にするところ、そこですか?」
「あ……。ルイス、どうしてここにいるの……?」
苦笑するルイスに、スノウはホッとした。満面の笑みとおどろおどろしい声は少し怖かったのだ。
引けていた腰を戻し、スノウが首を傾げて問いかけると、ルイスは「はぁー……」と大きなため息をつく。
「私の大事なだーいじなご主人様が部屋から脱走されたようなので? 追わないわけがないですよね??」
「そうなの? 休んでいてくれて良かったのに――」
「そういうわけにはいかないのですよー。スノウ様に万が一のことがあれば、私の責任です。職務じゃなくたって、スノウ様の身を案じるに決まっているでしょう?」
ルイスは真剣な表情だ。
説かれてルイスの考えは理解したけれど、納得には至らない。
「……アークのお城で、万が一なんて起こるのかな?」
「お馬鹿な竜族のお嬢様の件をお忘れですか、コノヤロー」
ルイスの悪態がなげやりである。テンションがおかしくなっているみたいだ。
それが少しおもしろくて、申し訳なくもなる。
相当ルイスを心配させてしまったのだと悟ったから。
「……そういうこともあったね……?」
スノウの中では既に過去の出来事として片付いているけれど、城で攻撃してこようとした者がいたのは確かだ。
スノウはアークからもらった守護の腕輪で守られている。もし、なにかあっても、アークがすぐに駆けつけてくれると確信している。
それによって危機感が薄いと言われても否定できない。
「そういうこともあったのですよー。陛下の唯一の番なのだとご自覚くださいね。世界で二番目に尊い御身なんですから。――というわけで、陛下の元に行かれるのでしたら、お伴いたしますー」
にこにこと笑っているけれど、これは説教だ。
スノウは粛々と受け止めて、「うん」と頷いた。拒否できるわけがないし、する必要もない。
そもそも、ルイスに声を掛けずに行動しようと思ったのは、ゆっくり休んでほしいという思いやりの気持ちからだったのだから。
思いやりが空回りしてしまったのは、少し残念だけれど。
「じゃあ、行こ」
「はいはい。お手々繋いでー逃げちゃ駄目ですよー」
「……そんなことしなくても、僕は勝手に一人にならないもん」
ぷくっと頬を膨らませて抗議する。でも、ルイスはまったく気にせず、スノウと繋いだ手をゆらゆらと揺らした。
「私が安心するためだと思って、お許しくださいませー」
そういう風に言われたら、強く拒否できるわけがない。それにルイスの手はほのかに温かくて心地よかった。
寂しさが少し紛れて、夜の城を歩く楽しさが増す。
「ふふ……僕はもう大人だから、ルイスが安心できるように付き合ってあげる」
「ありがたき幸せー」
ははぁ、と大げさに頭を下げる仕草をしているけれど、手を繋いでいるからいまいち格好がついていない。
でも、そんな剽軽な態度が面白くて、スノウはまた微笑んだ。
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